第6話 信者たち

「司令官のご命令通り、セルビア人をおびき出し、見つけた3人を処刑しました。状況の証拠はこちらに」

 隊長の男は、瓶に入れられたヴラダンの眼球を差し出す。

「……これはまた、珍しい色合いだな。青い宝石の様だ。これは男のものだったのか?」

 司令官は隊長に尋ねる。

「報告では、15、6歳の少年とのことです。異教徒ながら大変身なりが良く、顔立ちにも立ち居振る舞いにも品があり、美しかったとか」

「男か。女なら生かして俺の奴隷にしてやってたんだがな……。しかし、いくら見てくれが美しくても15、6歳ではなぁ、ヌールの奴隷にするにしても、若すぎるだろう」

 司令官は机に置かれた家族の写真立てを眺め、ふうとため息をつく。


 ヌールは妻と同じく気立ての良い優しい娘なんだが、顔は俺に似てしまって、お世辞にも美人とは言えない。外見こそ美しい妻に似れば、例え俺と同じ性格でも、ファリダの様にすぐにでも嫁に行けただろうに、可哀そうだ。

 勿論「性悪」とは言え、ファリダも可愛い娘に違いないが、だからこそ俺はヌールが不憫でならん。イスラムの男では、ヌールを嫁にもらう様な者はおらんだろう。

 それなら異教徒だろうと、婿として奴隷をあてがってやればいいだろう。婿にする者の外見がよければ、ヌールが生むであろう俺の孫も、容姿がよくなるはずだ。孫が生まれれば勿論嬉しい。何しろ、可愛い娘が生んだ孫だから。

 しかし孫の父親はあくまで異教徒で、異教徒であれば奴隷でしかない。奴隷は孫の父親とは言え、何の権利もないのだ。その立場の違いを、はっきりと叩き込まねばなるまい。


「……司令官。その目の持ち主である少年の父親なら、虜囚として連行しておりますが、如何いたしますか?」

 隊長からの提案に、司令官は目をむいて叱責する。

「何? 父親だと? 歳が離れすぎだろう、15、6歳の子供がいる父親など、普通に考えて若くても40歳前後という事じゃないか。ヌールは18歳の清らかな乙女だぞ。汚らしい異教徒の中年なんぞに、可愛いヌールは触らせん!」

 隊長は不敵な笑みを浮かべる。

「そうおっしゃらず、ご確認ください。司令官にも気に入っていただけると思いますよ。最終的にお決めになるのは、お嬢様にお任せしましょう。おい、虜囚を連れてこい」


「ヌールお嬢様、失礼します。司令官がお呼びですよ」

 美しい侍女から声を掛けられ、振り向く少女。

「はい、ただいま向かいます」

 侍女に連れられ、兵士たちが集う部屋に入る。


「お父様、ヌールです。お呼びですか」

 しかめっ面をしていた司令官のいかつい顔が、ゆっくりほぐれる。

「おお、可愛いヌールよ。さ、これからお前の為に、捕らえた異教徒の男を見に行くぞ。お前がその男を気に入ったなら、お前の奴隷にしなさい」

 父に促されて向けた目線の先には、首枷をつけられ、後ろ手で縛られた虜囚が、両膝をついていた。顔を上げろ! と兵士が首枷の鎖を後ろから乱暴に引っ張り、背中を蹴りつけるから、苦しそうに咳き込んでいる。

「おやめください! 例え異教徒であろうと、その様な非道な扱いは、慈悲深いアッラーはお許しになりません!」

 兵士と繋がれている男の間に割り込むヌール。司令官はヌールの行動にハラハラしている。不用意に男や異教徒に近づくのは危ない、といつも言っているのに……。しかしそんな司令官の心配をよそに、虜囚に話しかけてしまう。

「どうか彼らの非道をお許しください、異教の方……」


 不意に虜囚の男と目が合う。

 なんて綺麗な瞳……冰に宝石を閉じ込めた様な、透き通ったアイスブルー。

 ドラガンの瞳に一瞬で心奪われるヌール。瞳だけではなく、顔立ちも髪も、全てが見たことが無いほど美しかった。一目で恋に落ちる、純真な乙女。しかしそんな彼の首元に首枷が食い込みあざとなり、また首枷とは別に、白いブラウスの背中が真っ赤に染まっているのに気づく。

「なんてひどいことを……!」

 ドラガンはここへ連れてこられる前、服を脱がされ何度も鞭打たれ、愛する妻や娘、息子の最期を詳細に聞かされながら、水責め等の激しい虐待を受けていた。アルバニア人のセルビア人に対する怒りのはけ口として、また、彼の美しさを破壊してやりたいという衝動の対象として、虜囚として徹底的に尊厳を踏みにじられた。しかしもともとは、司令官の娘婿に、という目的で連れ去ったのであり、極端に容貌を損ねたり、体力を奪い男性機能を失わせることだけは、徹底的に避けて行われた。


「ファティマ! この方をすぐに手当てしてさしあげませんと!」

 ファティマと呼ばれた美しい侍女は力強く頷き、すぐにヌールの部屋へ戻り、支度を始める。

「お父様! ひどすぎます!」

 父である司令官に詰め寄る、心優しい娘。しかし司令官の興味は別のところにあった。

「ヌール。あの男が気に入ったか?」

「今そんな話はしておりません! 例えあの方が異教徒でも、罪を犯してない民間人を鞭打つなんて……!」

 ヌールは必死に、冷徹な司令官の父にアッラーの慈悲を訴える。

「……わかった。可愛いヌールよ、あの男が気に入ったのだな。ではあの男は、今からお前だけのものだ。だから今夜から、あの男と子を作れ。お前が子を宿すまで毎日、1日も休まず何度でも励め。子が生まれたら、あの男は解放してやろう。もし生まれた後も、お前があの男を側仕えにしておきたいなら、その時は好きにしなさい」

 司令官に続けて、首枷を持つ兵士がドラガンに命令する。

「おい喜べ、セルビア人。貴様はこれから司令官のご令嬢である、ヌールお嬢様のとして、生きることを許された。お嬢様のご懐妊まで、努めて励めよ。貴様の女房は大して美人でもなかったんだから、それぐらいできるだろ? 俺は貴様の娘に何度も種付けしてやったんだ、貴様も平等に扱ってやるよ。まぁ……貴様の娘は死んでしまったがな!」


 司令官は隊長を通じ、兵士にもヌールの部屋周囲に待機させ、司令官の命令通り、本当にヌールとドラガンが子作りに励んでいるか、確認させることにした。

 侍女のファティマは、ヌールの指示には従うが、他人の指示には従わない。ファティマがの報告をしないとも限らないから、信用できる部下を置かねばならない。




 夜がきてしまった。父の命令とは言え、男性と一夜を共にすることになってしまった。あんなに美しい人は、私の家に仕える侍女にも、我が家より更に裕福な家庭で旦那様のお側仕えをしている女性たちにも、いなかった。

「あ、あんなに綺麗な殿方が、私の初めてのお相手……」

 顔を赤らめ、こんなふしだらな事を考えてはいけないわ! とかぶりを振る。


 父の隊で兵士たちをまとめている小隊長のラシャドから、ヌールに説明があった。

「ヌールお嬢様。お父上や他の者に聞かれてはいけない話ですが、お嬢様だけにはご説明申し上げます。あのセルビア人は、私が子供時代に命を救ってくれた恩人なのです。勿論我々が駐留していた地域で遭遇したのは、完全なる偶然ではあります。が、あの瞳を忘れはしませんでした。ですから、私の一存で処刑せずここまで連れてまいりました。名をドラガン・ミロシェヴィッチといい、42歳。キリスト教徒の間では有名なバイオリンの演奏家でして、ミロシェヴィッチの妻は作曲家で、平凡な容姿の中年女でしたが、娘一人と息子二人は、ミロシェヴィッチと全く同じ顔で、大変美しかったです。妻と娘、上の息子は、お父上の命令で処刑しました。娘は……お嬢様と同い年だと言っていましたね」

 あまりに悲惨な話に、耳をふさぎたくなる。

「お嬢様、お聞きください。初めての事で緊張されるでしょうが、あの男はどれだけ私の部下が虐待しても、我々ムスリムを罵ることはありませんでした。お嬢様に対し礼を失することは決してしないでしょう。お嬢様が純潔を捧げるに相応しい相手です。どうかご安心ください。できれば、ずっとお嬢様のお側仕えとして、置いておくのがよいでしょう」


 あんなに綺麗な殿方が42歳…… 何という事、お父様より年上だなんて……。

 貞淑な態度とは裏腹な心が自らを急かし、とうに身支度をすませ、寝所でドラガンを待つ。


「……ヌール様」

 後ろから耳元で、心に沁み渡り浸透するような、やや低めの甘い声を囁かれる。そっと優しく肩を抱かれ、そっと肌を密着させてきた。服の上からはわからなかったが、体にまとったイスラム式の薄い布一枚を隔てた向こうにあるドラガンの肉体は、細身なのに彫刻の様な、無駄のない体をしている。

 まだ、ただ触れられただけなのに、全身に甘い感覚が駆け巡る。

「あ、あの……私初めてで……」

 い、一体何を言っているの私は。恥ずかしい!

「ふふっ。恥じらうお姿が、とても愛らしゅうございますよ、ヌール様」

 ゆっくり前に回りこんでくる。アイフェル月明かりに照らされ、ドラガンの澄んだ青い瞳がより輝いて見える。

 敵国の兵から激しい暴行を受け、愛する家族が殺された時の状況を詳しく聞かされ、泣き疲れた顔。その全ての原因ともいえる父の娘である私など、普通に考えれば、自らが受けた激しい暴行と同じことをしてでも、殺してしまいたいだろう。

 それなのにこの方は、敵の首魁の娘である私を、こんなにも優しく抱きしめてくださる。ああ、そしてその透き通るアイスブルーの瞳で見つめられるなんて……。


「あ、あの、珍しいですよね。セルビアの方で、髪がプラチナブロンドで、瞳も……えと、バイカル湖の冰の様なアイスブルーで、なんて……。初めてお目にかかりました時、ベラルーシの方かと思いましたわ。ロシアかもしれませんが、ベラルーシの方が…その肌の白さや透明さを説明できるような気がしまして……」

 そう恥じらい、ドラガンを見つめるヌール。先ほどまで透明で無気力だったドラガンの青い瞳に、妖しい光が宿る。


「……何故、私をベラルーシ人かと思われましたか?」

 心なしか唇の端がわずかに上がり、、ゆっくり、かすかに舌なめずりを始めるドラガン。先程までの紳士的な振る舞いとは打って変わって、男を剝き出しにしてきた。少し屈み、下からヌールを見上げる様に、ヌールの唇を指先で繊細になぞる。

「お答えください、ヌール様。答えていただけないのであれば……いえ、そうしてよろしいのであれば、私は男の本能赴くまま、ヌール様の純潔を貪りつくすでしょう……」

 息を荒くし始めたドラガンは、先ほどより更に顔を近づけ、目を細めながらヌールの可憐な唇をねぶり始め、強引に舌を絡ませる。

 そのまま押し倒し、自らの衣服をはぎとってから、ヌールの衣服を優しくはずし、柔肌に指や唇、舌を這わせ、互いの肌を重ねる。


 ドラガンは時間をかけ乙女の警戒を攻略していき、最も肝心なで、何度も思いを遂げた。清らかな乙女は、初めて体を許した男の思いを、全てその純潔な彼女の深いところで受け止め、しばしその素晴らしい甘美な余韻に蕩けて微睡んだ。

 42歳のドラガンと18歳のヌール。親子程歳の離れた二人は、互いの立場と今の素直な気持ちが一致し、指を絡ませたまま、共に眠りにつく。


 ザザッ。と無線機の通信音が鳴る。

「司令官、ラシャドです。お嬢様は、虜囚との子作りに大層励まれました。……お嬢様ですか? そうですね、とてもお喜びだったご様子です」

 全くハラハラさせおって。42歳なら、まだまだ子作りにも大きな影響はない。なんとしても、お嬢様が御子を身ごもるまで、励んでもらわんと。

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