野っ子の話

麻々子

野っ子の話

     

 むかし、ある村におじいさんとおばあさんが住んでいました。

 ある冬の寒い日、となり村からふたりは、帰り道を急いで歩いていました。すると、急に雪がひどくなりふたりは道に迷ってしまいました。

 あたりは、日が落ちて暗くなってしまいました。

「ばあさんや、あそこに男の子がいるよ。あっちの方へ行けば、村があるにちがいない」

 ふたりはよろこんで男の子に近づいていきました。

 と同時に、ふたりの目の前がぱっと明るくなりました。見回すと、ふりつもった雪はうすい桃色や水色に輝き、木立は金銀に輝いて見えました。

「これは極楽のようじゃ」

 おじいさんは、笑顔いっぱいでいいました。

「ほんに、きれいじゃ」

 おばあさんも曲がった腰を伸ばして、あたりを見渡しました。

「あれ、雪が冷とうないわ」

 おばあさんは、足下の雪を手ですくっていいました。

「こんなことは、ありえんじゃろ……。あいつ、わしらをばかして命を取るつもりじゃろか?」

「人間をばかすなんぞ、いたずらものめが。捕まえて、二度と人間にいたずらができないようにしてやる」

 おじいさんがそうつぶやいた時、ふたりの周りの景色が一度にかわりました。

 雪は灰色に木々は炭のように真っ黒になりました。風が雪を舞い上げ狂ったようにふきあれました。


 次の朝、村人たちが見つけたおじいさんとおばあさんは、もうすっかり冷たくなっていました。村人たちは顔を見合わせて小さくつぶやきました。

「ああ、また野っ子の仕業じゃ。野っ子のいたずらじゃ。おそろしいのう」


               ※


 「まことにおそれいりますが、大雪のためこの列車は一時停車いたします。ごめいわくをおかけいたし……」

 おばあさんから聞いた野っ子の話を思い出しながらねむりかけていた私は、その声で目をさましました。

 アナウンスが終わると、列車の中は一度にさわがしくなりました。

 しかし、電車はいつまでたっても動こうとはしませんでした。

 私のとなりに座っているお母さんがいいました。

「こまったわね。明日のゆうちゃんの小学校、だいじょぶかしら?」

 私はそっと窓におでこをくっつけました。ひやりとしたガラスが気持ちよく感じます。

 外は雪がふっているのでしょうか、ただ暗いだけでした。

 私の顔がガラスにうつっています。

 私はニッと笑ってみました。ガラスの顔も笑っています。知らんぷりして横目で見ると、その顔もやっぱり知らんぷりしてこちらを見ています。私は、その顔がおかしくて笑ってしまいました。

 すると、ガラスの顔が急に困った顔になったのです。

「えっ」と私は声を出してしまいました。

「なぜ?」

 私が首をかしげると、ガラスの顔はにっこり笑いました。

 私は、まばたきを二回しました。

 ガラスの顔はいたずらっぽく笑って、耳の横でおいでおいでと手をふりました。

「外は、楽しい?」

 私はそっと立ち上がり、電車から出ていきました。

 外は寒くはありませんでした。雪もふっていません。

 雪の上にその子は立っていました。その子は私と同じぐらいの年の男の子でしす。おかっぱ頭で白い毛皮のコートを着ていました。くつもあたたかそうな白い毛皮が付いていました。

「ねえ、何してたの?」

 男の子は聞きました。

「電車が雪で止まっちゃったの」

「そうか……。どこへ行くの?」

「行くんじゃなくって、帰るところ。あなたもあの電車にのっていたの?」

「ぼくは、のってないよ」

「じゃ、この辺に住んでいるの?」

「そう」

 男の子は、よくわかったねというようにうれしそうな顔をしました。

「雪の上をすべったこと、あるかい?」

 男の子が聞きました。

「そりで、すべったことがあるわ。とっても楽しかった」

「今、すべりたい?」

「うん。でも、そりがないわ」

「平気さ。ほら、こうすればいい」

 男の子はさっとコートをぬぎ、雪の上に広げました。

「行くよ。ついておいで」

 そういって、男の子はコートの上に座り雪の上をすべり出しました。

「まって、私も行く」

 私も、着ていた赤いマントを雪の上に広げすべり出しました。

 マントはかろやかに雪の上をすべりました。ころげないようにマントのはしをしっかりにぎりしめ、右に左にからだをかたむけて男の子の後を追いかけました。

 男の子は、私が近づくといいました。

「どこまでころばずにすべれるか、競争だよ」

「うん、競争よ」

 私は大声でさけびました。

 広い雪野原の中を、男の子はなめらかにすべっていきます。時々雪の中に消えてしまいそうになるその後ろ姿をおって、私も見失わないようにすべっていきました。

 いつのまにか、私たちは横に並んですべっていました。目の前には、次々といろいろな形をしたコブがあらわれ通りすぎていきます。

「あっ」

 とつぜん現れた大きなコブに、私はぶつかってころんでしまいました。雪にうもれ、やっとの思いで顔を出し、ぶるぶると頭をふると、目の前に大声で笑っている男の子がいました。

「雪まみれだ。雪だるまみたい」

「雪だるま?」

 私は雪にまみれたからだを見下ろして「ほんと、雪だるまだ」と笑いました。

「あなたも、雪だるにしてあげる」

 そういって、私は男の子に両手いっぱいの雪を放り投げました。

「ぼくは、いやだよ」

 男の子はにげてゆきました。

「君がもっと雪だるまになるんだよ」

 男の子も雪を投げ返してきました。

 ふたりが投げ合う雪がきらきら光って舞っています。男の子は雪の上をすべるように走っていました。私は足が沈み、ゆっくりとしか走れません。どんどんおいて行かれるような気がしました。

 私が息を切らし追いつくと、男の子はいいました。

「こんなこともできるんだよ」

 高い雪のコブの上に立ち、ポンと手を打ちました。そして、両手を広げクルッとまわりました。

 すると、今までなかった風が急に吹き出し、ヒュールル、ヒュールルと歌いだしたのです。

 男の子はおどろく私に片目をつむって、もう一度手を打ちました。

 今度は雪が赤くなったり青くなったり黄色くなったりしながら、輝き始めました。

 雪の粉は光のつぶとなって、私の周りにもふりそそぎます。夢の中にいるようで、私は両手を広げ踊るようにくるくるまわっていました。

 男の子は次に指を一本たて、空に大きく円をかきました。雪はその指にさそわれるように水が流れるよな模様をえがきます。

「ずっと、友だちだよね」

 見とれていた私の耳のそばで、男の子の声がしました。気がつくと、そばに男の子が立っていました。

「いつまでも消えないよね?」

 男の子はしずかに笑っていました。

 私は、消えるってどういうことだろうと思いながらも「うん」とうなずきました。

「約束だよ」

 男の子は少し首をかたむけました。

「約束」

 私は、ピースサインをして見せました。

 ボォー!

 その時、遠くで警笛がなりました。

「あ、私、帰らなくちゃ」

「うん?」

 男の子の顔が不安そうになりました。

「汽車が動くみたいだから……」

「そうだね。また、おいでよ」

「うん。今度は、お友だちをいっぱいつれてくるわね」

「うん」

 男の子の顔がもう一度明るくなりました。 私たちは、大きくうなずきあいました。そして、もときた道をコートとマントのそりで帰って行きました。

 広い雪の原の真ん中に、ぼんやりと電車の明かりが見えました。

「どうしてあんなものができたんだろう」

 男の子が立ち止まっていいました。

「あんなものがない昔は、子どもたちはみんな風や雪といっしょに遊んだんだ。子どもたちが遊んでいる中に、ぼくが一人入っていっても『一人おおいや』というだけで、そんなことどうでもいいというようにみんなで遊んだよ。でも、あんなものができてから、子どのたちの姿がへっていったんだ。時々見ることもあるけど、すぐに消えてしまうの。変なんだ……」

 男の子の目は電車を見つめていました。

「帰る……」

 私は歩き始めました。

 電車に近づくと、とても懐かしいものに近づいているような気がしました。

 電車の明かりは、おばあさんの家の赤い明かりを思い出させてくれました。おばあさんの顔と夜に話してくれた昔話……。

 (むかし、ある村におじいさんとおばあさんが住んでいました……。野っ子じゃ。野っ子のいたずらじゃ……)

 その時、冷たい手が私の肩におかれました。

(あ、野っ子!)

 私は、目を固く閉じ心の中でさけびました。

 と、同時に周りは不気味な暗さになりました。黒く冷たい何かが私のからだの中にどんどん入ってきます。

(こわい!)

 おそろしさに歯が、がたがたいいだしました。

(にげなきゃ)

 私はありったけの力をふりしぼり、野っ子の手をふりきりました。

 電車の明かりをめがけて走ります。

「たすけて、たすけて!」

 大声でさけび走り続けました。しかし、広い雪の原の中に、その声がすいこまれて行きます。

 あたりは、とても静かでした。ふと気がつくと何かが聞こえます。さけんでいる私の声に、かすかに野っ子の声がまじっているように思えました。

「消えないで、消えないで。約束しただろう」

 その声は、小さくよわよわしく悲しいものでした。私はふりかえりました。

 野っ子が立っています。

 雪もふっていないのに、その姿はだんだん消えていくようでした。積もった雪にとけてうすくなっていきます。

「消えないで。消えないで」

 野っ子は両手を広げ、見えないものをつかもうとしているみたいでした。

「約束したのに……」

 野っ子がつぶやいています。

 その姿を見て、私は初めて気がつきました。私には野っ子が消えていくように見えているけれど、野っ子には、私が消えていくように見えているんだ……。私が消えているんだ。私はどうしてあの時、あの男の子を、こわいと思ったんだろう……。

 私は雪の上にうずくまりました。 


 私が気がついたのは病院の白いベッドの上でした。


 それから何もなかったようにどんどん時がたちました。

 大人になった私は、雪がふった夜には、そっと窓ガラスに顔を写してみます。もちろん、そこにはもう私しかうつっていません。そして、いつも大きなため息をつくのです。

             了

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野っ子の話 麻々子 @ryusi12

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