第5話 死者からの贈り物

僕は雲の上にいた。お気に入りのショルダーバックには携帯とさっき書いたチケットが入っていた。進んでみると地面となにも変わらない。改札口がありチケットを挿入口に入れるが入れない。困って辺りを見回すと昼のときと同じように帽子を目深に被った男が目に入る。

「チケットでのご入場はできませんよ」

にやついた声で言ってくる男に無理やりチケットを押し付け睨みつける。

「おお、こわい。お父様そっくりですね」

チケットを切り取ると胸ポケットからクレジットカードのようなものを取りだした。

「がんばってください。最後ですから。思っていることは全部伝えてください」

照れくさくなって親指でグッドサインを作る。改札口にカードにかざし、通過する。改札の向こう側には見慣れた人影が2つ。熱い目頭を必死におさえて歩みを進める。近づいてくるかげにも、自分の歩みの遅さにも待ちきれなくなって走る。普段まったく走らない僕はすぐに足がもつれて転んでしまう。

「はは、相変わらずそうたはドジだなあ」

頭上で笑い声がする。僕は泣きじゃくりながら

「に゛い゛ち゛ゃ゛ん゛!!」

15歳離れた兄ちゃんと父さんは釣りに行ったときに轢かれた。僕は当時4歳。二人は死んだときと変わらない背格好だった。兄ちゃんの腰くらいまでしかなかった僕も少しは兄ちゃんの目線に近づいた。父さんは僕と兄ちゃんをいっぺんに抱きしめる。やはり大柄な父さんは力が強くかなり痛い。僕の倍ほどもある大きな手で僕の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。懐かしいこの感じに廃れていた心も満たされていく。僕はにっこりと笑った。父さんは嬉しそうに僕を見る。だがその顔に哀愁が隠れていることに僕は気づいた。

「父さん、なんかつらいことあったの」

「…………….」

うつむいたまま言葉を発さない。だが観念したように兄ちゃんの方を見る。顎で行けとサインを送る兄ちゃん。僕は2人のやり取りを不思議そうに眺めていただけだった。ふっと息を吐くと、話し始めた。

「そうた、守ってあげられなくてごめんな。そうたは親不孝者なんかじゃないよ。母さんに心配とか迷惑とかかけたくなかっただけだろう。それはきっと母さんも分かっているよ。おいていってしまってすまない。だけどお前の人生はまだ始まったばかりだ。父さんと兄ちゃんのことを忘れてはほしくないけど重荷にしなくていいんだよ。父さんも兄ちゃんも勿論母さんもみんなそうたのことが大好きだから」

兄ちゃんも頷く。僕はもう嗚咽がとまらなかった。泣きじゃくる僕を父さんと兄ちゃんは優しく抱きしめてくれた。2度と味わえないぬくもりを堪能する。

頭の片隅では分かっていた、直視したくない事実。父さんと兄ちゃんの姿がだんだんと薄くなっていく。2人の後方からはこの世のものではない光が差し込み始めた。兄ちゃんは僕を強く抱きしめると

「そうた、いつでも俺たちはお前の味方だから。好きなように生きろ!」

と叫んだ。兄ちゃんに負けないくらいの大きな声で

「僕は父さんの子供で、兄ちゃんの弟で本当によかった。精一杯楽しんで生きるからっ。見てて。いつかまた家族4人で楽しく暮らそう!」

僕らは抱き合って号泣した。やがて父さんと兄ちゃんは光の玉になって空へと消えていった。2人が死んでから僕は失ったことばかり考えてた。だけど違った。本当はずっと2人はいてくれた。目には見えなくても大事な家族だから。僕はそのことだけでどこまでも頑張れる。アイツの陰険なイジメなんかに負けてたまるか!明日学校に行こう。友達なんかいなくてもクラスメートにいないもの扱いされても僕は絶対に負けない強さを手に入れたから。

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