第50話 真実の行方 Black Lotus

 苦悩に歪んだ形相を目のあたりにして、サウロンは本気だと公爵は悟った。何とかして落ち着かなせなければ!はやる気持ちを抑えて慎重に言葉を選んだ。

「サウロン、お願いだから落ち着いて。お前を失ったらニムエはどうなる?王を失ったら、オパルはどうなるんだ?」

 サウロンは首を左右に振って、苦笑いとも泣き笑いともつかない自虐的なせせら笑いを浮かべた。

「俺には国王の資格などない!無辜むこの民を手にかけたのだからな・・・それに、今ならニムエが国を治めて行けるはずだ」

「きっと救われる道があるはずだ!だから手を離してくれ、サウロン!坐って話をしよう。ひとりで抱えこまないで・・・話せばきっと楽になるから!」

 サウロンはふっと目を閉じてかぶりを振った。

「お前って奴はとことんお人好しだな・・・自分が殺されようって時に、他人ひとを助けられるとでも思っているのか?」

 そして、苦笑を浮かべてふっとため息をついた。

「だが、いいだろう。ヒーラーとやらに懺悔ざんげを聞いてもらうとするか・・・お前を国王殺しの犯人にするわけにもいかないからな」

 そう言って、サウロンは公爵の手首を離すと右手を差し出した。

「剣を返してくれ。脅かしてすまなかったな」

 公爵が判断に迷って躊躇ちゅうちょすると、サウロンは鼻で笑った。

「心配するな、幼馴染のお前を俺が手にかけるはずがなかろう?」

 サウロンは奇妙なほど穏やかな声で言った。王の青い目から凶暴な光は消え去っていたが、その豹変ぶりに公爵の胸に一抹の不安がよぎった。

「素直に謝るなんて、サウロンらしくない・・・」

 頭の片隅で穏やか過ぎておかしい、と警告する声が聞こえたのに無視してしまった・・・


 公爵が三日月刀を手渡すと、サウロンはズボンのベルトに無造作に差し込んで、顎をしゃくってテーブルに着くよう促した。

「話をする前に、酒でも飲まないとやってられないぜ。お前は葡萄酒だったな?」

 公爵がうなずくとサウロンは背を向けて、壁際にある酒棚の方に歩いて行った。公爵は身体をしたたかに打ちつけたうえに、首をきつく絞めあげられた直後で、椅子に座るのも難儀だったが、気にしている場合ではなかった。

 ともかく話を聞かなければと思った。サウロンが苦しい胸の内をいくらかでも吐き出してくれれば・・・


 と、突然、不気味な鈍い音が響いた。びくっとして振り返った公爵の目に、サウロンが床に座り込む姿が映った。そのまま仰向けにバタっと倒れて、身体が長々と伸びて動きが止まった。白いシャツの胸が赤く染まり、三日月刀が深々と突き刺さっているのが見えた。

 公爵は言葉にならない叫びをあげて、椅子から立ち上がり夢中で王の傍らに駆け寄った。急いで上着を脱いで胸に当てがったが、白い上着はみるみるうちに真っ赤に染まり、傷口を押さえた手が間欠的に噴き出す生暖かい血でぐっしょり濡れる。

 ヒーラーの経験からもう助からないと直感したが、公爵は必死で声をかけた。

「サウロン、サウロンッ!死ぬなッ!お願いだッ!」

 サウロンは目を見開いて歯を食いしばり、右手を持ち上げて公爵の腕を握った。その手にはもう力がこもっていなかった。左手をサウロンの手に被せてしっかり握り返すと、苦しい息の下でサウロンは途切れ途切れに言った。傷ついた肺から口元に血の泡が溢れ出して、言葉の途中で咳きこむ。ぐったりしたまま声を振り絞った。

「ニムエを守ってくれ・・この国を。約束・・・してくれ・・・」

 公爵は息を呑んで王の目を見つめ深くうなずいた。サウロンは澄み切った安らかな目を細めて、公爵の腕を引き寄せ辛うじて聞き取れる声で名前を呼んだ。

「サマエル・・・光をもたらす者。ニムエを頼む・・・」

 そして、凄みのある笑みを浮かべ目を閉じた。逞しい手から力が抜け、公爵の指からすり抜けて床に落ちた。

 それがサウロンの最期だった。


 もしや自害する気ではと脳裏をかすめた予感を無視してしまった!サマエルは悔恨の念で胸が張り裂けそうだった。オパルは多分に漏れずカソリックの国で、自殺は固く禁じられている。まして、サウロンは並外れた強靭な肉体と闘志の持ち主で、自ら命を絶つなんてあり得ない、と疑念を振り払ったのが間違いだった。

「サウロン、すまない・・・」

 なす術もなく、ただ頭を振りながら声を振り絞った。

「なぜ、なぜ、止められなかったんだッ!もう取り返しがつかない・・・」

 激しい後悔の念にさいなまれ、遺体のそばに膝をついたまま動けなかった。キーンと激しい耳鳴りがして、奇妙な静寂が頭の中に広がる。知らぬ間に目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。


 幼い頃、サウロンと一緒に遊んだ日々を、青年期の確執をありありと想い出す。勇猛果敢な戦士に成長したサウロンは、内戦で両親を失った後、若くして王位を継ぎ、自ら軍を率いて侵略者たちを退け見事にこの国を守った。 だが、うち続く戦乱の中で抱え込んだ心の闇を誰にも明かすことができずに、自ら命を絶つところまで追い込まれた・・・

 それを思うと、サマエルはたまらなく悲しかった。

「どうして、どうして、こんなことに・・・なぜ、止められなかったんだッ!?」

 公爵は血に染まった両手で顔を覆って泣き崩れた。 思いよらないサウロンの突然の自決と、一連の少女失踪事件の犯人と知った衝撃に打ちのめされる。

「いったい、この後どうすればいいのだろう・・・ともかく他の誰にも知られないよう、ニムエとプロスペロに伝えなければ・・・」


 混乱したまま立ち上がろうとした瞬間、不意に強烈な睡魔に襲われた。両脚に力が入らずよろめいた。続いて膝の力ががっくり抜けて、サウロンの遺体の隣に崩れるようにうつ伏せに倒れ伏した。

「これは・・・ブラックロ ータスだ・・・」

 そう思ったのを最後に、サマエルの意識は急速に薄れていった。


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