第8話

すべての人間に見えている数字を無視して生活するのはなかなか難しいことだった。



特にクラスメートたちの顔はマジマジと見てしまう。



アマネやイツミなど、よく会話をする子たちは特にそうだ。



それで「どこを見ているの?」と不審がられることも多々あった。



「アンリ、今日一緒に昼食べないか?」



昼休憩に入って声をかけてきてくれたのはゴウだった。



一瞬、あたしの心臓はドキンッと大きく跳ねる。



「あ、あたしと?」



「なんだよ、嫌ならいいけど」



ゴウはぶっきらぼうに視線をそらせている。



「い、嫌じゃない!」



思わず大きな声で返事をしてしまい、一瞬にして体中が熱くなった。



「でも、ゴウは食堂だよね?」



「あぁ。食堂で一緒に食べようってこと」



あたしは鞄の中からお弁当箱を取り出した。



もちろん、ゴウの誘いはオッケーだ。



でもそうなると、いつも一緒に御飯を食べているアマネのことが気になった。



チラリと視線を向けてみると、今までの会話が聞こえていたようで不器用なウインクをして見せてきた。



「あたしのことは気にしないで?」



口パクでそう言われて、あたしは頷く。



ゴウと2人で教室を出ようとしたその時だった。



「2人してどこに行くのぉ?」



と、いつのも甘ったるい声色でイツミが声をかけてきた。



「食堂だけど?」



ゴウはそっけなく返事をする。



あたしはその様子をハラハラしながら見つめていた。



イツミはどう見てもゴウのことを気に入っている。



このまま2人で食堂へ行かせてもらえるとは思えなかった。



「それならあたしも一緒に行く!」



案の定そんなことを言い出した。



しかもゴウの腕に自分の腕を絡ませている。



ゴウはあからさまに嫌そうな表情を浮かべたけれど、イツミは待ったく気にしていない様子だ。



元々イツミは自分に自信があるタイプだから、ちょっとしたことじゃ動じない。



「俺はアンリを誘ったんだよ」



「いいじゃん別に。3人で食べた方がおいしいじゃん。ねぇアンリ?」



イツミがこちらへ視線を向ける。



その表情は威圧的で、有無も言わさぬ迫力があった。



「う、うん……」



せっかくゴウが誘ってくれたのに、断る勇気が出ないのが悔しかった。



ここでイツミに向けて文句を言えば、あたしとアマネに対しての風あたりは更に強くなるだろう。



それがわかっているから、言いたい言葉を飲み込んでしまうのだ。



「イツミ。良かったあたしと一緒にご飯食べない?」



後ろから声をかけてきたのは、なんとアマネだ。



あたしは驚いてアマネを見つめる。



「はぁ? なんであたしがあんたなんかと一緒にご飯食べなきゃなんないの?」



イツミはあからさまに嫌そうな表情になった。



「今日はアンリがゴウと一緒にご飯を食べるから、あたし1人で寂しいの。ね、いいでしょう?」



アマネはイツミの手を握り締めている。



あたしのためにここまでしてくれるとは思っていなくて、胸が熱くなるのを感じた。



「嫌よ! あたしはゴウと一緒に食べるんだから!」



イツミはどうにかアマネの手を振り払おうとしている。



しかし、ゴウの目の前ではそこまで乱暴になれないようで、なかなか振りほどくことができないでいる。



「それなら、一緒に食堂へ行こうよ」



見かねて、あたしはそう声をかけていた。



本当はゴウと2人きりでご飯を食べたかったけれど、こうなると仕方がない。



教室にアマネ1人を残していくことにも気が引けていたところだ。



「ゴウ、今日は4人で食べよう? ダメかな?」



「アンリがそう言うなら、それでいいよ」



ゴウは軽くため息を吐き出し、それでも笑顔でそう言ってくれた。



「ありがとう。そういうことだから、イツミもいいよね?」



聞くと、イツミはあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべている。



「別にいいけど、あんたたち邪魔しないでよね」



イツミは強い口調でそう言うと、ゴウに腕をからめたまま先に歩きはじめてしまった。



「なにあれ……」



あたしは呆れて呟いた。



「ごめんねアンリ。やっぱりあたしじゃうまくいかなかった」



アマネが申し訳なさそうに言うので、あたしはブンブンと左右に首を振った。



「どうしてアマネが謝るの? アマネはあたしを助けてくれようとしたじゃん」



「そうだけど、助けられなかった」



「そんなこと気にしなくていいよ。ほら、2人に置いて行かれちゃうから、早く行こう」



あたしはそう言い、アマネの手を握り締めて2人の後を追いかけたのだった。

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