第02話 外国人になってしまった。

『(※英)経過は順調です。この様子なら、あと1週間で普通病棟へ移れますよ。』


「(※英)ありがとうございます。先生。」


 心臓移植からの仮死、そして復活。とんでもない奇跡を起こしながら、なんだかんだでニ週間が経過していた。

 毎日、拒絶反応を抑える薬を飲みつつ医師の診断。隔離病棟内での軽いリハビリ。なにより、自分の記憶を整理するのが大変だった。


(初めて自分の顔を見た時、正直ビビったわ。)


 髪は母親と同じブロンドヘアーだが、片目だけが灰色がかった瞳。つまり、オッドアイなのだ。その影響か、片目の視力は極端に低く、片目のみに度の入ったメガネを常にしていなければ、バランスを崩して転びそうになる。


(オッドアイの確率なんて、宝くじ並みだろうに、記憶ではあまり良い待遇を受けた事がないみたいだ。)


 人は常に公平でなければ気が済まない。特に肌の色だけでも迫害があるアメリカで、オッドアイはイジメの対象になる。彼女の記憶からはそんな過去が掘り起こされるのだ。


(私の意識が彼女と入れ替わったのは、多分、彼女自身が生きる事を諦めているからだと容易に想像がつく。)


 そんな彼女の体は、上半身から足の太腿部まで、手術の痕が沢山ついていた。そこまでして生きたいと思っているなら、生きる事を諦めるなんてしないはずなのだが、原因は彼女の父親にあるようだ。

 彼女の父親は、アメリカ・サンディエゴでも有名な政治家で、子供は私も含め四人。姉が一人、兄が二人いる末っ子の彼女だが、父親は決して誰か一人を優遇するような事はしなかった。

 心臓病が分かってからも、手術にお金をかける事をいとわず、結果的に家族の中で、私が一番お金がかかっていると言っても過言ではなかった。

 しかし、家庭を一歩外に出ると、学校ではイジメに遭い、その事をひた隠しに家庭では笑顔を振り撒いていた彼女、度重なる手術で家計は火の車。兄弟もあまり良い目をしていなかったようだ。そんな周囲の痛い視線に、彼女の精神は徐々に食い潰されていったようだ。


(父親が彼女を生かす為に手術を強要していった結果、逆に彼女を精神的に追い詰めていったわけか。皮肉な事だな。)


 検診で分かった事だが、彼女…つまり私の身長は、生前の私より少し低い程度でほぼ変わっていない。目線が低かったので低身長かと思いきや、周囲も大きかったので気づかなかっただけで、しかも入院によって少しやつれてはいるが容姿端麗。自分で言うのもなんだが、男なら惚れていただろう。


『(※英)シェリー、最近変わった事は無い?なんだか手術前より明るくなった気がするわ』


 母親は近くのホテルに泊まりながら、私を毎日見舞ってくれる。


「(※英)やだなぁママ。私は何も変わって無いわよ。前みたいに苦しいって感じが無くなったから、そう見えるだけよ。」


『(※英)そう?だと、良いんだけど。』


(母親は、なんて、信じないだろうからな)


 「(※英)それよりも私、早く退院して家に帰りたいわ。やりたい事、いっぱいあるんだから。お兄ちゃんやお姉ちゃんにも、いっぱい迷惑かけちゃったし…ね。」


『(※英)シェリー、分かったわ。』


 私の笑顔に、母親は安心した顔を見せる。


(見たか。これぞ長年の営業生活で培った【営業スマイル】だ。ただし、前の肉体だけどな)


 それから更に一週間。私は一般病棟へ移る事になった。移植患者としては遅かったのは、一度仮死状態を経験しているため、より多くの検査があったからである。


 トイレも一人で行けるようになったのだが、これもまた初体験だった。手術前の彼女なら全く気にもしないトイレですら、元男の私には感覚が違い過ぎ、最初の頃はだけで…。


「ああっ…っっっんー。」


 ちょっと声が出てしまったのです。


(私、エロっ。いや、12歳なんだけどねっ。)


 そんなある日、母親と主治医に呼ばれた私は、診察室横のスペースで話を聞いていた。


「(※英)転院?」

『(※英)そうよ。大分落ち着いたので、そろそろ退院しても良いのだけど、自宅に戻る前に現地サンディエゴ病院で、もう少しだけ検査入院をしてほしいの。』


『(※英)シェリー、ごめんなさいね。』


「(※英)私なら平気よママ。ホントはすぐにでも帰りたい気分だけど、また皆に迷惑かけたくないから…。」


『(※英)じゃあ手続きして来るわ。あっちに戻っても元気でね』


 通常なら二週間くらいで退院なのだが、私は経過観察が必要なため、サンディエゴの病院でも引き継ぎと検査入院が必要と診断されたのです。


(はぁ…。これはマジでキツいわ。)


 生前の私は、怪我らしい怪我も、病気らしい病気もしなかったから、長期入院は中々に暇だった。


(まぁで、死んだんだけどな)


その翌日、私は無事に退院し、母と共にホノルル国際空港から、サンディエゴへ向けて出発した。


(ってゆーか。の時に飛行機なんて乗った事無いし、無茶苦茶緊張するー。)


 サンディエゴまでは五時間ちょっと。外国人として第二の人生を始めた私の発フライトは、故郷日本とは真逆の方向へと進んでいます。


(この子は手術の度に何処かへ行っていたのだろうか。それとも、今回の移植手術で初めて乗ったのかな)


 元の体から取り出して、移植するのにタイムリミットもあったはずである。日本とアメリカなら運搬時間が軽く11時間は超える可能性を考慮したら、中間であるハワイが最適だったのか。それとも偶々ハワイでドナーを待っていたのか。

 彼女の記憶からはあまり良い情報が得られなかった。


(もしかして、意識不明状態で運ばれたのかな…?)


 機内で何をすべきか戸惑っているうちに、疲れてそのまま寝てしまいました。

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