第28話




「ヒューレッド様はなにか勘違いをなされているようですわぁ。」


 マリルリはにっこりと笑ってオレを見つめる。その笑みを見てゾクッとした寒気を背筋に感じた。


「……な、にを……。」


 マリルリの威圧感で口が上手く動かない。喉がひりついて言葉を発するのもやっとだ。


「うふふふふふ。聖女であるわたくしはこの世界の全てなんですわぁ。わたくしの思うままに世界は動くのです。人も物も歴史も。全てわたくしの意のままなのですわぁ。なぁのぉでぇ、ヒューレッド様はわたくしのモノですのよぉ。ヒューレッド様が嫌だと逃げ回っていても、ヒューレッド様はわたくしのモノになる運命ですの。だって、わたくしがそう決めたのですもの。だぁれも、わたくしの意見には逆らえないのですわぁ。それは例え王であっても。わたくしの意のままなのですわぁ。」


 マリルリはオレにしな垂れかかると、その細く長い指先でオレの首をスッとなぞった。冷たい指先の感覚にビクッとオレの身体が跳ね上がる。


「うふふふふふ。ねぇ、ヒューレッド様ぁ。わかったでしょう?だから、逃げてばかりいないでわたくしのモノになるのです。このまま王城まで連れて行ってもいいんだけれども、それじゃあ面白くないわぁ。ふふふっ。王城でお待ちしておりますわよぉ。ああ、逃げたらそれ相応の罰がヒューレッド様に待っているわ。決して逃げないことね。」


 マリルリは妖艶に笑うとやっとオレの身体から離れた。そして、宙に身体が浮かび上がるとスッと空に消えた。


 どうやらマリルリは転移したらしい。どこに転移したのかはわからないが。


 だが、マリルリがこの場からいなくなったからと言って事態は変わることはない。オレはもうこれ以上、マリルリから逃げられないのかもしれない。


 絶望がオレの身体を駆け巡る。


 セレスティア様はオレに逃げろと言った。だが、オレはマリルリから逃げられる気がしない。逃げたらそれ相応の罰があると言っているし。マリルリのことだからきっと有言実行だろう。


 罰の内容まではわからないが、きっとマリルリのことだ。オレが一番嫌がることをしてくるだろう。例えば、セレスティア様の命を狙ったり、フワフワの命を狙うかもしれない。もしくは今一緒にいるマリアの命かもしれない。


 きっとマリルリはオレの命は奪わない。奪わないが、オレに言う事をきかせるためにオレが一番親しい人を狙ってくるだろう。それは容易に想像できる。


 想像、できてしまう。


 ガタガタと身体が震えるのを止めることができない。


 ガチガチと歯が音を立てるのを止めることができない。


 マリルリの恐怖がオレをどこまでも苛む。


「ヒュー。大丈夫なの?」


 恐怖に震えているオレの側にフワフワがやってくる。マリルリがいた時はどこに隠れたのか姿すら見せなかったのに。


 フワフワはオレの恐怖を取り除くかのように、オレにすり寄り、オレの震える手を優しくそのザラザラとした舌で舐める。


 フワフワの暖かく優しい体温に次第に恐怖心が和らいでいくのを感じた。


「フワフワ……。ありがとうな。マリアはっ!?」


 フワフワに癒やしてもらったお陰で正気を取り戻すことができた。正気を取り戻すと、今度はマリアのことが心配になった。マリアはマリルリに頭の中を覗かれていたはずだ。


 頭の中を覗く行為は、覗かれた人の思考を崩壊させる恐れがあるため禁忌の術とされている。だが、マリルリはその禁忌の術を平気でマリアに使用した。マリアが壊れてしまっても構わないということなのだろうか。


「マリア、寝てるの。」


 フワフワは一言そう教えてくれた。


 寝ているのか気を失っているのか、思考を壊されて自分では動けない状態なのか、フワフワには判断が難しいのだろう。


「マリア!マリア!!」


 外傷は大したことがなさそうなので、オレはマリアの肩を少し強めに揺する。


「……う、うぅん。」


 すると、マリアから微かな反応があった。


 だが、目を覚ますことはない。脳に相当な衝撃を受けているのかもしれない。すぐにどこかで休ませた方がいいかもしれない。


「すぐに宿に……。」


 そこまで言ってオレは思案する。所詮この町もマリルリに支配されているのだ。宿にもマリルリの手が伸びているだろう。それなのに、宿を使っても大丈夫なのだろうか。


「いや……でも……。」


 思案するが、今のマリアにはゆっくりとした休養が必要だ。イーストシティ王国まで行くには気を失ったままのマリアを連れてだととても難しい。それに、マリルリに見つかったことで、きっと国境の警備が強化されているだろう。


 つまり、オレに残されているのは、この町で休むか、それともマリルリのいる王都に向かうかの二つの選択肢しかないわけだ。それならば、多少危険ではあるがこの町の宿で休むのが得策なような気がした。


 マリルリも逃げたら罰を与えるといっていたが、逃げなければしばらくは何もしてこないかもしれない。そう思っての判断だ。まあ、マリルリの手の者に監視はされているだろうけれども。


「……とりあえず、フワフワも泊れる宿を探すか。」


 オレは気を失ったマリルリを抱き上げると宿を探しに出ることにした。このまま意識のないマリアをこの場所に寝かせて一人で宿を探しに行くのも危険だと判断したからだ。


 ちなみにフワフワは元気いっぱいなはずなのに、なぜかオレの肩に乗っている。可愛いし癒やされるから許すけど。




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