出せない手紙

お茶

第1話

 教室の窓から見える

 空は青い


 ふと、離れたところから視線を感じる。

 猫のような目が、じっとこちらを見ていることに気づく。

 学ラン姿の彼はクラスメイトの、猫也だ。


 猫也は私を見る 私も猫也を見る

 それだけだ


 私は昨日の夜のことを思い出していた。


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 夜中に目が覚めて、あまりに月明かりがまぶしいので、少しわくわくして

 散歩に行くことにしたのだ。


 そういえば、スーパームーンとか何とか

 誰かが言っていた気はする。


 ドアを開け、ひんやりした空気に包まれると、

 目の前には水色の世界が広がっていた。


 夜中に家を出ることは滅多にないことだった。

 学校と家の往復以外で外に出ることは滅多にない。



 携帯電話がピコンと鳴り、確認する。

 SNSアプリ「Chatter(チャッター)」の通知だ。


 フォローがきた?珍しい…。


 ぽてぽて歩く足は止めないまま、一応確認する。


 新規フォロワーのアカウント名は『ちゃとら』

 アイコンから察するに、飼い猫の名前だろう。

「フォロー1 フォロワー0」


 え?


 新規アカウント…でも、真っ先に私をフォローする??

 これはフォロバ(フォローし返すこと)はせずに、様子をみることにしよう。


 ―クラスメイトだったら嫌だな



 スニーカーの足元に、霧が雲の切れ端のように絡みつくので、

 私はおかしなステップを踏みながら近所の公園へ向かった。


 パーカーのポケットにスマホの重みだけを感じつつ、

 切り揃えたばかりのショートヘアーの首元が涼しくて心地よい。


 SNS「Chatter(チャッター)」は、

 たくさんの人の小さなつぶやき達が、まるで

 たくさんの棚が立ち並ぶひとつの空間にあるみたいで、

 私はその中をゆっくり見て回るのが好きだった。


 私の趣味は、チャッターに詩を投稿することだ。

 投稿しても特に反応があるわけではないのだけど、

 流れるのが早いので気軽に投稿できるし、

 自分の投稿だけ後から見ることができるので、メモ代わりといったところだ。


 私のアカウント名は『茶露』

 近所の犬の名を借りて、漢字を当てたものだ。特に深い意味は無い。

 チャロは私が転校して来てはじめてできた友達だ。


 最初に詩を投稿した時は、緊張して指先が震えたことをよく覚えている。

(誰も見てない、誰も見ない)

 と思いながら、それでも口に出せない言葉たちを、吐き出せる場所が欲しかった。


 新規フォロワーさん…『ちゃとら』も、『茶露』の詩を見たのだろうか?




 気づけばもう公園の前まで来ていた。

 携帯電話を閉じて目を上げる。


 満月がきれいだ、と


 予想外

 こんな時間なのに、ジャングルジムの上に誰かがいる…。


 気づかれる前に引き返そう と思ったが、

 見覚えのあるシルエットに思わず目を凝らした。


 月明かりに浮かび上がる少し猫背の後ろ姿、あれは

 クラスメイトの、猫也だ。

 話したことはないけど…。


 動揺した瞬間、気づかれた。

 猫也もちょっと驚いた様子で、丸い目をさらに大きく開いたが、

 何事もなかったかのようにジャングルジムから身軽に飛び降りた。


 猫也がすっぽり隠れてしまうほどの大きな円柱に片手を付くと、

 そのまま、ぐるぐると円柱の周りを回り始めた。


 それを見た時、私のいたずら心が騒いだ。


 猫也がぐるぐる回る円柱に駆け寄り

 私もそっと猫也の背後から、円柱に手を付いて回り始める。

 そうすると、猫也から私の姿は見えないはずだが

 私の気配を察知したらしい。


 猫也が走り出し回るスピードを上げる、私も速度を上げる。

 と見せかけて、私は止まって、猫也が一周して回ってくるのを待ち受ける。

 猫也はそれに反応してブレーキをかけ反対回りに、逃げる。


 円柱の周りで追いかけっこが始まった。

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