彼女の実家に結婚の許しを乞いに行かなければならないが俺は行きたくない、行くけど

土蛇 尚

嬉々として行く男はいないと思う

 結婚の許しを得るために彼女の実家に行く。

 よし、ここで日本国憲法第二十四条第一項を見てみよう。憲法にはこうある。


『婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない』


 そう、憲法によるならば結婚の許しを得るために彼女の実家に挨拶に行く必要などないのだ。俺は27年の人生で初めて自分の行動に憲法を参考にした。


 そしたら彼女から

「冗談でしょ。で土曜日でいい?」と言われた。行かない訳には行かん。当然だ。


 もう木曜日あたりから緊張して寝れない。娘が把握してる父親の趣味なんて当てにならない。話題で詰まない様に俺は彼女の地元の高校野球を調べ、有力企業の情勢を調べ、地元の県議会議員を調べた。


 そうして当日

「あのパン屋さんまだやってるんだ!クロワッサンが美味しいんだよね〜」

「へぇ美味しいんだ」

 彼女の地元は確かに俺の生まれた土地とは違う。だけど、どこにでもある地方都市。車を走らせながらいつも違う風景に思いを馳せる…余裕など俺にはない!

ナビに登録した彼女の実家が近づいて来るにつれて心臓の鼓動が高鳴る。 BEATがヤバい。


『目的地に到着しました。運転お疲れ様です。ナビを終了します』終わらないでくれ。


 そうして彼女の実家に車を停める。


「あのさ、降りないとダメかな?」

「え?うちのパパとママへの挨拶をドライブスルー方式でする気なの?」

 そんな訳あるかい!こう言う所が可愛いけど、こんな時までぶっ込まないで欲しい。緊張して降りれないんだ。


「…わかった行こう」


 普通の民家だ。庭のどこかにご趣味による物がないか観察する。分からない。


「お、お邪魔します」

「着いたよ〜」


「あらいらっしゃい。奥へどうぞ」


「はい失礼します」

「パパは〜?」


 さっきからなんだ、この緊張感の無さは、俺は今にでも吐血しそうなのに。

 そうして彼女のお父さんと対面する。


「はじめまして、今日はお時間いただきありがとうございます」


「いえ、こちらこそどうも」


 体格は俺より小さい、眼鏡をかけた普通の人だ。高校の時にめちゃくちゃナメてた先生に少し似てる。しかし俺は対面した瞬間に高校野球も地元企業も県議もスポーン!と忘れた。頭が真っ白だ。


「お茶をどうぞ」

 

 彼女のお母さんが入ってきた。4人揃う。


「ありがとうございます」



「自分が結婚する時は妻のご両親に猛反対されまして。自分が大学院生だったのもあると思いますが、単純に気にいられなかったんだと思います」


 彼女のお父さんが話始めたので聞く。少し突然でびっくりした。


「そうなんですか…」


「ええ、それで自分も若かったもので7度目の時に嫌気がさしまして『何故お許しいただけないのですか!憲法では両者の合意さえ有ればいいのにこうやってお願いしてるんですよ!』と怒ってしまいまして」


「それは大変ですね…え?」


「まぁ若かったんですね、はい。そうすると『そう言う所が見たかった。よし許そう』と言っていただきまして、後から聞くにひょろひょろした工学部の自分が家族を守れるのか試したかったと言うことで、こうして妻と結ばれ可愛い娘まで恵まれました」


 いや「一家の幸せ」みたいに締められても困る。


「結婚は両者だろうが両性だろうがどっちでもいいんです。大事なのは愛があるかです。愛ありますか?」


 俺は腹を括る。そして声を張り上げる。


「あります!愛あります!娘さんと結婚させてください!」


「こちらこそよろしくお願いします」


 こうして挨拶を無事終える事でき幸せな家庭への一歩を踏み出した。

 後から聞くとお義父さんの趣味は剣道と滝行らしい。…絶対娘さん幸せにします。

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彼女の実家に結婚の許しを乞いに行かなければならないが俺は行きたくない、行くけど 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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