第30話



「……マリアさん。でも、マリアさんもセレスティア様も危険な目にあってしまうかもしれない。」

「関係ないわ。どちらにしろマリルリに狙われているんだもの。あんたがマリルリの言うことを聞いたって無駄よ。マリルリは約束を守るようなヤツじゃないってことはわかるでしょう?」

「………………。」

 マリアの言うことは正論だ。今までマリルリがしてきたことを思えば、ヒューレッドがマリルリの言うことを聞いたとしても、マリルリがヒューレッドのお願いをきいてくれる可能性は限りなく低い。

 ヒューレッドもそれは理解していた。

 だが、ヒューレッドには他に良い案が浮かばなかったのだ。

「辛いからって、楽な方に逃げないでくれるかしら。セレスティア様はあんたに希望を抱いているのよ!それなのに、あんたが逃げるだなんてっ!!」

 マリアはヒューレッドを叱咤する。

 ヒューレッドがセレスティアの唯一の希望なのだ。それをマリアもわかっている。だから、マリアはヒューレッドが逃げようとするのが許せない。

「オレは……。」

 ヒューレッドは俯いた。

 俯いたとしてもなにが変わるというわけではない。

 ただ、まっすぐなマリアの瞳を見ていることが出来なかった。

 ヒューレッドは普通の人間なのだ。宮廷魔術師という職業にはついていたが、他の人より少しだけ魔術の扱いが優れており、他の人より少しだけ意思が強かっただけのこと。

「オレは……英雄じゃない。セレスティア様を助けられるのは英雄だけだと思う。オレは、そんなたいそれた者にはなれない。なれっこない。オレは弱いんだ。オレは……。」

 パシンッッ!!

 乾いた音が部屋の中に響く。

 ヒューレッドは突如痛み出した右頬を手で押さえる。マリアが平手打ちしたのだ。

「……あんたは弱いかもしんない。こうして、ここでぐだぐだしてるのがその証拠よ。意思だって弱いのかもしんない。……弱気になってるのがその証拠ね。……でもね、あんたには可能性があるのよ。だから……だからセレスティア様はあんたに希望を抱いたの。あんたにはセレスティア様を助けることができるほどの英雄になれる素質が眠っているのよ。だから、マリルリはあんたに固執しているんじゃない。だから、マリルリはあんたを自分の手元に置いときたいんじゃない。」

「でもっ!!オレはマリアさんを危険にさらしてしまったッ……。」

 ヒューレッドは自分の所為でマリアを危険にさらしてしまったことが衝撃的でそれが枷になっていた。

「じゃあ。私を危険にさらした責任取ってくれるかしら?」

「……せき……にん?」

 マリアの言葉にヒューレッドは俯いていた顔をあげて、マリアを見た。

 マリアはにっこりと笑みを浮かべていた。

「そう。責任をとってよ。あんたは私を危険にさらしたんでしょ?だから逃げないで責任をとってセレスティア様を救って。それがあんたの責任よ。」

「……わかった。」

 ヒューレッドはしぶしぶと頷いた。

 頷いてはいるが、まだ心のどこかで何かがくすぶっているのかもしれない。

「セレスティア様を……マリルリに支配されたこの国を救って……。」

 マリアは涙を浮かべながらヒューレッドに懇願した。







 セレスティアとこの国を守るとヒューレッドはマリアと約束をした。約束はしたがヒューレッドはどうしたら良いのか考えあぐねていた。

「ヒュー、転移するの-。イーストシティ共和国?に転移するのー。」

 どうしたものかと、夜の町を散策していたヒューレッドにフワフワが声をかけてきた。いったいいつからヒューレッドの側にいたのかヒューレッドにもわからない。

「フワフワっ!?いつからいたんだ?」

「イーストシティ共和国?に行くの。ヒューは魔術の精度をあげるの。マリルリがこの国にかけている魅了の魔法を解くの。」

 フワフワはなおも続ける。

「マリルリの魅了の魔法はヒューにしか解けない。でも、今のヒューじゃ全部は無理。だから、イーストシティ共和国?で魔法の精度を磨くようにってセレスティア様言ってたの!」

「フワフワ……。オレの魔法で魅了の魔法を解く?それはセレスティア様じゃ無理なのか?少なくとも聖女であるセレスティア様の方が向いているんじゃないのか?」

「セレスティア様の魔法じゃ無理なのー。だからセレスティア様はヒューに希望を抱いたのー。ヒューじゃなきゃダメなのー。」

 フワフワはそう言うが、ヒューレッドには魅了の魔法を解くような魔法に心当たりはなかった。

「魅了を解く魔法……。なんていう魔法か知っているのか?」

「そこまでは、知らないのー。」

「そうか……。」

 フワフワも魅了を解く魔法が必要だということまではセレスティアに教えてもらっていたが、その魔法がなんという名前の魔法だったかは覚えていなかった。

「魔法式を組み上げるか……?」

 魔法の名前もわからない。セレスティア様も使うことができない。となると、もしかすると既存の魔法ではマリルリの魅了を解除することができないのかもしれない。

 まったく新たな魔法式を組み上げなければならないのかもしれない。

 ヒューレッドは魔法式を一から構築していく作業は得意な方だった。考えるのも好きだったため、よく新しい魔法式を構築していたものだった。

 もしかしたら新しく魔法式を構築することで、マリルリの魅了の魔法に打ち勝てるかもしれない。そんな希望がヒューレッドの中にフツフツと沸いてきた。

「ヒューが全ての希望なのー。」

 フワフワはそれだけ言うと、ヒューレッドの肩からヒョイッと飛び降りてタタタッとヒューレッドたちが泊まっている宿屋の方角に走り去っていった。

「新しい魔法式の構築……魅了の解除……。そういえば、イーストシティ共和国の書物には魅了魔法を使う魔物に関する書物があるとか人づてにきいたことがあるな。そこに、マリルリに打ち勝つヒントが、あるのか?マリルリの魅了の魔法は国内だけにしか有効ではない。というのも、もしかするとイーストシティ共和国には魅了魔法の解除用の魔法があるから、マリルリが手を出さないだけ……なのか?」

 ヒューレッドはしばらく夜の町を散策しながら、今後どうするかを考えるのだった。


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