第5話 勝手に覚醒しちゃってもいいですよね?

時が止まった。

いや、実際は止まってないんだけど。

つまりそのぐらいその場が死んだというか、3人とも固まったというか。

うん、わかってた。こうなる事は。

だって今までの話の流れをぶった切ってとてつもない事を私達は投下したんだから。

「…ルトス様?」

「…何でしょう?」

沈黙を破ったのはタソガレだった。

「まずは、お座りください」

「え。…あ、はい。なんかすみません」

あ、これはダメ奴だ。

引きつった私の表情につられるように隣で同じように苦笑いを浮かべていたルトスへ今度はアカツキから言葉がかかる。

「ほら、何をされているんですか?ルクス様も、ですよ?」

「…ですよね~」

いつものように穏やかなアカツキのはずなのに、今はなんだか恐ろしい。

静かに笑みを浮かべながらその様子を見守るフウリからもただならぬ何かを感じる。

私達が冷汗を流しつつ椅子に腰かけた事を確認し、改めてタソガレが話を続ける。

「では、どういう事かきちんとお話してくださいますか?今、俺の聞き間違いでなければ光と闇の力に覚醒したと、そう、おっしゃいましたよね?…それは一体…」

タソガレが尋問を始めたその時だった。

「んべっ!?」

私の顔にぬるっとした何かが張り付き視界が一気に黒くなる。

あ、この感触は。私は何かの正体をすぐに気が付く。

「あふおっ!?」

隣でもルクスが同じように奇妙な声を出している。前が全く見えないが恐らくほぼ同じ事が起きているのだろう。

「こいつ…!」

「俺のルクス様に…何を…!?」

私達に危険な事が起こったと判断したのだろう。恐ろしいほどビリビリした殺気が放たれたのを感じ、視界が遮られているため見えていないがタソガレとアカツキがその[何か]へ攻撃を仕掛けようとしているのがそれだけでわかる。

待って!違う!違うの!でもいい感じに口のあたりまで引っ付かれているから言葉に出来ない!危険じゃない!敵じゃないの!

しかしつたえようとしてもふごふごと情けない声にしかならない。ルトスも私と同じ状況で打つ手がない。そうこうしている間にも彼らの攻撃が迫ってくるのがわかる。もう、間に合わない…!でもどうにかしてこの子を守らきゃ…!

その思いから私が行動しようとした瞬間。

「待って!2人とも!それは、その子達は敵じゃない!」

フウリが2人を静止してくれたのだ。

「…しかし!」

「大丈夫。私に任せて…ね?」

声のみで今の状況を把握するしかできないが、フウリの言葉にタソガレとアカツキの殺気が落ち着いていくのがわかる。さすがフウリだ。

「…ごめんなさい。きっと私達の不穏な圧を感じてルトスとルクスへ危害を加えるんじゃないかと思ったのよね。驚かせてごめんなさい。大丈夫よ、私達は敵じゃないわ」

まるで小さい子へ語り掛けるようにフウリが出来る限り優しく柔らかく諭す。

そのまま少し膠着状態は続いたが、フウリの言葉を信じたのだろう、やっと私の視界がクリアになる。

そして私の目に映ったのは、全身真っ黒で青い瞳をした可愛らしい羽根のついた手のひらサイズのイルカ。やっぱり、この子か。

小さな体は震え丸々としたつぶらな瞳が潤んでいる。

「ごめんね、怖かったよね、でも、ありがとう、守ってくれようとしたんだよね」

そう言うと、きゅ~と鳴きながら私の腕の中に飛び込んでくる。

「うんうん。怖いよね、わかるわかる。アカツキが戦闘態勢に入るとマジでやばいもんね。なのに逃げないで守ろうとしてくれたんだね、ありがとう」

隣では同じようにルトスがそう言いながら真っ白い羽根の生えたウサギを優しく抱きしめていた。

何が起こっているのか全く理解できず困惑するしかできないタソガレとアカツキに代わってフウリがその場を仕切る。

「さて、どういう事か、改めて説明してもらいましょうか。一体どういうことなのか。…その愛らしい子たちは何なのかしら?」

私とルクスと目を一度合わせ、ひと呼吸し頷きあい、ゆっくりと話しだす。





それは、昨晩の事。

「なんかね、もうすぐだなって思ったら、何だか眠れなくて」

そう言ってルクスは寝る準備を整えていた私の部屋へやってきた。

丁度私も同じような事を考えていて、1人でいる事が何だか不安でルクスに会いたいな。と思っていたからちょっと驚いた。やっぱり私達は双子なんだなと実感する。

気を利かせてくれたコットとウィネはすぐに2人っきりにしてくれた。

それから私達は、コットたちが部屋を去る前に用意してくれた気持ちが落ち着く効果があると言われている温かいハーブティに癒されながら色んな事を話した。

私達が前世の記憶を取り戻し、自分たちの運命に抗う事を決めたあの日から今日までの事。

これから起ころうとしている事。そしてこの約4年間共に協力してくれた3人の事。

「…2人だけじゃないって、本当心強いよね」

「うん。あの時、話して本当に良かった…それは、そうなんだけどね…」

ルクスの表情が曇る。

「ルクス?」

「あのあね、私はさ元々、フウリの事が最推しで、大好きだったじゃない?でも今はね、ずっと一緒にいて、もっともっもっ~と大好きなっんだ…」

「そっか…」

「そう。前世の私としても、今の私としても、フウリは本当に本当に大切な推しで、お姉様で、親友なの…だからね…だから、怖いの」

「ルクス…」

「だって!もし運命を変える事が出来なかったら死んじゃうんだよ!?しかも私達のせいで!そんなの…嫌だよぉ…」

ルトスの目からは大粒の涙が溢れていた。

私だって、嫌だ。そんな未来、考えたくもない。フウリを失うなんて、そんな運命なんて…。

必死にこぼれそうな何かを抑えつつ私はルクスの頭をなでる。

「…私も、怖い。フウリの事だけじゃない。【青ぐ】での私達の運命を考えるとね、もう不安で押し潰されそうになるの」

「ルトス…」

「でもね、泣いている暇があったら、少しでもそんな運命を変えられるように動かなきゃって思うの。辛いけどね。…そう自分に言い聞かせて、自分を奮い立たせるの」

あぁ、泣きそう。でも、今ここで泣いてしまったら、きっとルクスはもっと不安に思ってしまうから。そして私だって、どうしようもなく悲しくなるから。

そんな私をみて何かを感じ取ったルクスは一所懸命涙を拭い、可愛い笑顔を見せてくれる。

「…そうだね、ごめんね。ありがとう。やってみせるんだ、運命なんてぶち壊すんだから!」

「うん!ぶっ壊そう!」

私達は二人で高くこぶしを掲げた。

そう、やるしかないのだ。みんなで笑って生きていくためにも。

「とはいうものの、私、ずっと思ってることがあってさ」

自分のこぶしを見つめたまましみじみと話し出す。

「うん?」

「こう、ほら、やるぞっ!って思えば思うほどさ、なんていうの?もっと自分に力が欲しいというか、もっと強くなりたいって思うっていうかさ…」

「あぁ、それはわかる。結局今の私達が出来る事ってまだまだ限られてて、タソガレ達に頼ってばっかりだしねぇ」

「そうなの、そうなの!もちろんフウリが死んでしまう事件が起こるなんて絶対無理だけどさ、あの事件があってやっと光と闇の力に覚醒するんだもんね。覚醒してない今の私達は世間知らずの箱入り娘にしか過ぎないんだよね…」

「本当その通り、たたの小娘」

「あ~あ…光と闇の力、かぁ…ん…?光と闇の力…?」

そのまま手を顎の下にやり何か思案したかともうと次はルクスがおもむろに質問をしてくる。

「…ねぇルトス?」

「ん?」

「光と闇が覚醒した時の私達のテキスト、覚えてる?」

「テキスト?【青ぐ】でって事?」

「そう、ゲームでの私達のモノローグ」

「あぁ…えっと…確か…共通して…[どうして、どうしてフウリが?なんで?フウリが?こんな…こんな事…私のせいで…]っていうのがあって」

「そして私、ルクスはこう思うの[悔しい、憎い、どうして!?私に力があったのならここでこいつらを殺してやれるのにっ!]って」

「ルトスは[悲しい、空しい、どうして…?私に力があったならフウリを守る事が出来たのに…!]って…」

「無残に殺されたフウリを見て私達は同時期に感情を爆発させるの。そして不思議な力が溢れてくる。で、その時にそれぞれの頭に誰かの声がするの」

「[汝、力を求めるか]」

「そして私達は、それぞれの力に目覚め、謎の男を消滅させてしまう…」

それは私達が待っている未来の姿。言葉にすると気分が沈んでいく。

「…どうして?急にそんな事思い出させたの?」

「嫌な気持ちにさせてごめんなさい。…でも、結局何だったんだと思う?」

「何が?」

「ほら、なんか曖昧にされて結局はっきりとわかってなかったじゃない。覚醒の理由」

「…どういう事?」

「私達は、力が必要とされる11歳の誕生日頃からその事件までに何度も故意に力を覚醒させられる事になるじゃない?」

「確かに。でも覚醒する事はなかった」

「なのに、フウリの時だけ覚醒するの。これってどうしてかって結局最後まで明かされなかったよね?」

「言われてみれば…えっと、私とルクスが同時に感情を爆発させたからっていう説が有力って話だけど…結局仮説にすぎない…」

「それなの!!そこなのよルトス!光と闇の力の正しい覚醒の仕方だなんてわかんないのよ!」

「えっと…つまり?」

「つまり!光と闇の力、もしかしたら今すぐにでも私達自身で覚醒出来るんじゃないかしらって事!!!!」

「…あ」

ルトスに言われて言葉を失う。

目から鱗だった。そうだ。そうだよね。

どうしてその事に気が付かなかったのだろう。

12歳のあの事件が起きるまで力は覚醒しないと思い込んでしまっていた。

ルクスの言うとおりだ。

私はそこでやっと、ルクスの言いたかった事を理解した。

もしかしたら、もしかするかもしれない。

「…ルクス、貴女、天才?」

「かもしれない。私の事は天才って呼んでもらってもいいよ」

「…私の可愛い天才的頭脳を持った妹よ」

「あ、やっぱり普通に呼んでもらってもいいでしょうか?」

「では改めて…ルクス…私は、試してみたい。そっちはどう?」

「…もちろん、善は急げっていうしやってみなくちゃわからないしね」

「うん。これは…また大きな一歩になるかもしれない」

「となれば早速…そうだな…同時に感情を爆発させてみちゃう?」

「それが最有力って話だし今すぐにでも試せる事だしね。…でも、ここで騒いだりして他の屋敷の皆にばれるのは面倒かも…」

「確かに。…あ!じゃあ私が前世でよくやっていたアレ使う?」

「アレ?」

「ズバリ、枕です」

「…枕?」

「私の住んでいたマンションちょっと壁が薄くて、深夜にゲームとかアニメとか見てテンションが上がって叫んだりした日にはそりゃもう大迷惑の悲惨な事になるの、だから声が出そうになる度にベッドに飛び込んで枕に顔を思いっきり沈めて声を出していたの。そうしたら案外いけたから」

「あぁ、なるほど。…じゃあそれでいこうやってみよう!」

私は、いや私達は想像も出来なかった展開に少しテンションがおかしくなっていたのかもしれない。驚くほどあっさりと話はまとまりベッドに飛び込んだ。

私達は固く手を結ぶ。

「…ちょっと怖いかも」

「うん」

「けど、隣にルトスがいてくれるから、平気」

「…私も、ルクスがいるから」

「想像しよう、考えよう、前世の事。これからの事、きっと溜まっている事いっぱいあるよね」

「そうね、こんな事すぐやろうと思うんだもの。偉そうな事言ってたけど本当は私、結構限界だったのかもしれない。ここで吐き出させてもらおう」

「それはいいね…じゃあいくよ」

「…うん」

私達は心からの叫びを枕へぶつける。

…思えば、全てはあの日あのクソ男のせいで命を奪われた事から始まった。

クソ男の事を考えると今でも反吐が出る。

設定資料集の恨み。本当に、本当に楽しみで、やっと全てを知る事が出来ると思っていたのに!

そして生まれ変わったのが何の因果なのかその手に入れたかった設定資料集の世界。つまり【青ぐ】の世界。こんな悲惨な運命を背負ったヒロインだなんてどういうことだ!?

何が悲しくてこんな運命を黙って受け入れなくちゃいけないっていうのよ。

この手で必ず、推しを、大切な人たちを、この手で絶対に守るってやる。絶対に負けない!っていうかそもそもルクスと違ってせっかくこの世界へ転生したというのに、私の最推しにはまだ出会ってもいないんだから!この先で出会うであろう最推しに、笑顔ですがすがしい気持ちで会うためにも、こんな運命絶対にぶっ潰す!絶対に、絶対に。幸せになって見せるんだから!!!!




そして、それは気持ちの高ぶりが最高潮に達した瞬間だった。

私の頭にどこからともなく誰かのあの言葉が響いたのだ。

―汝、力を求めるか―

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