F15:下衆

「ただいまーっと」

「うぇーいっ!」

 いい加減、ボキャブラリー少ないな。そうツッコミしたくなる程に変わらぬまま、糞ビッチは糞野郎を伴って帰宅した。玄関には僕以外の靴は置いていない。全て僕の部屋だ。だが逆を言えば、玄関に僕の靴は置いてある。つまり、僕は在宅していると示していた。

 奴等もそこには気付く。


「お、キモオタの靴が此処に置いてあるぞ。と言うことは、あの野郎は逃げるのも忘れて部屋にいるってことか」

「そうね。キモオタのことだからどうせ鍵をかけて引きこもっているんでしょうけど、ダメ元で金をふんだくってやりましょう」

「ああ。ついでに拳でまた教育してやろう。キモオタはキモオタらしく地面に這いつくばって、俺達に金を献上していればいいんだって、なっ!」


 ドンッ! そう言うと同時に、糞野郎は僕の部屋のドアに蹴りを入れた。拳で教育するんじゃなかったのか? それとも、お前の腰から下に生えている二つのモノは腕だったのか?

 僕の疑問は声になることのないまま、僕の部屋は騒音で包まれた。ドンドンドンドン。


「おら、おら、おら、おら! いるのは分かってんだぞ。出て来いよ。てめぇにもチ●コついてんだろ? 死ぬまで役立たずな、しょっぼいフニャ●ンがついてんだろ? じゃあ、出て来いよ。ああ? ああ?」

「プッ。いっそ、そんなもの切り落としてしまった方がいいんじゃない? アンタのようなキモオタ、どうせ性犯罪者の予備軍なんだから、変なことする前にそうした方が世の為人の為ね。ほら、ほらぁ。出て来なさい。出て来なさいよぉ!」


 ドンドンドンドン! 嗚呼、そんなんで出て来ると思っているのだろうか。と言うか、その前に日本語をちゃんと喋ってもらえますかね? 言っていることが支離滅裂もいいところだ。

 ドアがかなり頑丈な代物で、壊される見込みがほぼないので、僕はそんな呑気なことを考えていたのだが、部屋にいる人達の顔色は総じて悪かった。


「こ、こんなことをアイツはいつもやっていたというのか」

「信じられないわ、人として」


 岸本部長夫妻はそんなことを話していた。信じられない気持ちは僕も同じ。でも、これが現実なのですよ。

 監視カメラで撮り続けているその現実は、この部屋の中で確認出来ていた。さらに、その音声はWifiを通じて別の場所で待機している人達へも生で届けていた。ドンドンドンドン。


「あれをしょっちゅうやられて、よくドアが壊れないものだな」

「奇しくも頑丈なドアだったみたいで、その点は運が良かったですね」


 仙波先輩が叩かれ続けているドアを見ながらそう呟いたので、僕はそう答えた。ペラッペラなドアじゃなくて良かったと。

 最悪の中の、たった一つの幸運か。僕の声を聞いた仙波先輩は、どう呟いていた。ドンドンドンドン。


「しっかし、あの野郎。最低な恐喝行為を中々諦めずにやろうとしてるな。何でだ?」


 茜さんのお兄さんが、しつこくしつこく叩かれ続けているドアを見ながら首を傾げた。ああ、そう言えば奪われたのは糞ビッチに最初の一回だけだったんだが、どうしてこうもし摂ろうとするのか? 言われてみれば確かに疑問だったが。

 茜さんはそんな問いにあっさりと答えた。


「あの人、安月給だもの。一応生活費は収めてはいたから、その分を除いてしまえばロクにお金はないんじゃないかしら?」

「「成程」」


 僕と茜さんのお兄さんは同時に反応していた。言われてみればしっくりくるものだったからだ。

 そもそもあんな振る舞いをする輩が、此処以外の場では社会人として立派で、高収入を得ているのだとしたら、僕はこの世の不条理を嘆き、恨まなければならなかった。だが、そのようなことはないようだ。ドンドンドンドン。


「はあっ、はあっ。キモオタの野郎、しぶとく出てきやしねぇな」

「きっと布団にくるまって、泣きながら震えているのよ。怖いよ、怖いよぉ。ママ助けてぇって。プッ、みっともなっ! 情けなくて気持ち悪〜い。アハハハハ」

「確かにな。こんなことしても我慢して震えているだけの、カスだからな」

「あぁん♪」


 糞野郎は糞ビッチにキスをしていた。別に我慢はしていないんだけどなぁ。結婚直後ならともかく、今となっては俺も糞ビッチなんかに触れたくないからだ。

 それ故糞ビッチと糞野郎が盛っている姿は、僕にとって何の興味もないものでしかなかった。言ってみれば、動物園で動物が交尾しているのを見掛けてしまったのと同じようなものだった。


「くちゅくちゅくちゅくちゅ。なあ、杏里。いいだろう?」

「あぁん。もう、お腹に貴方の赤ちゃんがいるのよぉ?」

「まだ、大丈夫だろ?」

「そうね。んーーーー」


 くちゅくちゅくちゅくちゅ。再度糞野郎共は口付けを交わし、汚い唾液を交換し合って、胸を触れたりしながら抱き合った。何度も言うが、その様は監視カメラで筒抜けである。

 二人は絡み合いながら、糞ビッチの部屋の中へと入っていった。それもまた、コピペしたようないつも通りだった。

 そうなればすぐに衣擦れの音が聞こえ、ハッスルタイムだ。荒い息遣いと、醜い嬌声が響き渡るようになる。


「本当に始めやがった!」

「此処にいるって分かった上でのことだろう? 信じられない!」


 僕と茜さん以外の人達は立ち上がり、部屋の中を落ち着かない様子でウロウロし始めた。LINEの向こう側も落ち着けない様子らしい。

 その一方で、まるで台風の中心かのように僕と茜さんは落ち着いていた。奴等はするって分かっていたからだ。今更騒ぐ気にもなれない。

 かと言って、いつまでも恥知らず共に気持ち良く交尾をさせてやるつもりもない。僕は自室の鍵を開けた。


「じゃあ、終わらせますか」


 僕がドアを開けると、皆が頷いてついてきてくれた。

 リビングに出て、僕はまず大きく深呼吸をした。それから再度皆と頷き合ってから、タブレットで前と同じように音楽を大音量で再生。イェイイェイイェイイェイウォオオオオオオオオッ♪

 それと同時に仙波先輩が糞ビッチの部屋のドアを、まるで祭の和太鼓のように滅多打ちにした。ニヤリと笑って仙波先輩がドアの前から離れると、糞野郎の登場である。

 奴は乱暴にドアを開けると、前と同じように開口一番怒鳴り散らしてきた。


「うっせぇぞ、このキモオタがっ! このタイミングで騒ぎ出しやがって。マジ、うっぜぇなっ! 常識ってもんはねぇのかよ! 常識がよぉっ! もう、我慢ならねぇ。前以上にボコボコにして、舐めた真似出来ねぇようにしてやら」


 糞野郎はそこでフリーズした。寧ろ、よくそこまで長台詞を吐いたもんだ。前と同じようなフル●ンで。

 リビングには人がいる。僕だけでなく、多くの人が。音楽を停止してから僕は一歩前へ踏み出し、糞野郎に挨拶した。


「はじめまして、とでも言えばいいのかな? マトモに話したことは一度もなかったからね。まあ、どうでもいいか。いらっしゃい、和田忍さん。一度も招待した覚えはないけれど」

「ああ? てめぇ、何調子くれてんだ? 関係ねぇ奴等呼んで、お山の大将気取りか。さすが、キモオタ。考え方もクソだな!」

「此処は僕の家だ。誰を呼ぼうと近隣住民の迷惑にならなければ自由だし、そもそも何の関係もないアンタに咎められる謂れもない」

「ああ? てめぇのようなキモオタは黙って俺に従って、ボコボコにされ、金出してりゃいいんだよ!」


 糞野郎は唾を飛ばす。●ルチンのままで。

 チンピラにしても酷い言動だな。そう言いながら仙波先輩が一歩前に出て、岸本部長も続いた。


「そんなこと、させる訳ないだろうが」

「常識で考え給え。常識で」


 二人は次々にそう言ったが、糞野郎に常識は通じない。考慮もしない。

 奴はただ、怒鳴る。


「ああ? 関係ねぇ奴は引っ込んでろよ。てめぇらも殴られてぇか?」

「関係なくはないだろう。私は杏里の父親なのだから」

「ああ?」


 糞野郎は睨んだ顔を怪訝な顔にしつつ、その視線を岸本部長から僕に向けた。奴が言いたいことを分かってしまうというのも癪だが、本当かどうか問いたいのだろう。

 僕は軽く頷く。


「ああ、そうとも。この人が彼女の父親で間違いないよ」

「チッ!」


 義父だもの。この家に遊びに来るのもおかしな話ではないだろう?

 そう言う前に、糞野郎は汚い舌打ちをした。やはり態度がありえない。

 そう思った時だった。


「そろそろ潮時か?」

「ねぇ、忍ぅ? 何やってんの? いつになったらキモオタをボコボコにするのよ?」


 糞野郎の声に重ねて、糞ビッチの呑気な声が部屋から聞こえてきた。アレは今でも、僕と糞野郎が一対一で対峙していると思っているらしい。

 そんな糞ビッチに向かって、岸本部長の奥さんが糞野郎の横をサッと抜けて向かっていった。待てよ。奴がそう言うよりも早く、彼女は乱暴に糞ビッチの部屋のドアを開けた。そして、腹の底からの声で怒鳴った。


「何やってんの、アンタッ!」

「ピッ!」


 お母さん? そんな声も出せず、糞ビッチは「おかおかおかおか……」と壊れたように繰り返すだけだった。

 糞野郎は横目で部屋の方を見て、入って行った女性が誰なのか悟った。何が起きているのかを知った。

 そこでヤバイと思ったのだろう。


「じゃあ、後はお前等で勝手にやっていりゃあいいさ。俺は帰る。関係ねぇしな」


 そう言って逃げようとした。だが勿論、そうは問屋が卸さない。

 茜さんのお兄さんがガッチリと糞野郎の腕を掴んだ。


「お前だけ無関係な顔して帰れるとでも思ったか? そんな訳ないだろうが。お前は最低最悪な加害者だ」

「お、お前は?」

「妻の兄の顔さえ覚えていないのか、和田忍?」

「チッ!」


 糞野郎は腕を掴まれたまま、また汚い舌打ちをした。まだ、フルチ●のままで。

 そんな彼の前にスッと茜さんが出た。


「あ、茜」

「あら、私の顔は覚えていたのですね。こんにちは、忍さん。こんな時に、こんな状況で会いたくはなかったけれど」


 糞野郎は少し左右をキョロキョロしてから茜さんを睨みつけ、怒鳴った。何度も言うが、●ルチンで。


「茜! てめぇ、不倫してやがったかっ! ぜってぇ許さねぇからな、覚悟しておけ!」

「ひっ!」


 茜さんは少し涙目で後退り、身体を震わせた。それだけで、この糞野郎が自分の妻に対してどういう態度で接していたのか目に見えた。

 茜さんのお兄さんは苛立ちを隠せないままに、糞野郎を掴んだ手に力を入れて捻り上げた。


「あいたたたたたたたた」

「貴様と一緒にするんじゃない。そして、散々妻子を傷付け続けた貴様如きに何も言う資格など、ある訳ないだろうがっ!」


 がやがやがやがや。そのタイミングで、別班も僕の家に入ってきて合流した。全員集合である。

 別班の中から弁護士の先生が出て来て、糞野郎へと告げる。


「貴方達の言動は拝見させて頂きました。和田忍さん、そして向こう側の岸本杏里さん、あなたを告訴します」

「クソが」


 裁判になったらどうなるのか。さすがにどう考えても自分にとって悪い流れになると分かったのか、糞野郎はその顔色を悪くした。

 無論、フ●チンのままで。

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