第40話 降臨
「御子っ!? どこに行くんだ!?」
俺の制止を聞かずに、御子は廊下の角を曲がり、姿を消す。
な、なんで──どこに行ったんだ。
一刻も早く、ここから脱出した方がいいと言ったのは御子の方だ。
その御子が俺を置き去りにして、単独で行動するというのは今までの傾向からして、異常な事態だ。
ま、まさか。
今、この集団自殺が行われている現状より、まだ別の何かが起きているのか。
御子はそれを感じ取って、その対処に行った──のではないだろうか。
「……おい、行くぞ!」
竦む脚を叩き、動くように命令する。
一人で行かせてたまるか──俺も、手助けしなくては。
彼女が駆け出した方向へと駆け出し、後を追った。
「……っ! こ、これは……」
曲がり角の先にあったのは──大量の死体だった。
傍には紙コップが置かれており、
中には子供を抱く母親の姿もある。自分の子供と一緒に、心中していた。
なんだよ──そこまでして、自分とその子供の命を引き換えにしても、この人達がそこまで信仰しているのは──何なんだ。
想像を絶する光景を目の前にして、吐き気と同時に、脳から危険信号が放たれる。
この先は──何があるんだ。御子は死体の山を乗り越えて、どこに消えた。
「ク、クソ……行くしかないか」
死体の隙間から僅かに見えている床へとつま先立ちで移動しながら、先を目指す。
上下前後左右、目に映るのは死体だらけだ。俺の視線は逃げるように、窓の外の運動場へと向けられた。
だが、その先にあったのも──死体だ。
十人近くが運動場で倒れている姿が見える。頭部付近は潰れたリンゴのように、紅く染まっていた。
状況から察するに、屋上から飛び降りたのだろうか。
「……はは、本当に地獄だな」
思わず、渇いた笑いが出てしまった。
ここまで来ると、笑うしかない。全ての価値観が逆転し、狂ってしまう。
死体の山を越えて、渡り廊下へと出る。
御子の姿は──ない。
「どこだ……?」
ここを通ったのは確かだ。
問題は渡り廊下を出て、別の校舎に行ったのか。それとも運動場の方か。
「ん?」
ふと、ある建築物が目に入った。
あれは──位置的に、体育館だろうか。運動場の先に、丸屋根の建物が見える。
「……あそこか」
確証があるわけでもない。
しかし、俺の勘は何となく、そこに御子がいると伝えているような気がした。
同時に、その周囲の影はより一層、濃くなっているようにも見える。
行ってはならない──と、防衛本能が警鐘を鳴らしている。
「……っ!」
考えるよりも先に、俺の足は体育館の方へと動いた。
「御子っ!?」
引き戸を開け、体育館内部へと侵入する。
「……っ!? 蓮くん!?」
いた。
御子は舞台の前で立ち尽くしていた。
俺の声に気付き、驚きの表情で振り返る。
「ど、どうしてここに?」
「こんなところに、一人残すわけにもいかないだろうが。何か、あるんだろ。ここに。俺も、最後まで付き合う」
「……ありがとう。蓮くん」
役に立てるとは思ってない。
だが、盾にくらいなら、俺もなれるはずだ。
「……で、ここに何があるんだ」
「ここ、ほら見て。扉になってるでしょ?」
御子は舞台の中央を指差す。
確かに、そこには切れ目が入っており、構造的に扉になっていた。
「多分……この先に、何かある。と思う」
「何か、って……なんだ?」
「分からない。私でも……こんな気配を感じたのは初めて。だから、確認しに来たんだ」
僅かに手を震わせながら、御子は扉の先を睨み付ける。
御子でも感じたことのない気配。
あの悪霊の影を見て、ものともしなかった彼女が震えるほどの存在が──この先にあるのか。
「……開けるよ。蓮くん」
御子はゆっくりと、扉を押す。
鍵はかかっておらず、木の軋む音を立てながら、扉は開かれた。
「……これは」
そこにあったのは──通路だった。
大きさは大人が二人通れる程の幅しかなく、奥には何があるのか、暗闇で視認出来ないほどの長さの通路が広がっている。
「……こんなの、普通の学校には絶対にない。つまり、これは教団が後から作ったってことなるね。こんな隠し通路を作ってまで、隠したかった物が、この先にある」
ゴクリと、俺は息を呑む。
なぜだろうか。俺も、この奥には──重要な“何か”がある気がする。
この一連の騒動の鍵を握るような、そんな物が。
「……準備はいい? 蓮くん」
「……あぁ、大丈夫だ。進もう」
俺達は自然と、互いの手を握りながら、足を踏み入れた。
中は相当暗く、目が慣れていないと足元すら確認出来ない闇が広がっている。
どうやら通路の形状は坂のようになっているらしく“地下”へと続いていた。
20メートル程進んだ地点で──通路の中に、更に扉があった。
「……んっ」
「ど、どうした?」
「いや……この扉、さっきと違って、鍵がかかってるみたい」
ドアは錠前で施錠されており、鍵を使用しないと入れない仕組みになっていた。
「蓮くん。ちょっと耳、塞いでて」
「……えっ?」
バンッ
聞き覚えがある、破裂音が響いた。
御子の手には拳銃が握られており、銃口から硝煙が漏れている。
「そ、それ……」
「何かの役に立つかなって思って持って来たけど、正解だったね。ほら、開いたよ」
も、持って来たって──それは窃盗ではないのか。
いや、でも元の持ち主は死亡している。
それにしたって、自殺に使われた道具を平気で持ち出すのも少しどうかと思うが──そんな倫理観を語っている場合でもないか。
現に、そのおかげで扉を開くことが出来た。
壊れた錠前を外し、扉を開ける。
「……あれ。なんだ、これ……」
扉の先にあったのは──地下室のような部屋だった。
だが、なぜだろうか。一目見て、その部屋に何か違和感を持ってしまった。
違う。違和感ではなく、既視感と言うべきか。
待てよ──地下、それにこの内装、これって。
「……そうだ。夢と……同じだ」
「蓮くん?」
御子と共に、初めて一晩を過ごした時に見た悪夢、そこで見た殺風景な部屋とこの地下室の内装は酷似していた。
間違いない。あの夢の正体はここだ──いや、一つだけ、異なる点がある。
部屋の中央には台のような物が設置されており、布が被せられていた。
そう、ちょうど人を覆うような、大きさだ。
「じゃあ、あの中にいるのは……」
「……ッ」
中央の台に気付いた御子は一目散に駆け出した。
そして、台に被せられた布を勢いよく剥ぎ取る。
「……なに、これ」
「アアッ……アアアッ……」
台に乗せられていたのは女性だった。
腹が肥大化しており、苦しんでいる様子から、出産間近の妊婦であるということが察せられる。
夢と──同じだ。
「たっ……助けテッ……!」
俺達の姿に気付いた妊婦は手を指し伸ばし、助けを求めるような言葉を発する。
“助けて”とはどういうことだ。まさか、この妊婦は教団の関係者ではないのだろうか。
よく観察してみると、妊婦は手足が拘束されており、身動きが取れない状態だった。
この部屋は外から施錠されており、中からは脱出できないようになっていたことを考えると、不自然だ。
この人は──この教団に誘拐されて、ここに閉じ込められていた、のか。
バンッ
そのようなことを考えていた時、二度目の銃声が鳴った。
バンッ バンッ
続けて、三度目、四度目の銃声が鳴る。
「アアッ……!?」
「はぁっ……はぁっ……なにこれっ……なにこれ」
「み、御子っ……! 何をしてるんだよ!」
撃ったのは──御子だった。
妊婦の腹には三つの弾痕が開いており、血が垂れ出ている。
その常軌を逸した行動に、俺は思わず大声を出して、彼女の手を強く握った。
「なんで……撃ったんだよ!」
「……なにこれ、なにこれ、なにこれ」
御子の目は虚ろになっており、
ど、どうしたって言うんだ。いつもの御子らしくない。
「蓮くん……逃げよう」
「……は?」
「いいから、早く逃げないと!!!!! 中にヤバいのがいる!!!!!」
これまで聞いたことがない、絶叫にも近い声を御子は放った。
「アアッ!? うまれッ……」
ピクリと、妊婦は大きな痙攣を起こした。
肥大化した腹は──何百匹の蟲が蠢いているように、鼓動を始める。
「な、なんだよ……これ……」
その光景には見覚えがあった。
「早くッ!!!!!」
御子は俺の手を握り、強引に出口へと引っ張る。
地下室を出る一瞬、確かに、目撃した。
黒い腕が、妊婦の腹を突き破る瞬間を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます