第51話 名を呼んでみろ、殺すぞ

 一通りの物色が終わったザイはこちらを振り返った。


「フェイ、少し待て」


 そう言ったザイは小枝でも拾うような気軽さで散らばった死体を拾い上げ、森の奥へと投げ込んでいく。ザイが死体を投げ込む度に遠くでガサガサと何かが音を立てているのが分かった。

 それを見ていたマルスがはっと我に返り、慌てて死体を引きずり同様に投げ込む作業に入る。

 騎士に視線で促された少年は何か言いたげな顔のまま、騎士の元に死体を引きずっていく。


 本来は黒ずくめの男の仕事であるが、生き残りはとっくに逃げてここにはいない。


 無関係な村人に始末させるのも躊躇われた。

 本来なら死体を一つに集めて一気に焼いてしまうのが良いのだが、ザイの力はあまり開けっ広げにするものでもないだろう。

 自己顕示欲の強い鬼種の中にあってザイは自身の力をあまり見せたがらない。


 先ほども私が退路を断ち、それに気付いたザイがいくつか・・・・を燃やしたが魔導の類と勘違いしているようなのでそのままにしておく。巫女の中にも魔導の素質を持ち、力を揮う者はいる。とくにこういった旅の中では使えるものを使わない事は死のリスクを上げる事に繋がるのだから、教義がどうのと言っている場合ではないのだ。


 作業を終えて戻って来たザイに清めを施せば大きな手が私の背をそっと促す。

 その目には労りの色が見える。


 私が疲れを見せ始めてからザイの気遣いは一々が細かい。


 ヒトと変わらないときょうだいは言ったらしいが、それはあくまでも御使いの基準だ。

 ヒトより『格』が上である事に変わりはない。


 どれだけそれを伝えようとザイは『人と変わらぬ扱い』を辞めようとしない。

 私の与り知らぬところできょうだいがザイに何かを言ったに違いない。


「ここを抜ければ人里に出る」


 そう言うザイの意識には既にそこにいる三人は入ってはいない。

 面倒ごとを避けようと思うならば正しい判断ではある。


 同じ皇国に狙われている身ではあるが、彼らに迎合するのは身に降りかかる厄介事が増える事態になることは間違いないからだ。


 それに――。


 まっすぐな瞳の少年にちらりと意識を向ける。

 ゲームシナリオは敵を倒し世界を救う物語であると同時に未熟な主人公の成長を描いた物語でもある。あの、やたらと他者へと踏み込みたがる、己の力量とは不釣り合いでおせっかいな性質はどうも受け入れがたい。


 もう少し心身共に成長して後であれば、あるいは、とは思わなくはない。


 そういえば、主人公の心を折るイベントがあった気がするな、と朧げに思いだす。

 そこで葛藤の末に一皮むけるというものだった。


 今のこの少年はまだそれを経験していないのだろう。


「今回は助かった、礼を言う」


 そう言ってザイに促されるまま彼らに向けた背に「あの!」と声がかけられる。

 首だけ巡らせばエランが引き止めるような目でこちらを見ていた。ミーアもまた名残惜しそうにしている。

 それを見たマルスがやれやれ、と肩を落とし、こちらに人好きのする笑顔を向ける。


「これから何方どちらへ?」

「…………森を抜けた先の村で宿を取る」


 ザイが閉ざしていた口を開く。


「ちょうどいい、俺たちもその村に戻るところだったんです。良ければ案内しますよ」


 その笑顔はやはりやや引きつったものだった。



 §



 前を先導し、時折取って返してはフェイに話しかける子供らの様子にザイは辟易した。

 遺跡を出てからこの方、皇国の追手を潰し、時折思いだしたように襲ってくる帝国の暗部を潰しと繰り返してきた。お陰で路銀は貯まったが、肝心の遣い先にはまだたどり着けずにいた。


 普段通りの態度を崩さず、やたらと懐いてくる子供らに戸惑いつつもそつなく返すフェイの様子は明らかに精彩を欠き、疲れが見て取れる。

 早く休ませてやりたいというのに余計な横槍が入ってばかりで苛立ちが募る。


「その、なんか、すみません」


 マルスと名乗った騎士が頭を下げる。


「謝るなら、まずあのガキ共を何とかしろ」

「ごもっともです」


 当初の飄々とした様子はなりを潜め、恐縮しっぱななしの騎士から視線を外す。


「その、ザ――」

「ゼノンだ」

「え?」

「ゼノンと呼べ、お前が口にしようとした名を許した相手はここにいる巫女だけだ」


 ザイの静かな威圧とその内容にマルスは息をのんだ。

 鬼人とゼノン、その二つを結び付ければすぐに脳裏に浮かんだ存在に緊張で身体が強張る。


「……え、えーっと、その、間違ってたらすみません、ひょっとして、ヴェストでブルネを追い詰めたりしたことあります?」

「……追い詰めたのはヴェストだ。俺ではない」

「…………」


 ビンゴあたりだ。


 マルスとて一国に仕える騎士だ。近年起こった帝国とブルネ、そして大国ヴェストとの戦争についてはそれなりに聞き及んでいる。


 その中で特に名が挙がるのが亜人の将、ゴウキとゼノンだ。


 人間の治める国で立場的にも優遇される人間種とは違い、亜人を優遇する国はまだまだ少ない。

 その中にあって大国ヴェストの今代の王は人種ではなく実力のある者を優遇していると聞く。


 人間と亜人の混成部隊を率い、帝国との戦いで獅子奮迅の働きを見せたのがゴウキであり、

 亜人のみで編成した部隊を作り、それを率い、指揮し、ブルネに痛手を与えたのがゼノンだ。


 どちらもオーガの血を引く亜人であり、ゴウキはオーガと見まがう立派な体格と角を持ち、傲慢な者の多い鬼種には珍しく一旦戦から離れてしまえば穏やかな気性と物腰の男だという。

 対してゼノンは一見ただの優男なのだと言う。端正な容姿に怜悧な瞳、寡黙であり、人を寄せ付けない空気を常に纏い、血の気の多い鬼種の中では珍しい事にその性質は物静かで冷静沈着、同じ鬼人からは半端者と見下されていると聞いていたが、彼の額から生える角を見てなんとなく納得した。


 戦の恩賞の場で部隊を指揮する立場を与えられながらそれをあっさりと蹴った話は市井では面白おかしく、憧れを込めて語り草になっている。


 マルスは改めてさりげなく巫女を気遣いながら歩くゼノンを見る。


(優男……、かなぁ?)


 そこばかりは疑問を挟まずにはいられない。

 彼の身体は騎士をしているマルスからしてもそうは見えない。

 人間基準からすればかなりがっしりしているし、鍛え抜かれた身体には一切の無駄がない。


 そして、先ほどまでは確かに隣の女性を名前で呼んでいた筈なのに、こちらへの言葉で名を伏せた。鬼人がどういった慣習を持つ種族かまではわからないが、彼女にしか呼ばせない名といい、他者には呼ばせたくはないであろう彼女の名といい、特別な関係である事は間違いない。


 亜人には亜人のルールがある。

 鬼人やオーガといった種は滅多に見かける事はないが、どうやら名前に拘りのある種であるらしい。

 うっかり竜の尾の先を踏み抜くような真似は避けねばならない。何せ、竜の機嫌はあまりよろしくない。

 その上相手はかの戦争の陰の立役者とごくごく一部で噂される相手だ。


 ゼノンの隣を歩く巫女様をうっかり名前で呼んでしまわぬように前を歩く二人にもしっかり釘を刺しておかねばならない。


 そうしっかりと心に刻んだ矢先の事だった。緊張を孕んだ様子でエランがこちらへやってきたのを見て、マルスは嫌な予感に襲われた。


「あ、あの、ザイさん! フェイさんって……」


 咄嗟に止めに入ろうとしたが遅かった。エランがが声をかけた瞬間、その耳元を鋭い風切音と共に何かが通過した。スコン、という木に何かが刺さった音が響き、つ、とエランの頬を生ぬるい何かが伝う。冷え切った金の瞳孔がエランを見据え、ゼノンから本気の殺気が放たれた。


「コイツを気安く名で呼ぶな。俺の事はゼノンと呼べ。次に名を呼んでみろ、殺すぞ」

「は、……は……い…」


 早速竜の尾の先どころか尾の根元を踏み抜き震えあがったエランの様子にマルスは思わず顔を手で覆った。

 顔を覆った指の隙間から音のした方をそっと見てみれば黒い釘のような何かが木の幹深くにまで刺さっている。


ゼノン・・・


 殺伐と冷え切った場の空気に不釣り合いな鈴の鳴るような声にゼノンが射殺さんばかりの鋭い瞳を巫女へと向ける。マルスの予想する特別な関係の相手ならばそんな目を向けないのではないだろうか。マルスならその場で土下座して謝り倒す程のものだが、当の巫女様はどこ吹く風だ。


「じき、人里に入るらしい」

「……わかった。巫女・・


 未だ殺気立った様子のゼノンに巫女が満足したようにうん、とひとつ頷く。

 一番遠くにいる筈のミーアでさえ震えて動けないでいる中、なよやかで儚げにも見える巫女だけが動じる様子がない事にとてつもない違和感を覚える。


 そんな豪胆な巫女の黒い瞳が震えあがり動けないでいるエランの頬の傷に留まった。

 エランの頬に白い手が伸ばされた。


「すまんな、これは鬼人ゆえに何かと血の気が多い」


 収まりかけたゼノンの殺気が増し、マルスの肌が粟立った。


「特に名と角に関しては種の根幹に関わる事ゆえ敏感でな。私の事は巫女、これはゼノンと呼んでくれると助かる」


 白い指がエランの頬についた傷を拭うように触れると傷はあっさりと消えた。


「はい……、その、巫女。様」


 うっすらと頬を染めたエランが俯いた。


 その大変初々しい反応に常時であれば揶揄からかいのひとつもマルスの口から飛び出しそうなものだが、そんなものが飛び出した瞬間には首が飛ぶ。死因は隣に立つ鬼人によるものだ。

 そんな確信がマルスにはあった。


 ゼノンがぎろり、とマルスを睨む。


 ――アレを何とかしろ


 声に出していない筈なのにゼノンの言わんとする事が手に取るように分かってしまう。

 マルスは泣きそうになりながらも首をどうにか縦に動かした。


「さ、さあ、もうすぐ村だ、マリーもエレノアも首を長くして待ってるぞー」


 血の気の引いた顔に無理やり笑顔を浮かべ、マルスはぎこちない動きでエランとミーアを先へと促した。





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