第六話 兄さん達の結婚式 その二

「お集りの皆様、本日はアリクレット男爵家の結婚式においで下さり、誠にありがとうございます」

式場に、二組の新郎新婦が入場し、ジアールの挨拶で結婚式が始まり、メイド達が忙しそうに来客達に飲み物や食べ物を配膳していた。

俺の所にも、豪華な料理が配膳されて来て、早速頂こうかと思ったら、アルティナ姉さんに手で遮られて止められた。

「御来客を代表して、ロイジェルク・ヴァン・ラノフェリア公爵様にご挨拶をお願い致します」

周囲を見回して見ても、誰も食事に手を付けてはいない。

ここに集まった貴族達が、公爵の挨拶を聞かないという事は許されないよな…。

一番前の席に座っていた、一際豪奢で品のある服に身を包んだ三十歳位の男性が立ち上がり、式場内をゆっくりと見渡してから挨拶を始めた。


「アリクレット男爵家、ハイデマリー子爵家、ハーゼ男爵家の結婚、誠にめでたい。

三家の結束は強固な物となり、より一層ソートマス王国に貢献してもらえると期待している。

二組の幸せな家庭が出来た事は、とても喜ばしい事だ。

しかし、知っての通り、隣国の状況が思わしくない…。

結婚式にて、この様な事は言いたくは無かったのだが、その様な訳にもいかぬ。

近い将来、隣国が攻め込んで来る事は確実だ。

ソートマス王国としても準備を進めており、ラノフェリア公爵家としても最大限の支援を行っているが、まだまだ十分とは言えない。

ソートマス王国の安泰の為、更なる支援をお願いする。

とは言え、今日はめでたい日だ。

二組の夫婦を皆で祝福しよう。

結婚おめでとう!」

パチパチパチパチ。

ラノフェリア公爵の挨拶は、結婚式に相応しいとは言えない内容であったが、それだけ隣国が攻めて来る時期が迫って来ているという事だろう。

父から聞いた話では、数年はかかるのでは無いかと言う話だったが、もっと早い時期なのかもしれない。

今日の結婚式が終われば、ヴァルト兄さんは、国境近くにあるエレマー砦の管理者として着任し、そこで仕事をする事になっている。

エレマー砦を守っているのは、ソートマス王国軍から派遣された人達なので、ヴァルト兄さんが直接戦ったりする事は無いのだけれど心配だ。

しかし、今は気にしても仕方が無いな。

ラノフェリア公爵の挨拶が終わった事で、皆が食事を始めたので、俺も頂く事にしよう。


結婚式は、兄さん達のダンスが披露され、その後様々な人達が自由に踊り出して盛り上がっていた。

アルティナ姉さんも、ウルリヒと言う名前の婚約者から誘われて踊りに行った。

「エルレイも、気に入った娘が居たら声を掛けて来なさい」

「いいえ、僕にはまだ少し早い気がします…」

近い年齢の女の子達が何人か来ているけれど、あまり乗り気にはなれなかった。

なかには可愛い女の子もいるのだけれど、転生した俺からすると子供なんだよな…。

それに、皆の前で踊るのは少し恥ずかしいと言う気持ちもある。

ダンスの練習も一応やらされたので、踊れない事は無いのだけれど、出来ればやりたくは無いな。

「エルレイが気乗りしないのであれば、無理には勧めないわ」

「すみません…」

母が引き下がってくれた事で、何とか踊らずに済んでほっと一安心した。

結婚式の方はと言うと、最後に父の挨拶があり、無事に終える事が出来た。


新郎新婦が退出し、俺達家族は式場の出口に立ち、お客のお見送りだ。

でも、それほど時間はかからなかったので、苦痛では無かった。

最後のお客が退出する所で、なぜだか俺に声が掛った。


「エルレイ君だったね?」

「ラノフェリア公爵様、エルレイ・フォン・アリクレットです!」

俺に声を掛けて来たのは、ラノフェリア公爵。

挨拶の時に顔を見ていたので、間違える事は無いし、公爵の名前を忘れては失礼に当たるので覚えていた。

それに、品のある服装と印象的な赤い髪の毛は、覚えやすかったと言うのもある。

その公爵様が、男爵家三男に何の用があるというのだろうか?

俺が疑問に思っていると、ラノフェリア公爵の次の言葉で理解できた。

「エルレイ君は、素晴らしい魔法使いだと聞いたのだが、もしよければ魔法を見せては貰えないだろうか?」

「はい、ここでは無理ですが、外でなら大丈夫です」

「うむ、では今から良いかな?」

一応、父に確認してみようと思って視線を向けると、無言で頷いてくれた。

まぁ、公爵の願いを断る事なんて出来ないよな。

「分かりました。家の裏にある訓練場に向かいますが、よろしいでしょうか?」

「うむ」

俺はラノフェリア公爵を連れて、訓練場へとやって来た。

何故か、近くにいた他の貴族や家族達も着いて来ていて、結構な人数になっているな…。

魔法を使っている所を見られるのは構わないが、無詠唱は止めておいた方がいい気がする。

父に話を聞いて見たが、呪文を唱えず魔法を使える魔法使いは居ないという事だし、父にも驚かれたからな。

それに、四属性全て使えると言う人も居ない様だ。

だから、使う魔法は水属性と地属性に絞って見ようと思う。

この二つなら、さほど派手でも無く、見ている観客に被害が及ぶような事も無いからな。


「エルレイ君は、四属性全て使えるそうだね。それと、呪文を唱えないとも聞いている。

それを私に、一つずつ見せてくれないかね?」

恐らく、父から情報を聞き出したのだろう。

あまり見せたくは無かったのだが…。

しかし、ラノフェリア公爵の笑顔の裏に、何でも知っているから隠し立てするんじゃない、と言う様な感じがにじみ出ていて、嫌な感じがした…。

でも、見せない訳にはいかないので、魔法書の呪文の通りの魔法を使う事にした。

「…分かりました。では、地、火、水、風の順番で魔法を使用して行きます」

俺は石の壁を作り出し、そこに火の玉を当てて燃え上がらせ、水を撃ち出してその火を消して、風の刃で石の壁を切り裂いた。

「「「「おぉ~!!!」」」」」

集まった人達から歓声が上がる。

自慢している様で少し恥ずかしいが、堂々とした態度をしていないと、家族に恥をかかせてしまう。


「お見事!本当に四属性が使え、しかも、呪文の詠唱が不要だとは驚きだ!

魔法はどの程度まで使えるのかね?」

「中級魔法まで使用できます」

「そうか…それでもエルレイ君の歳を考えるなら、素晴らしい魔法使いには違いない!将来が楽しみだ!」

ラノフェリア公爵は、俺が中級魔法までしか使えないと言うと、一瞬だけ落胆した表情を見せたが、直ぐに元の笑顔に戻って周囲の者達に同意を求めていた。

周囲に居た人達も、中級魔法までという事に落胆していたが、ラノフェリア公爵が同意を求めた事で、俺を讃頌する声が周囲から上がって来た。

少し…いや、かなり恥ずかしい…。

中級魔法までしか使えないのは、魔法書が無い為であって、俺の実力では無い。

しかし、魔法書が無いから使えませんと言うと、父の面目を潰してしまう事になるからな…。

「エルレイ君、良い物を見せて貰った。これからも魔法の訓練を頑張ってくれたまえ」

「はい、ラノフェリア公爵様」

ラノフェリア公爵がこの場を離れて行った事で、集まっていた人達も訓練場から居なくなってくれた。

俺は一人残って、今日の分の魔法の訓練をしてから部屋に戻る事にした…。


夕食時、改めてマデラン兄さんとヴァルト兄さんのお嫁さんの紹介がされた。

マデラン兄さんのお嫁さんの名前はセシル。

ハイデマリー子爵家の三女で、栗色のウェーブの髪が美しく、可愛らしい感じの顔立ちで、優しそうな印象を受ける。

「セシルと申します。皆様これからよろしくお願いします」

柔らかな声も、顔の印象と合っているな。

マデラン兄さんも、そんな可愛らしい妻を見惚れている感じだ。


ヴァルト兄さんのお嫁さんの名前はイアンナ。

ハーゼ男爵家の次女で、肩の所で切りそろえた金髪の髪は、貴族の令嬢としては短い髪型となる。

しかし、スッキリと整った顔には良く似合う髪型で、明るい笑顔が素敵だ。

「イアンナです。頑張って夫を支えて行きたいと思います!」

はきはきとした元気な声は、こちらも笑顔にさせてくれて、かなりの好印象だ。

活発なヴァルト兄さんに、よくお似合いの妻だともいえる。

二人のお嫁さんが来た事で、一気にこの家が明るくなったような気がした。

夕食が終わり、部屋に戻ると、着替えもせずにベッドに寝転んだ…。

「本当に疲れた…」

結婚式での気疲れが一気に襲って来た感じだな…。

このまま寝たい気持ちはあるが、明日もこの服を着ないといけないので着替えなくてはな…。

俺はのそのそとベッドからおり、着替えを済ませてから、再びベッドに潜り込んで就寝した…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る