キノコ

@chased_dogs

クマネズミの家族

 皆さんは森に行ったことがあるでしょうか。あるいは森の中でキノコが生えているのを見たことは? キノコたちはいつどのように生えてくるか知っていますか。それには秘密があるのです。

 実は、朝早く未だ誰も森へやって来ない時間、森の小さな生き物たち――クマネズミたち――がキノコを植えて回っていたのです。



 クマネズミ一家の朝はいつも慌ただしく過ぎていきます。クマネズミも、クマネズミのお父さんやお母さんも、おばあさんも、弟や妹も、太陽が昇る前に起きて、順番に朝ごはんを食べて、顔を洗って、服を着替えて、それから仕事の仕度をします。

 支度が済んだら今度は今日の仕事の割り振りをします。お父さんお母さんは沼地の方、妹と弟は畑のそば、おばあさんは岩場の方へ向かいます。クマネズミも、自分の仕事場へ向かいました。


 皆、カゴいっぱいのキノコを背負い、薄暗がりの中を走り回ります。クマネズミが息が切れそうなくらい走っていると、ときどき朝露がキラキラと宝石のように光って見えます。クマネズミは、仕事中に見るこの一瞬がたまらなく好きでした。

 森のあちらこちらへキノコの苗を植えていくと、カゴの中のキノコはみるみる減って、あっという間にあと僅かになってしまいました。

「新記録だぞ!」

 クマネズミは叫びました。クマネズミの脚は次第に速くなり、まるで製紐機みたいにガチャガチャと回りました。

 白いキノコを倒木の隙間に。赤いキノコを朽木の脇に。橙色のキノコを柔らかい土の上に植え込んでいきます。


 クマネズミは顔を上気させ、鼻から蒸気を吐き出します。そして飛び上がって叫びました。

「新記録だぞ! アッ!」

 ああ、なんて可哀想なクマネズミ。着地に失敗し、地面に顔を突っ込んでしまいました。おまけにカゴからキノコがぴゅうと飛び出し――

「ぐえっ」

 ――起き上がったクマネズミに当たりました。

「……」

 キノコから噴き出した胞子に塗れて、クマネズミは難しい顔をしました。

 それでもクマネズミは残りの仕事を終え、家に帰りました。


 家に帰る頃にはすっかり日が昇っていて、森のいたるところに朝日が注ぎ込んでいました。

「ただいま」

 クマネズミが玄関口を潜ると、もう家族みんなで昼食の支度をしているところでした。

「お兄ちゃん、おかえり!」

 妹と弟が駆け寄ります。クマネズミと妹弟たちは、鼻をひくひくさせ、互いに肩を合わせました。

 それから、クマネズミが空っぽになったカゴを降ろし、仕事道具を片付けていると、弟が何かに気づきました。

「あれ、お兄ちゃん。背中にキノコがくっついてるよ?」

 弟がそう言ってクマネズミの背中に手を伸ばし、キノコを取ろうと引っ張りました。すると――

「いっ、痛い痛い痛い!」

 ――クマネズミは突然の痛みに驚いて転げ回りました。背中のキノコはクマネズミの背中にしっかりと張り付いて取れそうにありませんでした。

「あっれぇ。おかしいなあ」

 クマネズミの弟が首を傾げます。少し考え事をしたかと思うと、それから何か閃いたという風にクマネズミの背中のキノコに齧りつきました。

「あっ、痛い、痛い!」

 クマネズミが叫びます。クマネズミの弟はまた首を傾げてしまいました。

「背中のキノコ、身体にくっついてて取れないみたいだよ」

 妹が言いました。

「お兄ちゃん、ごめんね。身体は大丈夫?」

 弟が訊ねました。クマネズミは、背中を引っ張られたり齧られたりして痛かったですけれども、元気なことを伝えました。

 それからその日は、みんなでお昼ごはんを食べて、いつも通りに過ごして眠りました。


 その夜、クマネズミは不思議な夢を見ました。満月の夜、月明かりに照らされて青白く光るキノコの上で何度もジャンプする夢です。キノコは大きく弾力があり、傘の上に着地するたび、ぐにゃりとキノコの肉に身体が沈みこんでそれから高く高く空へ投げ出されるのでした。空に飛び上がるたび、身体の下を何かがサッと走り抜けます。

 ぴょおん。サッ。ぴょおん。サッ。ぴょおん。サッ。

 クマネズミはそれが何だか見ようとしましたけども、見ようとするとぼやけてしまって分かりません。

 ぴょおん。サッ。ぴょおん。サッ。ぴょおん。サッ。

 クマネズミはそれが通り過ぎるのを数えてみることにしました。一つ、二つ、三つ、五つ、八つ、十三……。いつまで数えていたでしょう。ずっと数えていると、やがて月は地面にポトリと落ち、キノコはしおしおと縮んで、クマネズミはだんだん眠くなってしまいました。


 それからふと気がつくと、朝になっていました。クマネズミは自分のベッドの上です。眠たい瞼を擦りながら布団からもぞもぞと這い出すと、クマネズミはいつもより部屋が窮屈なことに気がつきました。

「痛いよぉ」

 足元からうめき声が聞こえました。その声は何だかクマネズミのに似ていました。

「わっ」

 驚いて飛び退ると、そこにはクマネズミそっくりの、背中にキノコを生やしたネズミがいました。

 知らないネズミがいるのでクマネズミは一目散に部屋を出て行きました。居間には家族みんながいて、あのネズミと一緒に朝ごはんを食べているところでした。

「あれ、お兄ちゃん。起きたの?」

 妹がキノコを頬張りながら言いました。

?」

 クマネズミは目を瞬かせながら訊ねました。

「そうだよ。もう二十一回目だ!」

 弟が嬉しそうに叫ぶと、

「そりゃ寝坊助さん。もう三十四回は数えたわ」

 とお母さんがクスクス笑いながら言いました。

「いや、僕は五十五回目だと思うよ」

 横からお父さんが言いました。

 それから妹もおばあちゃんも、キノコネズミも加わって何回目か数え始めました。それがいつまで経っても終わらないので、クマネズミは少し怒ったように言いました。

「何回目だっていいよ! この子たちは誰なの?」

 クマネズミの言葉にみんな顔を見合わせます。そして一斉に言いました。

「「「お兄ちゃん」」」

 クマネズミは困惑しました。だってクマネズミは、そこにいるキノコネズミのように立派なキノコを背中に生やしてはいないのです。

「お兄ちゃんったら、酷い顔。顔でも洗ってきなさい」

 とお母さんに言われて、弾かれたようにクマネズミは洗面所へ行きました。


 クマネズミが洗面台の前に立つと、目の前にはキノコを背負ったネズミが映っていました。

「そんな……」

 何かの見間違いだ、そう思い念入りに顔を洗い、もう一度鏡を見てみても、そこにはやっぱりキノコを背負ったクマネズミが映っているばかりでした。

 そこへ、ひょっこりとキノコネズミがやって来ました。

「やあ」

「……」

 クマネズミがキノコネズミをジッと睨むと、キノコネズミははぐらかす様に笑いました。

「はは、そんな怖い顔しないでよ。朝起きたばかりでこんがらがっているかも知れないけれど、話はとても単純なんだ」

 キノコネズミがぐいっと顔を寄せると、キノコネズミの鼻先がクマネズミの右頬に触れました。その感触はなんだかしっとりとしていて、弾力があって、クマネズミは何かを思い出しそうになりました。

「ぼくらはね。君のその背中のキノコから生まれたんだ。いわばネズミキノコさ。君そっくりなのは、君から生えてきたから。君の家族にはなんて言えば良いのか分からなくて、君だってことにしてあるんだけど、新しい兄弟や家族だって思ってくれていい。ここまで分かる?」

 キノコネズミ――もといネズミキノコ――の言葉にクマネズミはクラクラしてしまいました。何せ、キノコから兄弟が生まれてくるとは知らなかったのですから。

 それでも、家族が増えるのはクマネズミにとって嬉しいことです。家業の植茸しょくじは人手の要る作業ですが、ネズミキノコ達が手伝ってくれるのなら、もっとたくさんのキノコをもっと多くの場所で、いっぺんに植えられるようになるからです。

 そう考えると、もうこの新参者たちを邪険にすることは考えられませんでした。

 この日から、クマネズミはネズミキノコたちに植茸を手伝わせることにしました。


 クマネズミたちが森へ出かける頃、ネズミキノコ達も一緒に森のあちこちへ出かけます。ネズミキノコがキノコを植えていくと、またそこから新しいネズミキノコが生えて来て、新しいネズミキノコたちがまた別のところでキノコを植え、……というようにして、ネズミキノコたちはどんどん森に拡がっていきました。

 はじめの頃、ネズミキノコたちがたくさん仕事を手伝ってくれるので、クマネズミたちは大いに喜びました。やがて、クマネズミたちがするより多くの仕事をネズミキノコたちがするようになると、クマネズミたちは少し不安になりました。でも、森中に生えた色とりどりのキノコを見ると、不安な気持ちも午後のちょっとした通り雨のようになくなっていくようでした。


 それから何日か過ぎたある日のこと。森中が何やらガタガタざわざわと騒がしい様子です。

 クマネズミ一家とネズミキノコたちが外の様子を見に行くと、ちょうど目の前に大きな木がドォンと倒れて来たところでした。

「一体どうしたの?」

 おばあちゃんが訊ねると、リスが駆け寄って言いました。

「どうしたもこうしたもないよ! いきなり森の木が全部だめになっちゃったんだ! 行く先々で木が折れてしまって、もうめちゃくちゃだよ!」

 言うだけ言って、リスはまた一目散に駆けていきました。

「家がなくなっちゃったよお!」

 小熊が何処かへ走っていきました。

「この森にはもう住めない……」

 クマネズミの上を鹿たちがとぼとぼ歩いて行きました。

「どうしてこんなことになったんだろう……?」

 クマネズミが呟くと、ネズミキノコたちがざわざわと相談を始めました。そして一匹のネズミキノコが言いました。

「ぼくたち、キノコをたくさん植え過ぎてしまったんだ」

「どういうこと……?」

 クマネズミが訊ねると、ネズミキノコたちが訳を話しました。

「ぼくたち、キノコを植えに行くとき、一緒に仲間を増やそうと背中のキノコも一緒に植えていたんだ。それで仲間は増えて、きみも喜んでくれて、それで良かったと思っていた。でも、ぼくたちはあまりに増え過ぎて、植えるべきでないほどキノコを植え過ぎてしまった。ごめんなさい」

「キノコを植え過ぎてはいけないの?」

「うん。おそらくキノコが増え過ぎて、キノコを育ててくれる草木を食べ尽くしてしまったんだ。あちこちで倒木が起こって、みんな住む家を失っているのは、きっとそれが原因なんだと思う……」

「……」

 ネズミキノコの言葉にクマネズミは愕然としました。今まではただたくさんのキノコを植えていればよく、それは何より良いことだと考えていたからです。でもそうではなかったのです。

「キノコを減らしていかないといけないってことだね」

「でも具体的にどうすればいいのだろう?」

「うーん」

 ネズミキノコたちはまたうんうんと考えごとを始めました。皆で円を描きながら歩き回り、四つ、八つ、十二と円の数を増やしながら、円を小さくしながら、ネズミキノコたちは考え続けました。やがてクマネズミのお父さんやお母さん、おばあちゃん、それに妹や弟も円に加わりました。

 皆がそうしてぐるぐる回っている間に、クマネズミは素晴らしい考えを思いつきました。

「そうだ! みんなでキノコを食べればいいんだ! ネズミキノコたちも全部!」

「それはいい考えだ! 早速やろう!」

 ネズミキノコたちもクマネズミの考えに賛成しました。


 それから森の仲間たちやクマネズミの家族が集まって、ネズミキノコたちを食べることにしました。

 皆で協力して食べたので、ネズミキノコたちはみるみる数を減らしていきました。

 クマネズミもはじめはネズミキノコを食べていましたけれども、だんだんお腹がいっぱいになるにつれ、背中のあたりがなんだかソワソワし始めて、居ても立っても居られなくなってしまいました。

「もう食べなくても大丈夫だよ!」

 クマネズミが叫ぶと、皆はピタリと食べるのを止めました。残されたネズミキノコの数はもう両手で数えられるくらいになっていました。

「これからは、キノコを増やし過ぎないように気をつけるから、ネズミキノコたちを全部は食べないであげて。ネズミキノコは、僕たちの家族で、友達で、仕事仲間なんだ。だから、お願い」



 それからはまた毎日、クマネズミたちはネズミキノコと一緒にキノコ植えの仕事をするようになりました。今度は増え過ぎないように、ネズミキノコを植えるのは少しだけにしています。クマネズミもときどき目を光らせるようになりました。だって背中のキノコを齧られたら、痛いですものね。

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