第18話

「……ありがとう」

「上の空で練習されるのが非常に迷惑だっただけです」

 トレーを下げて店を出る。明仁はそのまま塾に行き、帰り道は俺とミヤと朔太郎の3人。冬の夜は寒くて長い。見上げると、都会にしてはたくさん見える星空が広がっていた。


 俺は涼花さんが好きだ。これは恋だったんだ。


 あ、と思い出したように前を歩いていたミヤが急に振り返って俺に言った。

「ウミノヒカリ、あの歌はきょーちゃんの歌だからね」

じゃあね、朔太郎行こ、と龍山神社駅の方向に歩き出すミヤを俺は呆然と見送っていた。


 カフェに寄ったら夕食時を過ぎていた。親に怒られることは間違いないが、後悔は無い。大きなものを得た。

 流石に連絡だけはしようとスマホを開いた。俺はさっき小説サイトを開いたままスリープにしていたようで、サイトのホーム画面が目に飛び込んできた。トップにあるのは新着の小説。タイトルは「桜のお守り」で筆者は「7号」。何となく違和感を感じながらその小説を開いた。




桜のお守り


 私がいつも本を読む時に使う栞は、桜のお守り。

 1番仲の良い友達が引っ越す時にくれたプレゼント。本が好きな私に「栞として使ってね」とくれた。その子はいつも、私が笑うと「満開の桜みたい」と言っていた。

 その子は中学生になる前に、外国に引っ越していってしまった。

 人見知りだった私と他のみんなをと繋ぐ手伝いをしてくれてた子だった。行っちゃやだ、泣いていた私に桜のお守りをくれた。私がいつも満開の桜の笑顔でいられますように。そう言った。


 でも私は、あろう事かそのお守りを失くしてしまった。


 どこで落としたのか見当もつかない。家、通学路、学校……

 思い当たる所は探してみたけれど、見つからなかった。


——あの、これ……もしかしたら君のじゃないかなって。


 彼は神様だと思った。何てお礼を言ったら良いかわからなかった。桜のお守りが繋いでくれた縁だ。大事にしたかった。けれど。


 今までありがとうございました。さようなら。


7号




 「エッセイ」のタグが付けられたそれは間違いなく涼花さんのものだった。

 勝手にさよならなんてしないでくれ。俺は終わらせたくない。さよならなんてしたくない。こんな形で終わりを迎えるのだけは勘弁だ。


 明日、涼花さんに会いに行こう。

 闇に包まれて暗くなった海にそう決意した。

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