第6話 ドラゴンという生き物

「い、いえ、その、別にディルクさんが魅力的でないということではなくて。ドラゴンと人間が結婚するなんて想像できないと言いますか……結婚する意味があるのかと言いますか……」


 結婚とはすなわち、夫婦になり子供を成すこと。すなわち子孫繁栄が目的だ。

 里の外では子を作らない前提の夫婦もいるようだが、ドラゴンもそういう結婚観があるのだろうか?


「ん? ああ、ドラゴンは人化できるから、君が懸念する問題はだいたい解消されると思う。また、ドラゴンは出産率が低くて総個体数が少ない上に、生まれくるのは八割方オスだから、人と交わらないと種自体が保てない。俺も母は人間だし」


 つまり、ディルクはハーフドラゴンということか。


 使い魔も魔女から与えられた魔力で人化するし、元々魔力を持つドラゴンが人化できるという点は納得できるが、他の種族と交わること前提の生物なんて不思議だ。


 いや、魔女だって姿形は人間ではあるが、実際には別の種族ではないかという説もある。


 女子は必ず魔力を持ち成長すれば魔女を産むことができるが、男子では魔力が受け継がれない上に、彼らが普通の女性との間に女子を設けたとしても、その子は魔女としての能力は開花しない。

 まあ、魔女の腹から男子が生まれることは稀で、ドラゴンのオスメス比率とほとんど変わらずやはり八割方は女子として生を受ける。


 そう思うと、魔女とドラゴンは似たような生き物なのかもしれない。


 一目惚れの件はさておき、ディルクの言動についてはいろいろと腑には落ちたし、意外な共通点にちょっとした親近感も湧いたが、プロポーズを受けられない理由はまた別にあるのを思い出した。


「あの、とても言いにくいのですが……あなたの治療に使ったマナテリアル薬は、私の母が作ったものなんですけど、この薬を引き換えに、あなたを姉の使い魔として差し出す約束をしてしまったんです」


「な、何? 姉? 魔力を感じるから君も魔女だろう? 俺は君と一緒にいられるなら、使い魔でも下僕でもいいんだが」


 一途なんだかマゾなんだか判断に困る発言をするディルクに、オフィーリアは苦笑を返した。


「勝手なことをしてごめんなさい。でも、私はマナテリアルも作れないし、ネズミ一匹も使い魔にできない落ちこぼれです。私じゃ怪我を治してあげることもできないし、魔力を分けてあげることもできないんです。母にすがるしかなかった無力な私じゃ、ディルクさんに釣り合わないですよ」

「オフィーリア……」


 ディルクは慰めるように、背伸びをしてオフィーリアの髪を撫でた。


「……君が俺を助けるために飲んだ条件なら、従う他ないな。では、使い魔にはなる代わりに君と結婚できるよう交渉しよう。それなら問題ないだろう」

「そんなことしなくても、すぐに心変わりしちゃいますよ。私と違って、姉は美人で優秀な魔女なんです」

「俺はそんなに軽い男じゃない」


 ディルクは不服そうに足踏みをしていたが、急にふらついて尻もちをついた。


「大丈夫ですか?」

「心配ない。魔力がすっからかんで、若干眩暈がするだけだ」


 人間で言うなら空腹でフラフラといった感じだろうか。落ちこぼれのオフィーリアではどうにもしてあげられないが、ふと母からもらった薬を思い出した。


「そうだ。この滋養強壮薬を飲めばマシになるかもしれませんよ。魔力の回復を助けるマナテリアル薬なんです」

「……不味いんだろ?」


 訝る目でオフィーリアの手にした薬瓶を見つめるドラゴンは、まるで苦い風邪薬を渋る子供のようでなんだか微笑ましい。ドラゴンに味覚があることも新たな発見だ。


「まあ、美味しくはないと思います。ちょっとハチミツを入れますか?」

「とびっきり甘くしてくれ」


 甘党発言をするドラゴンに笑いをかみ殺しつつ、戸棚から出したハチミツを混ぜた薬を木のコップに入れて差し出した。

 ドラゴンはそれを短い前足で持ってまじまじと観察し、酒でもあおるみたいにグイっと飲み干すと、ぱっと顔色が輝いた。


「うん、甘い! もっとくれ!」

「ダメですよ。人間なら一滴お茶に混ぜるだけで十分なんですから。たとえドラゴンでも、これ以上は摂取量オーバーです」

「……世知辛い」

 

 コトリとコップを置き、うなだれるドラゴン。

 その丸まった背中は可愛くもあったが哀れでもあり、もらい物のリンゴも出してあげることにした。


 以前町に下りた時に困っていた老婆を助けた時に、お礼だと言ってもらったものだ。数日前に一つ剥いて食べたが、蜜がたっぷり詰まっていて甘いリンゴだった。

 それをよく洗い、ディルクに差し出す。


「食欲があるなら、これをどうぞ。甘いですよ」

「リンゴか、いいな!」


 子供みたいに目をキラキラさせてリンゴにかぶりつくドラゴンは、とてつもなく可愛い。

 胸がキュンとなる。

 あっという間に口の中に消えたので、残ってたもう一つも出してあげると、それも瞬く間に胃袋に消えていった。気持ちのいい食べっぷりだった。


 リンゴを食べ終え、満足げに目を細めるディルクに、ふと気になったことを尋ねた。


「ドラゴンはマナを糧にしているそうですけど、他に食事は召し上がるんですか?」

「そうだな。運動がてら狩りをした獲物を食うこともあるし……人里に下りて食事を摂ることもある」

「え……」


 一瞬ドラゴンが町を強襲し、人間を丸飲みする絵が浮かんだ。


「ご、誤解するな。人化して食べ物を買って食うんだ。狩った獣の毛皮を売れば、それなりの金になるからな」


 平和的な内容でほっとするが、人間を結婚相手に考えるような種族が人里を襲うなんて、よく考えなくてもないことだと気づくべきだったと思い、自分の短慮を恥じた。


「すみません……」

「気にしてない。今はこんなナリだが、完全体はでかいからな」

「それに、人間に敵意を持つドラゴンもいないわけではないし、そういう想像もやむなしだ……ふあぁ」


 ディルクがしゃべりながら欠伸をする。

 怪我は塞がったとはいえ、完全に治ったわけではないし、体力も元に戻ったわけではない。まだ安静が必要な身だ。


「ごめんなさい、いろいろ話し込んでしまって。疲れたでしょう。いい寝床じゃないですけど、ゆっくり寝ててください」

「ああ。お言葉に甘えて、少し休ませてもらう。君はどうするんだ?」


「薬草園の手入れがあるので、夕方まで外で作業してますよ」

「そうか……手伝えなくて悪いな……」


 重いまぶたを上下させながら言葉を紡ぐディルクを安心させるように、毛布の上から背中を撫でてあげると、ふにゃっと口元を幸せそうに歪めて寝入った。


 可愛い寝顔に気持ちがほっこりするが、いつまでもそれを眺めているわけにもいかない。オフィーリアは道具を揃えて外に出た。

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