第50話 それで納得してやる

「クソっ!」


 黒装束の男が悪態をついた。


 辺りには仲間の死体が転がっている。


 残されたのは男ただ一人。

 分の悪さに逃げようとして何かよくわからないものに阻まれた。


 そこへ追い討ちをかけるように生き残りの身体が突然燃えた。

 彼らも厳しい修練を積んだ暗部の一員である。素質がなくとも魔導の発動の気配は肌で感じるように訓練されている。

 しかし魔導の発動の気配は一切感じられなかった。退路を阻んだそれも同様だ。


「ここまでだな」


 喉元に騎士の剣先が突きつけられる。


 男たちの本来の標的は剣先を突きつける騎士の仲間の少女だ。彼らの足取りを追う途中で見つけたのが不揃いな角を持つ鬼人を連れた黒髪の巫女。


 見つけた時点で即報告を言い渡されていた重要案件だ。功を焦り欲をかいたのがそもそもの失敗だったと男は悟る。この場にあの魔女はいない。だとすれば退路を阻んだものも仲間が燃えたのもあの二人のいずれかだ。


 鬼人の男も、男に守られる女も終始泰然とした態度を崩さなかった。


 男は観念するしかなかった。



 §



「大丈夫ですか!?」


 こちらに向けて声をかけ、息を切らす少年へと私は目を向けた。

 そうそう、容姿はこんな感じだったな、と古い記憶と突き合わせる。


 癖の強い紺色の髪に明るい水色の瞳、腰に剣を佩いた古い民族を思わせる旅装の少年。

 その瞳は真っすぐで純真でキラキラと生命力に輝いている。

 年の頃は初めて会った頃のザイとそう変わらない。シナリオ通りに進んでいるなら恐らくは15.


 誰あろう、ゲームのプレイヤー代理であり主人公の少年だ。


「嬢ちゃん、もう出てきて大丈夫だ」


 叢へ向けた騎士の青年の声に恐る恐る姿を現したのはかつてプレイしたゲームの物語の中のメインヒロインだ。


 肩口で切りそろえた亜麻色の髪に紫の瞳。顔立ちは愛らしく、華奢で儚げでありながらも活動的な印象がある。その瞳にある感情は控えめではあるが、暗さはない。


 その少女が傍まで来て、おずおずとこちらを見上げる。


「あの、その、お怪我はありませんか? 私、少しなら癒しの魔法が使えるので、その……」


 どんどん尻すぼみになっていく言葉に笑みが零れる。

 巫女とは元来癒しに特化した存在だ。

 私の巫女の旅装を見て余計な事を口にしたのだと思ったのだろう。


 攫われた時点では寝衣であったが、服を造り変える・・・・・程度はそう難しいものでもない。

 いつもとの感覚の違いには少々手こずったが、さすがにあの姿で人目につくのは不味い。


 ザイは残念そうな、安心したような複雑な顔でこちらを見ていた。残念そうな顔をする意味がわからない。


「ありがとう、だが、心配は無用だ。こういった事にも慣れている」

「そ、そうですか。あ、あの、わたし、ミーアっていいます!」


 突然された自己紹介に笑顔の下で困惑する。

 ミーアはきらきらした瞳でこちらを見上げてくる。


「そうか、良い名だな」

「はい!」


 元気よく答えるミーア頭を優しく撫でる。


 えへへ、ほめられちゃった、と零しながら主人公の少年の元に機嫌良さげに戻っていくその後ろ姿を見送る。


 ザイが複雑な表情でこちらを見ている。

 私だって同じ顔をしたい。


 そのくらいにミーアの行動は不可解だった。


「浮かれてるとこ悪いけどよ」


 騎士の青年が声をあげる。


「こいつ、どうする?」


 剣を突き付けた黒づくめの男へと目を向ける。

 男は観念したのか口の隙間から絞り出すように言葉を紡いだ。


「…………殺せ!」


 ザイは鞘に戻したばかりの剣を再び抜き放ち男へと歩み寄る。

 そこへ慌てて身を滑り込ませたのは主人公の少年だ。


「待ってください!」

「どけ」

「どうするつもりですか?」

「殺せと言っているんだ。殺す」


 手短に答えたザイが少年の肩を掴み、脇へと退けようとするその手に必死にしがみつく。


「何も殺さなくても!」

「お前……」


 ザイが呆れたように少年を見る。

 言いたい事はわかる。

 何せ、そこの男以外は皆死んでいる。


 少年が殺した手合いもその中にはいるのだ。


 ヒトはすぐ死ぬ。今更死体がひとつ増えたところでどうという事はない。


 騎士の青年はただその場を静観している。騎士と言えば花形の職業であるが、きれいなばかりではやっていけない。

 けれど、少年の甘さを知るが故に最後の襲撃者を敢えて殺さず、どのような判断を下すかを見届けたかったのかもしれないとふと思う。


 彼の目は騎士としての理想を追い求めるばかりの目ではない。

 確か、どこかの国の騎士だ。所属はそのままに主人公とミーアを放って置けずに共に旅に出る。主人公の性別が女だった場合は仲間としてではなく攻略対象にもなり得る。


 そんな彼と主人公との関係性は面倒見のいい兄の立場に近い。


 甘い判断だけではいずれは痛い目を見る事になる。そんな分かり切った事を主人公に対して何度も忠告するのだ。そうしてその言葉の通りに痛い目を見る事になり、一度は主人公の心が折れる。


 だが、主人公たる彼のヒトの子の、一見甘いとも思える選択の結果故の救いも確かに存在するのもまた事実。


「ザイ」


 ザイが振り返る。


「よい」

「フェイ!」


 ザイの瞳に険しさが増す。


「今回はそこの者らに助けられた。譲ってやれ。次にまた襲ってくるようであれば好きにせよ」


 ザイが苛立ちを隠しもせずに戻ってくる。その後ろで少年がほっと肩の力を抜いたのが見えた。


 男の喉元から剣先を動かさない騎士はと言えば、こちらをどこか気まずげな眼で見つめ、苦笑いを浮かべていた。心情は察するものがある。


 騎士の瞳が少年に向く。


「で、どうする? エラン」


 デフォルト名はそんな名前だったな、と今更ながらに思いだす。


「見逃してあげて、マルス」


 男がぎりっとエランを睨む。


「後悔するぞ」

「だろうな」


 男の屈辱に満ちた言葉にザイが完全に冷めきった様子で答え、何かを思いだしたように黒ずくめの男を振り返る。


「だが、逃がす前に待て」

「他に何か?」


 マルスと呼ばれた騎士が不思議そうに尋ねる。


「迷惑料だ、有り金全てと残っている武器を置いて行け」

「……え?」


 戸惑いの声をあげたのはマルスだった。ミーアは口元を押さえて驚いた目でザイを見、エランはぽかん、と口をあけている。


 私はと言えば、まるで山賊か追剥のようなセリフだな、と真顔で言い放つザイを眺めていた。


 まあ、遺跡を発ってこの方、次々と起こる襲撃イベントがヴェストまでの路銀稼ぎになっている事は否定しない。

 お陰で懐はかなり潤っている。


 不覚をとり、存在を固定されてからザイ程ではないが、睡眠と食事は必要になった身の上としては金というものの重要さを以前よりも感じるようになった。


 とにかく今はちゃんとした寝床で休みたい。人里で宿を取る事の大事さは身に染みている。

 この身体もそろそろ疲れを感じ始めている。早めの休息が必要だった。


「…………」


 男は無言のままザイから目を離さず、ひとつひとつを注意深くその場に落していく。

 貨幣の詰まった袋、ナイフ、針、釘のようなもの、一通り落とし終えた男が無抵抗を示すように両手を顔の横まで挙げる。


「……まあ、いいだろう。それで納得してやる」


 その顔は全く納得していない。


「次はない。失せろ」


 ザイの言葉にマルスが剣を引き、男が素早い身のこなしで木々の中へと紛れるように姿を消した。


「ザイよ、私は彼らに譲ると言った筈だったのだが?」

「譲ったろ?」


 しれっと答えてはいるが、先ほどまでこの場の主導権を握ったのは何故かザイだった。


 少年少女が呆気にとられて見守る中、ザイは身を屈め男の落としていったものを物色し、装備や服のあちこちにそれらを魔法のように収納していく。

 最後に落した財布を拾い、中身を確認した後にこちらへと投げて寄越す。


「質は大した事はなかったが、金はそれなりだ」


 とても襲撃された側のセリフではない。

 エランとミーアは何の事かさっぱり理解していない風ではあるが、察しの良さそうな騎士の頬はわずかに引きつっている。


 が、これはまだマシな方だ。

 常ならば死体になってから色々と失敬している。


 何せ当初は無一文で連れて来られたのだ。

 アークからもヴェストへの路銀としてザイが色々巻き上げたようだがあまり大したものはなかったらしい、


 死者には無用の長物であり、私達にとっては貴重な財源でもある。


 今回は子供を含めた第三者の目があったのと、懐に十分余裕があるが故に死体には手をつけなかったのだと予想がつく。


 何より、あの真っすぐな瞳の少年が黙っていまい。


 その手間を考えたなら、死体は放置するに限る、

 いずれ野の獣や魔物の餌になり、この森の養分になるだろう。




















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