第6話

鞄からペンとノートを取り出して数字を書き出していく。



たとえば、この数字を日本語にしてみるとか?



「み、し、や、く、い」



ひとつひとつを音読してみても意味はわからなかった。



じゃあ、今度はひとつずつ数字を足していってみようか。



「3+4+8+9+1=25?」



《アンリ:ねぇ、25っていう数字に聞き覚えがない?》



《ゴウ:25? 特にないけど、なんの数字だ?》



どうやら足し算も違うみたいだ。



《アンリ:34891っていう数字は?》



《ゴウ:さっぱり聞き覚えはないよ。どうしたんだ?》



あたしはゴウからの返事に大きく息を吐きだした。



どれもこれも、ゴウにとって覚えのないものらしい。



本人に聞いてもわからないのだから、あたしがいくら考えても答えは出なさそうだ。



《アンリ:ごめん、なんでもないの》



あたしはゴウへそう送り、お弁当に箸をつけたのだった。



☆☆☆


夕方になって両親が帰る頃、あたしは晩御飯の準備を終わらせていた。



勝手に早退してしまった罪悪感を少しでも埋めるためだった。



「まぁ、美味しそうなカレーライスね! アイリもやればできるじゃない!」



食卓に並んだカレーとサラダを見てお母さんは本当に嬉しそうだ。



その表情を見ていると途端に胸が痛くなる。



「大袈裟だよ。カレーは簡単だもん」



「作ってくれる気持ちが嬉しいんだよ」



お父さんはそう言ってさっそくスプーンを手にしている。



はにかんでその様子を見つめていると、2人の前髪の奥が黒く塗りつぶされているように見えてハッと息を飲んだ。



目をこすり、2人の額へ集中する。



2人の顔が動くたび、サラサラと動く前髪。



その奥に、確かに見えた。



みんなと同じ数字が……。



「嘘でしょ……」



途端に食欲が失せて、体がスッと冷えていくのを感じた。



「どうしたんだアイリ。このカレーすごく美味しいぞ」



「上手にできているわよアイリ」



ニコニコと笑う2人に、あたしは返事をすることもできなかった。



今朝2人と顔を合わせたときは数字なんて見えなかったのに、どうして……!?



これが死へのカウントダウンだったらどうしよう。



一瞬にしてそんな不安が浮かんできて、あたしは思わずその場で立ち上がっていた。



知らない間に指先がカタカタと震え始めている。



「アイリ?」



お母さんが不思議そうな表情をあたしへ向ける。



「あ……あたし、部屋に戻ってる!」



あたしは悲鳴を上げてしまいそうになるのをどうにか押し込めて、自室へと駆けもどったのだった。


☆☆☆


自分の両親にもあの数字が見えるなんて思っていなかった。



あたしはドレッサーの前に座ると恐る恐る自分の顔を確認した。



そこには怯えている自分がハッキリと見える。



しかし、額にはなにも書かれていない。



安堵すると同時にアマネをトイレへ連れて行った時、鏡に数字が写らなかったことを思い出した。



「自分で自分の数字を確認することはできないんだ……」



あたしはそっと額に手を当てて呟いた。



あたしの額にもみんなと同じような数字が書かれているのだろうか?



あたしはそれに気がつかないだけなんだろうか?



考えるとぞっとして、あたしは逃げるようにベッドにもぐりこんだのだった。


☆☆☆


翌日、あたしはいつも通り目を覚ました。



ベッドの横に置いてある時計は7時を指している。



今日は走って学校へ行く必要はなさそうだ。



そう思い、上半身を起こして大きく伸びをする。



「アンリ。今日は起きてるの?」



昨日のことがあったからか、お母さんがノックもないし部屋に入ってきた。



「起きてるよ」



返事をしながら振り向き、息を飲んだ。



お母さんの額にくっきりと刻まれた数字を見てしまったからだ。



そうだ。



あたしは昨日から人の額に数字が見えるようになっていたんだ。



病院に行っても原因はわからず、寝て起きても、それは変化していなかったようだ。



「驚いた顔してどうかした?」



「べ、別になんでもないよ。着替えたらキッチンへ行くから」



あたしは早口にそう言い、お母さんを部屋から追い出したのだった。

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