第五話 兄さん達の結婚式 その一

俺が魔法を覚えてから三年の月日が経ち、九歳となった。

魔力量は大幅に増え、中級魔法までは完璧に無詠唱で使える様になっていた。

上級魔法を使う分の魔力は十分に備わっていると思うのだが、まだ使う事が出来ない。

理由は、二つある。

一つ目は、上級魔法書が俺の手元に無いからだ…。

父が、頑張って中級魔法書を買い集めて来てくれた事には、非常に感謝している。

上級魔法書はと言うと、非常に高価で、男爵家の父としては買い求める事が出来なかったそうだ。

一応、中級魔法書の値段を聞いて見たが、子供が気にするような事では無いと、父は笑いながら言ってくれた。

でも、火、水、地、風の四冊を魔法書を買ったのには、相当無理をした事が良く分かる。

毎日食べている料理の質が、多少落ちたからな…。

それでも、ナドスとエーファが頑張って作ってくれた料理の味は、変わる事が無かった事が幸いだった。

俺の為に、家族全員が不味い飯を食べなくてはならなくなってしまっていたら、皆に申し訳なかったからな。

将来、家族に恩返しをする為にも、俺は魔法の訓練を今日まで頑張って来た。


二つ目は、俺が魔法書に載っている魔法以外を使えないという事だ。

今日まで、色々試して見たのだが、勇者時代に使っていた魔法を再現する事は不可能だった。

光属性魔法は、人には使えないと魔法書にも書いてあったから、納得は出来た。

しかし、風属性の上位魔法だと思われる飛行魔法が使えないのには、納得が出来なかった。

どうやら俺は、女神クローリスのお陰で四属性の魔法を使える代わりに、魔法書に記載されていない魔法を使う事が出来ないみたいだ。

女神クローリスも、俺が危険な魔法を作って、世界を破滅させないような配慮をしたのだろう…。

勿論俺は、世界を破滅させたいとは思っていないし、魔法を危険な事に使用するつもりもない。

しかし、俺も追い込まれれば、そんな事はしないとは言い切れないので、女神クローリスが制限をかけた事には理解できる。

でも、魔法書に書かれている魔法であれば、自由に変化させる事が出来た。

例えば、火の玉を作り出す魔法だと、火の玉の大きさ、飛んで行く速度、威力等を変化させることが出来る。

それと、水と火を合わせてお湯を作り出すと言った、複数の属性魔法を組み合わせたりも出来るようになった。

勿論、属性単体で使う時の二倍以上の魔力を必要とするので、効率は良くないのだが、使える魔法内であれば色々出来るのは楽しく、とても満足している。


今家では、マデラン兄さんとヴァルト兄さんの結婚式に向けての準備に追われていて、広い庭には急遽、仮設の式場と宿泊施設が建設されている。

今住んでいる家には、結婚式を行えるだけの広いホールも、大勢のお客が泊まれる部屋も無いが、土地だけは余っているからな。

本来であれば、ヴァルト兄さんの結婚式は来年行われる予定だったのだが、悠長にしていられない事情となっていた。

それは、隣国のアイロス王国が戦争の準備として、軍備増強を行っていると言う情報が流れて来たからだ。

戦争が始まってしまえば、結婚式どころの話ではなくなってしまう。

何故なら、アリクレット男爵領は隣国との国境にあり、戦争になれば真っ先に戦場になってしまうからだ。

一応砦があるから、直ぐに俺が住んでいる所まで敵が攻め込んで来る訳では無いが、それでも砦が破られてしまえばその限りでは無い…。

そんな事態にならないように、ソートマス王国も軍備を揃えて、敵国が攻めて来た場合には、王国軍が防衛に来てくれる事になっている。

いくら考えても、九歳の俺には何も出来ないし、戦争なんかに参加するつもりもない。

今の俺は勇者では無いのだし、戦争なんかにはかかわらず、平和に生きて行きたいと願っている。


それと、兄さん達の結婚に合わせて、新しい執事がうちに雇われて来ていた。

ジアールの跡継ぎとして、ルーマン二十三歳。

ロアーヌ子爵家の六男で、非常に礼儀正しく、超が付くほど真面目だ…。

熱心にジアールから、色々聞きながら常に勉強している印象を受ける。


もう一人の執事、ラモン十八歳。

スドルフ男爵家の三男で、大人しい性格をしていて少し無口な印象を受け、仕事以外の事を話している姿を見た事が無い。

童顔で、メイド服を着せれば女性に見えるんじゃないか、と思うくらい綺麗な顔をしている。

ラモンは、ヴァルト兄さんの執事として、この家から一緒に出て行く事になっている。

それと、ヘレネはラモンと結婚し、ヴァルト兄さんの所に行ってしまうので、個人的には非常に寂しくなるが、素直に祝福を送りたいと思う。


俺も魔法が使えなかったら、この二人と同じように、どこかの貴族の執事として働く未来があったのかもしれない。

まぁ、俺に執事が務まるのかと言えば、答えは否だ!

一日中家に居て、主の仕事の手伝いや書類仕事なんて出来るはずも無いし、やりたくも無い…。

俺は、魔法を使い、自由気ままに暮らすために転生を選んだ。

だからそろそろ、将来の事をきちんと考えて、両親に伝えないといけないな。

アルティナ姉さんの婚約者も、つい最近決まった。

両親が、俺に婚約者を連れてい来る前に、自分の進みたい道を決めて伝えておかないと取り返しがつかなくなる。

以前母が言っていたように、どこかの貴族の入り婿にされてしまっては、自由を失ってしまうからな。

と言っても、今の所、どんな職業に就きたいか、いや、就けるのかが分かっていないので、マデラン兄さんに、どんな職業があるのか聞いて見た。

魔法を有効に使える就職先としては、王国軍、入れるか分からない宮廷魔導士、アンジェリカのような家庭教師があるが、どれも自由とは言えない。

魔物が居ない為、冒険者と言う職業も無い。

あるのは、戦争に参加するための傭兵団か、動物を狩る狩人だけだ。

狩人なんかは、自由な暮らしが出来て良さそうに思えるが、男爵家の三男がなるような職業では無いと、マデラン兄さんに注意された。

そんな感じで、なかなか決めきれないでいる。

両親は、兄さん達の結婚式や戦争に向けた準備なので忙しそうにしているので、まだ時間の猶予はあるだろう。

他の人にも相談して、俺に合った職業をもう少し探してみようと思う。


結婚式の準備は、俺とは関係ない所で進んで行き、結婚式当日を迎えた。

二人のお嫁さんや、招待されたお客様は前日までに到着している。

こんな国の端っこにあるような田舎の男爵家にも、二百人ほどのお客が来るものだなぁと感心した。

意外にも、父の顔は広いのかもしれない。


俺は今、黒いスーツに金の刺繍が施された貴族の正装に身を包み、新築の建物独特に木の香りが漂って来る式場の奥に家族と一緒に並んで立ち、挨拶に来た人達に笑顔を浮かべながら会釈する機械となっていた…。

もうかれこれ、一時間ほどこうして立って居て、流石に疲れて来た…。

式場は、高さ五メートルほど空間があり、見た目以上に広い感じがして、白で統一した装飾が綺麗に飾られていて、突貫で作った建物だとは思えないほど美しい仕上がりとなっていた。

一番奥に、二組の新郎新婦用の席が設けられていて、その前の空間はかなり広く取られている。

その空間は、後でダンスを踊るための物らしい。

式場の奥半分には、丸いテーブルと椅子が幾つも置かれている。

そのテーブルの周りでは、挨拶が終わったお客達が、近くの貴族の屋敷から応援に駆けつけてくれた大勢のメイド達に入れて貰った飲み物で寛ぎながら、談笑している。

俺もそちら側で寛ぎたいが、兄さん達の結婚式だから我慢しなくてはならない…。

お客達を眺めていると、祖父母の姿を見つけた。

祖父母は、俺の記憶にはほとんど無い。

俺が生まれる前に父に爵位を譲っていて近くの村に移り住み、自由気ままな生活を送っているので、俺との接点は殆ど無い。

祖父母の生活費は、父が全て支払っている。

父の様に優秀な跡取りであれば、早めに爵位を譲って楽な生活を送る事が出来るが、無能な跡取りであれば、自分が死ぬまで爵位を譲れないという事だ。

そうか!貴族になって二十年ほど頑張って優秀な息子を育てれば、その後は自由に生きる事が出来るかも知れない…。

…でも、その二十年が大変そうだよな。

やっぱり、この案は無しという事にしよう。

そんな事を考えていると、やっと最後の来客との挨拶も終わり、俺は席に着く事が出来きて結婚式が開宴となった。

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