近況報告と嫉妬

 大学が再開されて一週間。長い春休みを終えてようやく再開された大学生活に再び体が馴染み始めた頃、俺は久々に渚に電話をかけたのだった。


 旅行明け、互いに都合が合わずに中々電話する機会に恵まれなかった。メッセージで度々渚から家族への溜まった不満をぶつけられたり、彼女の体調を心配したり、彼女の体調を心配したり、そのくらいの繋がりに留まってしまっていた。


「もしもし」


 そして、満を持しての今日。どうしてか酷く緊張していたが、相変わらずワンコールで出る彼女に俺の緊張はほぐされた。


『宗太。好き』


「はいはい。具合はどう?」


『何よその反応。まさかもう倦怠期?』


「話の前後があまりにも突拍子ないから、そりゃ流したくもなる」


『やっぱり倦怠期。この浮気者ー』


 快調な彼女の嫉妬振りに、俺は安堵しながら微笑んだ。どうやら先日の旅行での気疲れとかは心配なさそうだった。


『体調は大丈夫だよ。あの時宗太がすぐに助けてくれたおかげだね』


 一々、体調の心配をすると彼女はいつも決まってあの時の俺の行動を褒めてくれた。後々思ったが、あの場での個々人の勝手な行動は二次災害を招く危険も十二分にあった危険な行いだっただろう。つまり、あの俺の行動はとても褒められたものではなかっただろう。

 しかしまあ……あの場で彼女を失っていたら多分、俺も彼女の後追いをしたことは想像に難くなかった。


 正解ではなかったのだろうが、最悪の事態にだけはならなくて良かったとだけ思った。


 とにかく、彼女の具合も問題ないとのことで一安心だった。これでようやく心置きなく大学生活をエンジョイ出来ると思った。


 ……が、そうはならんだろう。


「おじさんとおばさんには話した?」


 声が震えているのがわかった。

 渚を率いて旅して、彼女を危険な目に遭わせてしまった立場からして、彼女の両親の反応が酷く気になっていた。場合によっては今すぐに実家に飛び帰ってでも謝罪に行かないといけないと思っていた。

 ……本当は渚と一緒に帰ろうとしたのだが、彼女に断固拒否をされていた。


 理由は、


『怪我したわけでもないんだから問題ないじゃない』


 ということらしかった。

 

『あっけらかんとしていたよ。生きてたし』


 それは死んでいたらそうはならなかったと言いたげに聞こえた。まあそれは、当然そうか。


『気に病む必要ないよ、宗太。むしろあたしが怒られた。なんて勝手な行動するの、だの、宗太君に迷惑かけて、だの』


「……そう」


 この辺は小さい頃から知っていた仲だったことが大きかったのだろうか。良心的な彼女の両親に、俺は胸を撫でおろしていた。


 そう言えば、日頃家庭内の愚痴が少ない彼女が、旅行からの帰還後から今日まで、両親の愚痴をすることが多かったが……件の落水の一件のせいで相当両親に絞られたのだろうか。


『もう、おばさんに菓子折りまで持たせてきて。凄い怒られたよ』


「それはごめん」


 まあ本来なら当人が伺うべきなんだろうが。それはまたゴールデンウイークにでもそうしようと思った。


 それにしても、だ。

 勝手に渚とご両親の仲は良いと思っていたのだが……これまでだったりこの電話での愚痴だったりを察すると、意外と不仲なのだろうか。

 付き合い始めて数か月、久しぶりに渚の新たな顔を発見した気分だった。


 ……渚を遊覧船から落水させてしまったことを話した時、俺の母は俺を責めることはなかった。無事だった渚に安堵して、無茶をした俺に少し憤ったようではあった。

 菓子折りを持って行くと提案したのは、母からだった。高校生時代まで普通に成長期もあって反抗期になった時期もあり母を小馬鹿にしていた時期もあったりしたが……あの人の存在が俺という人間の人格形成に一役買い、そして上京して行った息子の尻拭いをしてくれている。


 本当に良き母を持ったと思った。


 そんな母に。

 そうして、父に。


 俺が好いた人である渚との栄えある将来を拝ませたい。

 親孝行したい。


 渚と出会い少し自分が大人になったと認識した時から、そんな感情を持つようになった。


 そのためにも今俺がすべきことは、渚を支えること。そして将来何不自由ない生活が出来るような地盤を築くことなのだろう。


「渚、今度俺、コンビニバイト以外にもバイト始めようと思ってるんだ」


『えっ、急にどうしたの。藪から棒に』


「家庭教師のバイトを始めようと思って」


『家庭教師、か』


「うん。結構お金もらえるみたいで、物は試しにってさ」


『……ふうん』


 渚の声はなんとも言えない声だった。


『会える時間、電話出来る時間、減っちゃうの?』


「そんなことはない」


 そうまでして金を稼ぐ気は、俺には更々なかった。


『……女の子?』


 しばらくした末、渚が発した言葉は、


『女の子に勉強教えるの? JKに勉強教えるの?』


 彼女らしい、嫉妬深い発言だった。


「それはわからん。なるべく男にしてもらう」


 彼女に心配されることも望まない俺は、そう言った。


『本当?』


「ああ」


『本当に本当?』


「勿論」


『……わかった』


 渚はようやく納得したらしかった。


『体、壊さないでね?』


「お前こそ、また無理して体壊したりしないでくれ。もしそうしたら今度は夜行バスででもそっちに帰ってやる」


『ふふ。なら明日にでも倒れようかな』


 縁起でもないこと言うなと言おうと思って、電話越しに笑う渚の声でそれを取りやめた。


『……宗太、この前は本当にありがとう』

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