花嫁と未来の花嫁

「これでどうでしょうか? 」

「うん、いい感じ! 」


 シャルロッテ様はそう言ってくるくる回る。純白のドレスが朝日を受けて上品な輝きを放っていた。いつもよりも丁寧に手入れされた金髪は滑らかで、艶々としていた。心無しか、青い瞳も青空のように晴れていた。


「綺麗」

「ええ、とてもお美しいです」

「まぁ、当然と言えば当然ね。ルルーの手に掛かれば」


 驚いて目を見開けば、いたずらっ子のように姫様は笑った。


「そうかもしれませんね」


 今日は我が主、シャルロッテ・レヴィエスト第三王女とユリシーズ・シアルレ王太子の結婚式だ。あの姫様が、明日からはシアルレの王太子妃になると思うと感慨深いものがあった。無邪気で、嬉しそうなシャルロッテ様。ドレスの細部を見ては感動している。喉に熱いものが込み上げる。


「おめでとうございます、姫様」


 少し、声が震えたのを我慢して、小さな声でそういった。


「何か言った? ルルー」

「聞こえたのですか? 」

「んーん、何となく」


 真っ白なレースから目を離し、私の方へと向き直ろうとする。ぱっと、私は顔を背ける。おめでたい日に、涙なんか見せたくなかった。姫様はそのまま言った。


「ありがとう、ルルー」


 と。


「おっ、お礼を言うのは、私の方です」


 動揺して、変に言葉が出てしまう。


「ううん。私の方だよ。……ただの平民だった私に、真名を教えてくれて、少し強引だけどね。ふふっ」

「懐かしい、ですね」


 たしかに、凄く無理やりだったな。鬱蒼とした森の中、急に王女がくるんだもの。流れ落ちる雫と、微笑みが私の顔に同居する。


「それでも、無知だった私に、作法や礼儀、歴史に、言葉遣い、計算。色々教えてくれたわ。私たちの入れ替わりに関しても、粘り強く、慎重に事を進めてくれて、秘密が明かされたわ」

「それは、私が生きる道を模索するためでもありました」

「そうだとしてもありがとう、と私が感謝するのは変わりないわ」


 駄目だ、こんなことを言われたら、雫が雨になる。声を抑えられない。つかつかと私に近づく足音がして、後ろから姫様に抱きつかれる。


「姫様! ドレスが…… 」


 おもわず私は泣き顔を姫様に向けてしまった。


「やっと顔向けてくれた」

「っ! 」

「ドレスはいいのよ。私がこうしたかったの。なんで泣いているの? 」

「それは、嬉しいから、です」

「嘘。ルルー嘘つく時、絶対目をそらすもの」


 確かに私は目を逸らしていた。


「……本当に、嬉しいんです。何より姫様が立派になってくれて、誇らしいんです。これは嘘じゃありません」


 でも。


「それでも、何だか寂しくて」


 溢れ出る涙を抑えもせずに私は本音を紡いでゆく。涙は、姫様が、ハンカチで少しだけ拭いた。


「姫様が、シアルレに行ってしまう。それが、嬉しいはずなのに寂しくて」

「……ルルー」

「はい……」

「私が貴方をレヴィエストに置いていくとでも? 」

「え、置いていかないんですか? 」

「置いてかないよ! シアルレに連れてくよ! 私も一人で新天地なんて行けるわけないでしょ! 」

「あぇ」


 また変な言葉。


「もう、リシューにも許可取ってあるし、カイルも連れていくし! 」

「えぇえ……」


 もう涙は止まり、ぽかんと口が開いた。


「もう、そんなことだろうとは思ったけど。ルルーって冴えてる時と鈍感な時の差が激しいのよね」


 やれやれ、そう首を振る姫様。


「私の片割れ、離してなんてあげないんだから」


 姫様が、その言葉が、眩しくて、嬉しすぎて、また涙が出てきた。


「わぁあん……」

「もう、ルルー泣き虫なんだから」


 また姫様がハンカチで涙を拭いてくれた。




「では、夫婦の証である指輪の交換を、行ってください」


 ユリシーズ殿下とシャルロッテ様が指輪を互いの手にはめていく。その様子は神聖であった。


「ここにユリシーズ・シアルレとシャルロッテ・レヴィエストは夫婦であると証明された! 」


 会場がその言葉に沸き立ち、盛大な拍手が彼らに贈られる。元国王陛下夫婦に、新女王のテレーゼ・レヴィエスト様とその伴侶ウィリアム・レヴィエスト様、ローガン・エヴィタ公爵とその奥方フレア・レヴィエスト・エヴィタ様もにこやかに拍手していた。ついで、マクシミリアン宰相とデオン将軍も。たくさんの人に祝福されていた。

 おめでとうございます、姫様。真っ直ぐに彼女を見つめていれば、嬉しそうに頬を赤らめていた。ご立派になった、本当に。


「姫様幸せそうだな」


 突然カイルの声がしたので、私はびっくりして振り向いた。


「そうね。とても幸せそう」

「……ドレス着たいのか? 」

「え? なんでそうなるの」

「羨ましそうに見てるから」

「顔に出てた? 」


 こくんと頷くカイル。


「別にいいでしょ……」


 俯いて、髪の毛で顔を隠す。赤くなっているのを知られたくなかった。


「ふぅん」


 きっと彼はニヤニヤしてる。もう声でわかる。


「シアルレに行って落ち着いたら結婚しよう、な? 」


 覗き込むようにして、そう、カイルは言った。


「けっ、こん? まだ、付き合ったばかりなのに? 」

「俺、ルルーしか好きにならない自信あるし、ルルーに愛される覚悟もあるよ? 」


 うう〜、そう言ったら、それはずるい。


「……わたしも、そうだけど……」


 さらに髪束を持ってきて目だけ見える状態に隠した。


「じゃあ結婚しよう、な? 」

「うん……」


 そして、カイルは頬にキスをした。


「ちょ、ここ人前! 」


 髪の毛を解いて、わたわたする私。


「いいって。姫様と殿下の結婚式で、誰も見てないよ」


 平気そうな彼に釣られて、唇と唇が合わさった。離れて、彼の顔を見れば、愛おしいものを慈しむ視線。それに零れた。


「私、しあわせだ」


 目を大きく開けて、また彼は微笑んだ。


「そりゃあ、良かった」


 後々、姫様にこのキスを追求されるのは後のお話。


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シャルロッテという名の姫だったメイド 野坏三夜 @NoneOfMyLife007878

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