第二王女

「でね、殿下はこう仰ったの」


 笑顔で姫様は言う。余程殿下のことが好きなんだろう、終始笑顔の姫様に私も思わず微笑む。

 本日、姫様はユリシーズ殿下と二度目の対面をなさり、今はその帰りだった。姫様は殿下に次は少し出かけないか、と誘われ、ご機嫌である。王族としての威厳は忘れ、時々私に振り返りながら、キャッキャッと話している。ほんと、可愛い。

 だから気づかなかった。前からあの人が来ていることが。



 どんっと姫様が誰かにぶつかる。姫様はよろけ、すかさず私が支える。


「姫様、大丈夫ですか? 」


 ついで、誰とぶつかったのか、視線をあげると、燃えるような赤い髪の印象的な人物がいた。


「あらぁ、ごめんなさぁい」


 扇子を口に当て、人を馬鹿にする時の声を出す。


「ふふ、お怪我はありませんこと? 」


 光のない目を細め、まとわりつくような笑みを浮かべる。


「っ、平気です。フレア様。……私こそ、前を見ておらず申し訳ありませんでした」


 姫様は非を認め、姿勢を直し、ピンと胸を張る。そう、ぶつかった相手は、第二王女、フレア様だった。


「平民出身にしては、言葉の扱いがお上手なことで」


 意地の悪い笑みを浮かべ、心無い言葉をつらつら並べるフレア様。この人は、いつまで経っても、変わらないのね。

 さっきとは打って変わって緊張した雰囲気になる。


「ねぇあなた、お顔が険しいわよ? そんなんじゃ、年増に見られるんじゃなくて? 」


 とんっ、と急に眉間に扇子を当てられる私。はっとした。無意識に表情が強ばっていたようだ。


「まさかとは思うけど、元王女のメイドが私に文句付けようとしているのかしら? 」


 まだ王族だと思っているの? とでも言いたげな顔で言った。

 そんなわけ、あるはずない。拳に力が籠る。

 至近距離の黄色に捕えられそうになる。だめだ。ここで、負けたらダメ。剣幕に呑まれないよう、ふぅっと息を吐く。


「まさか、そんなことあるわけありません。フレア様」


 にっこり、と笑ってみせた。


「ふぅん。そうなの。王女から転落してメイドになって、ズタボロなのかと思いきや、そうじゃないのね」


 私の反応に興味をなくして、つまんなそうに言う。

そう、これでいい。これで平和に物事が進むのなら。しかし、姫様が無理だった。


「……フレア様、先程の言葉はどう言った意味でしょうか」


 姫様が感情を堪えきれず、フレア様に向かって言う。


「どうって、そのまんまの意味でしょう? 」


 挑発するような言葉に姫様はすかさず答えようとするが、


「シャルロッテ様、大丈夫ですよ」

「ふ、フレア様。ここら辺でやめときましょう……? 」


 私が姫様を落ち着かせようとすると、消え入りそうな声でニナもフレア様を止めにかかる。

 やっとか、と思いつつも、流石にニナでもこういう時は止めるのね、とも思う。


「しかた」


 ないわね、きっとフレア様は不機嫌そうにも、そう、言おうとする。と、


「何をしているの、フレア、シャルロッテ」


 凛とした言葉が廊下に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る