第11話 悲劇系ヒロインは想像よりもキツイです

決して大きくはないけれど自然豊かな中で皆笑って仲良く暮らし、穏やかで平和な私達が生まれ育ってきたアガサの街。その街が笑ってしまうほどあっという間に変わってしまった。

まるで前から[そうなる事]が決まっていたかのように、それはそれはもう手際よくムカつくほどスムーズに。

街の皆は強制的に他の土地へ移住させられ、残ったのは護衛騎士団と魔力研究所の関係者のみ。

街中には異常なまでに多くの警備兵が常に配置され、住民が退去させられた事により空き家となった家々は、王の命により規模を拡大する事となった護衛騎士団と魔力研究所の施設建設の為に次々と取り壊されていった。

街の実権は王都に渡り、アガサという名前さえも捨てられ、代わりに[特別王都重要機密エリア]などという無機質な名前が付けられもはや街でもなくなってしまった。

「わかっていたけど、やっぱり辛いよね、この光景は」

ルクスが窓の外に広がる現実に項垂れた。

「ルクス様、あまり気に病みませんよう、こればかりは仕方がないと割り切りましょう。光と闇の力というものは世界を変えてしまうかもしれない存在です。だからこそ、力が悪しきものに利用されないためにも、考えうる限りの警護はしなくてはならないのですから。それに元々解明されていない事が多い力が急に復活してしまったのです、長い年月疎かにされていた力の研究も急ピッチで進めなけらばならない。だからこそこうなる事は当然の事、そして貴女の、いや俺達の運命を変えるためには必要な事なのですよ?」

「…それは…わかってるんだけどね…」

アカツキはルクスに優しい声色で諭しながら寄り添うがルクスの顔は沈んだままだった。

ルクスの気持ちは痛いほどわかる。

花が咲き、緑溢れ、川はせせらぎ、誰もが活き活きと生活する。そんな大好きだった街が、日に日に物々しいまるで軍事要塞のように姿を変えていく。自然も、人も、街並みも失われていく…そう、跡形もなく。そして私達はそれを黙って見ているだけしかできないのだ。

どれもこれも全て私達が力の覚醒にしてしまったから起こってしまった出来事なのに。

「ルトス、貴女までそんな悲しい顔をしないで頂戴?可愛い顔が台無しよ?」

「あ…ごめんなさい…」

フウリに指摘されハッとする。私もいつの間にかルクスと同じように落ちてしまっていたようだ。

するとフウリは困ったように笑うと、私をぎゅっと抱きしめ「ルクス、貴女もいらっしゃい」とルクスを呼び寄せ一緒に抱きしめた。

「今でも思い出すと腹ただしくなるの…貴女達が力に覚醒したとわかった時の叔父様達の顔。本人達は隠したつもりでしょうけど喜びに満ちた汚れた表情が私にははっきりとわかった。本当はすぐにでもその顔に一発ずつお見舞いして真実を突き付けてやりたかった。

でも悔しいけれど…本当に、ほんと~に腹ただしいけれど、そうしてしまったら今までの計画が全て無駄になってしまうもの。我慢したわ。…でも覚えてらっしゃい、いつか必ずやってやるんだから」

「ご満悦でしたね、ゴワ様。数々のクズ共が力を覚醒させる事が出来なかった中で、ゴワ様の策により無事に力の覚醒が成功したのですから。鼻高々でしょうね~」

「愚かですね。本来ならばその策さえも失敗して私を利用する事になっていたというのに」

「フ、フウリ…?」

「アカツキ…顔怖い」

2人の口調はとても穏やかだが目が一切笑っておらず目が据わっていた。

「それから貴女達が11歳のお誕生日を迎えてからというもの、力の覚醒を2人のさせようと執拗にあの手この手を使って苦しめてきたことも私は忘れないわ」

満面の笑みを浮かべている2ずなのに隠しきれない怒りの青の炎を感じの思わずゾクリとする。

「フウリ様のおっしゃる通りですね、お礼はしっかりとしなければなりません」

「えぇ、もちろん。それはもうたっぷりと。だって…まずは2人にとって大切なコットさんとウィネさんを崖から突き落とそうとしたかと思えば、ある時は毒を仕込んでみたりとあれこれとやって来たかと思えば、2人が信頼して大事に思う人たちを次々と危険な目に会わせた。しかもわざと2人の目の前で」

「お優しい御二人が最もお辛い事は自分自身ではなく周囲の人間が危害を加えられてしまう事。しかもそれが自分達のせいだと思わせることでさらに追いつめようとした。本当に反吐が出る」

「いくら対策と状況把握のためとはいえ期限ギリギリまでこんな事を黙って見ているだけだったなんて…本当、どうにかなりそうだった」

「えぇ、いくら事前に被害が最低限に抑えられるようにと対策を練っていたとしても完全に防ぎ続けてしまうと怪しまれますからね」

「そして、今回も特に酷かったわ。街の子供達をわざと暴走させた魔物に襲わせるなんて…覚醒した力によって魔物は撃退された、という事になったけど、もしそうでなければ…。

あぁ、もう考えるのも嫌だわ。とにかく、私は、叔父様や貴女達や沢山の人達を傷つけた人間を絶対に許さない」

フウリに抱きしめられて初めて痛いと感じた。だっていつもフウリは優しく抱きしめてくれたから、こんな力の限り抱きしめられる事なんてなかった。

「…誰かが傷つこうが…誰かが死のうが、貴女達が力の宿主として生まれた以上、あらゆる人間が力の覚醒をさせようする。もし私が殺されても尚力が覚醒していなければもっと酷い事をしてきたでしょうね…。それこそ覚醒するまでずっと。…だから今この街がこんな状態になってしまうのはいずれ起こりうる必然の出来事だったのよ。だから、どうかあまり自分達を責めないで」

「フウリ…」

「それに忘れていけませんよ。貴女達は被害者なのです。クズ共によって貴女達は強制的に宿主として誕生させられ、その運命を背負う事になってしまっただけなのですから」

「アカツキ…」

「さぁ顔をあげましょう。貴女達はその力によって起こる悲劇を少しでも食い止める為に運命に抗っていかなくてはならないのだから」

確かに今まで私達のせいで傷ついてきた人達の事を想うと心が死ぬほど辛い。

だけど、フウリの言う通りだ、ここで嘆いている暇はない。むしろやっとスタート地点にたったのだから。フウリを救ってここからが本番。

フウリが私達を庇って命を落とし、それがトリガーとなりそれぞれ光と闇の力を覚醒させるという【青いバラを君に捧ぐ】ゲーム本編の始まりで最も重要な出来事を変える事に成功した。ここからは完全にゲームとは違う道を進んでいく事が出来る。

私とルクスは目を合わせお互いに喝を入れ合う。

頑張ろう、どうなるか分からないけれどやってみよう。

「ありがとう、フウリ」

「いつも慰めてもらってばかりでごめんなさい。…アカツキも」

「こちらこそ私の命を救ってくれて本当にありがとう」

いつの間にかフウリの青の炎は消え去り、いつもの穏やかで優しいフウリが慈しむように笑いかけていた。それから私達3人はこうしてまた抱き合う事が出来た喜びを精一杯噛みしめ、気が済むまで抱きしめ合う。

「それで?タソガレ、次に俺達はどうすればいいのかな?」

そんな私達のやり取りを微笑ましそうに見つめながらアカツキはやり取りに加わらず部屋の端で黙っていたタソガレに声をかける。

「…次に大きく動き出すのは15歳。王都が管理しているサキア学園へルトス様とルクス様がご入学される年だ。しかもここを出て寮生活となる」

サキア学園、それはゲーム本編の舞台でありこの学園で過ごす3年間が本来【青ぐ】のメインストーリだ。ついにきたかと私は小さく息をのむ。

「そして御二人共と共に俺達も入学する事が決まっている。ここまでは元々の運命筋と変わらない。だが一つ、大きく変わる事がある、それは…」

「私ね」

フウリが凛とした表情でタソガレに応えた。

「えぇ、そうです。フウリ様は本来この時間軸ではお亡くなりになっているはずだった。

だけど俺達がその運命を変えた。だから、ここから貴女が進む道は本来あるべきものではない未知の領域。前世の記憶を持たれている御二人でさえここから貴女がどうなっていくのかがわからない。まぁ人生とは本来そう言うものと言えばそうなのですが…」

「つまり、ここからは私の意思や行動によって未来が変わっていくし、その異質である私の存在がどう本来の運命に影響を与えていくかも分からないって事ね」

「おっしゃる通りです。そして、貴女は俺達の2歳上、学園に入学許可が下りるのは15歳からです。となると貴女は来年にはもう学園に入学する事になる」

「確かに。入学の手続きはもう終わっているわ」

そうか。そういえばゲームでも度々「本当ならフウリとこの時間を過ごせたのに」とか「ここにフウリもいるはずなのに」だとか良くヒロイン達が言ってた。

フウリが生きているという事はゲーム本編では登場しなかったはずのフウリが学園に存在するという事になるのか。

「…待って待って!?じゃあ私はフウリたんと一緒に学園生活を送る事が出来るって事!?ヤバイ!マジで!なにその素敵な展開!そうだよね!そうなるよね!なんでその事を今まで忘れてたかなぁ!?」

さっきまであんなに辛そうにしていたのが嘘のようにルクスはその場で悶えながら気持ち悪い笑みを浮かべている。

「ふふ。私も二人と学園生活を送れるなんて楽しみだわ。…まぁ学年は違うんだけど」

「あ、あ、ああつまり先輩、って呼んじゃうって事!?フウリ先輩…あぁいい!!あ、いやいやフウリお姉さまとか呼んでもいいのか!?悩む~!!」

「…おいアカツキ、少しルクス様を落ち着かせろ」

タソガレは何年たっても暴走を始めたルクスの扱い方が分からずいつもお手上げ状態だ。

「えぇ、こんなに嬉しそうにして可愛いのに」

「話が続かない」

「も~そんなに睨まないでよ、わかった、しょうがないなぁ…」

アカツキはやれやれとわざとらしく動きに表すとルクスの口をそっと自分の口で塞いだ。

瞬間ルクスは固まる。

「あらまぁ~アカツキったら大胆なんだからぁ~」

「いやぁ、この方法が一番早いって最近気が付きまして」

アカツキにしっかり捕獲されたルクスは顔を真っ赤にして大人しくなった。

うん。なんか…ご馳走様。

「…話を元に戻して…フウリ様には俺達が入学するまでの2年間、学園内部の事を出来る限り調べていただきたい」

「言われなくても、そのつもりでした」

「さすがフウリ様、話が早い。ですが、学園では貴女はお一人です。何があるか分かりません、御自分の安全を最優先に無理の範囲で行動していただきたい」

「それはもちろんよ、私も可愛いルトスやルクスと学園生活を送るまでは死ねませんから」

「俺達は定期的にフウリ様から情報を貰いつつ、ここで更なる力をつけながらこちらから行動せずに潜伏し経過を観察する。ここから入学までの間は再び空白の時間となり何があるか分からないからな」

「そうね、ゲームではフウリのイベントのあとすぐに入学式当日に飛んでしまうから…」

「なるほどね、了解。また情報集めのと修行の日々ってわけね」

「あぁ、相手が動き出すのも学園に入学してからだ」

うん。次の段階へ進んだ気がする。いよいよゲーム本編に迫ってきた。

ここからどうなるのかもう分からないけれど、やるっきゃない。

「ところでルトス様、ルクス様、貴女方にお願いがあります」

「ん?」

「貴女方には作っていただきたいものがあります」

「作る?別にいいけど…何を」

「貴女方には…これから出会うであろう攻略キャラとやらの取り扱い説明書なるものを作っていただきたいのです」

「…取り扱い説明書?」

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