夜行くが如し

新巻へもん

大名行列

 季節は初春。まだ新芽が萌え出ずるには時期がある。そのせいか街道の左右に広がる林の木々の多くは裸同然で、歳三が馬上から見る故郷の景色は妙にうらぶれて見えた。

 街道をゆく人々の顔も世相を映して妙に暗い。江戸市中が戦火に見舞われると聞き、郊外の縁者を頼って避難する者が多いからだろう。

 空も雲に覆われて、ときより吹き付けてくる風を一層寒々しく感じさせていた。季節外れの雪も舞いそうな空模様となっている。

 歳三は馬上から後に続く者を振り返った。古くからの付き合いのある隊士はともかく、幕府歩兵の服を着て銃を担いでいる連中は妙に浮ついている。飲めや歌えやの宴で飲み過ぎたのだろう、まだ昨夜の酒が残っているような顔をしている者もいた。歳三は正面に向き直り、曇天の彼方に見える富士を仰ぐ。

 新式銃で新政府軍に目にもの見せてやるという意気込みは変わらなかったが、果たしてこの雑軍で訓練の行き届いた相手と対等に戦えるのか疑問が沸き起こった。

 気がかりなことがあるといえば、近藤のにわか大名ぶりも懸念される。

 故郷に錦を飾りたいという稚気を咎めるつもりはない。そういう部分も含めた愛嬌が隊士を惹きつけ京都に新選組の名をとどろかせる原動力となった。

 ただ、故郷に錦を飾ることにこだわった唐土の項羽と同様、近藤という男は勢いがあるときはいいが、退勢になると弱い面があると歳三は見ている。

 壬生の頃から比べても隊士は減った。傷や病で床に臥せる者もいるが、脱走者も相次いでいる。誰それが帰営しないという話を聞いたときに近藤は苦い笑いを見せた。

「これも時流というやつだな」

 その顔を見て歳三は胸を衝かれる思いがする。前はこういう表情を見せる男ではなかった。

 薬の行商で何度も往復した街道を行く。雨が降らないせいか埃っぽい。ただ、この赤味がかった土の色を見ると故郷に帰ってきたという思いを強くする。

 つい先ほどまで歳三が闊歩していた京都の土は黒い。ちまちまと町屋が多い一方で、意外と寺社仏閣の竹林をはじめとする緑も多かった。人工的に作られた景観は洗練されてはいたが歳三の好みではない。

 その点郷里の野山も人の手が入っていることは変わらないが、野趣にあふれていた。春夏は緑がしたたり、秋は一斉に黄や紅に染まる。すべて葉を落とした冬枯れの姿もこれはこれで悪くはなかった。

 胸中に句心が沸き起こる。

 歳三は苦笑をこらえた。なんだ心が浮きたっているのは俺も同じじゃないか。これでは近藤のことを言えぬ。近藤は大将だからいい。しっかりとしなくてはいけない俺がこのようなことでは甲府制圧などおぼつかない。

 府中宿に一泊して翌日には日野の渡しに到着した。まだ雪解け水が流れる時期には早く、水量は少ないが、歩いて渡れるほどではない。渡船が戻ってくるのを川岸で待った。

 黒い背の小魚がせわしく尾びれを動かして泳いでいる。近藤が目を細めて対岸を見やりながら歳三に近づいてきた。

「歳。もうすぐ日野宿だな。京での日々、長かったような短かったような気もする」

 歳三はちらりと近藤の顔に視線を走らせた。郷里が近くなったせいか先日見せた憂いの影はない。

「そうだな。多くを切ったし、古くからの隊士も少なくなった」

 歳三は同門の顔を思い浮かべる。既に冥府の門をくぐったもの、これからくぐろうとするもの。養生中の総司が少しは持ち直すといいのだが。

「しかし、ここの流れも変わらんな。これからも悠久のときを刻むのだろう。それに比べたら俺たちのしたことなど些事と言う気もする。後世の青史にどう留められるんだろうな」

「知るかよ」

「まったく。歳はこれだからな。賊軍と呼ばれて気にならないのか」

「近藤さん。俺に分かるのはいくさのことだけだ。そんな先のことを案ずるより目先のことを考えている。要は戦って勝てばいい」

 歳三の言葉に近藤は破顔する。

「そうだな。中山道を来る奴らに負けちゃおられん」

 歳三は大きく頷いた。こちら岸に戻ってくる渡船の中に見知った顔を見つけ近藤は大きく手を振る。

 慶応四年三月。武蔵野国日野宿に相そろって帰郷するのはこれが最後となることを二人はまだ知らなかった。

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