優しさ、温かく

「あーした世界が変わぁってもぉぉぉ君をぉ…」

「ストップストップ!」

私がのびのびと歌っていると、焦ったような声をした椿に静止させられた。

「ちょっと麻紀?」

「…まーちゃん、これはやばい。」

想像通りの反応だ。……そう、だって私は、

「「音痴」だって言ったでしょ。」

私は……「音痴」なんだ。だからもう…。

「はぁ…。」

椿が深いため息をつく。きっと、呆れたんだろうな。

「つーちゃん…。」

2人がアイコンタクトをとって、何かを決意したように頷いた。ああ、やっぱり出るのは2人だな。と思っていると、予想外の言葉が耳に入った。

「まだ続けましょう。練習すれば、きっと何とかなるはずよ。」

「そうだよ、まーちゃん!大丈夫!」

励ましてくれているのか…とても心が温かくなった。でも、心無しか辛く思ってしまった。私は、やっぱり歌えないから。

「うん。ありがとう、2人とも。」

かと言って、嬉しかったのは事実だ。でも、心が痛い。なんでだろう。

「……音痴なことないと思うけどな。」

黙っていた佐々木が疑問だというような声で呟いている。どういうこと?音痴なはずよ?

「どうしたの?裕也。何かあった?」

椿には聞こえていないのか、不思議な顔で見つめている。

「なんでもないよ、つばき。こっちの話!」

「そっか…。ねぇ、この後。」

「うん。いつものところでいい?」

「うん。」

いつもの…?こいつら、

「おい、リア充。」

言おうとしていた言葉が、低い声で聞こえた。

そこには、無表情だけれど温かい目をした矢沢が立っていた。同感だ、矢沢。そしてお前ら…

「サラッと手をつなぐんじゃない!」

私が叫ぶと、顔を真っ赤にして2人は手を離した。可愛い奴らだ…。佐々木は、見た目のチャラさとは裏腹にウブなやつらしい。

「ちょっと佐々木くん?つーちゃん独占したらやだよ?つーちゃんは、みんなのつーちゃんなんだから。」

ぷくぅーっと頬をふくらませて美澪が椿の腕を取る。よっぽど焼きもちを焼いたらしい。

「……ごめんごめん、香山チャン、つい。」

「……まぁしょうがないか、つーちゃんの彼氏だもんね!」

「いやぁ照れるな…。」

「ちょっとあなた達?そこら辺にして、練習、戻りましょう?」

椿の顔が真っ赤になっている。

「あー!椿照れてるなぁ?」

――カァァ――

「ゆでダコみたい…」

「ゆでダコってなによ!私は人間よ!」

真面目に返答してる椿を見て、みんな可笑しくなったのか、口元を抑えてくすくすしている。

「何よ!」

「いやぁ…つーちゃん、可愛いなぁって。」

「……可愛いなつばき。」

「桐谷さんって天然だよな。」

私たちは、真っ赤になるウブなカップルを見つめながら、にやにやしてしまっていた。

「……天然って。さぁ、戻るわよ。」

「はぁーい。」

そのおかげか、私の心は少しだけおさまった気がした。

「やるか?」

不安そうにこちらを見つめる矢沢…。心配、してくれてるのかな。でもね矢沢。

「うん、やる。大丈夫だよ。」

微笑んだけれど、これは私のせめてもの強がり。だから何も言わないで。

「わかった。」

私の心を見通していたのかは知らないけど、真正面から真剣に見つめてくる眼差しには、優しさを感じた。やるしかない、そうなんだ。優しいくて温かいこいつらのためにも。

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