第1章 『獄門島狂想曲』 6話 「教会までの道のり」 前編
貨物船で運ばれてきた食料品や消耗品を、ロバのセザンが教会まで運ぶ。
リアンとローフェ神官は、エニルと一緒に教会へ向かって歩いていた。
それほど広くない道を、ロバの歩調に合わせてゆっくりと進む。
右手側は広大な海で、左手側は鬱蒼とした森になっていた。
港からうっすらと見えていた、刑務所らしき建物の壁は、今はもう森に阻まれて見えなくなっていた。
道中で明日早速、リアンとローフェ神官で、刑務所の見学に行こうという話しになった。
エニルが、せっかくだから見学したらいいと提案してくれたのだ。
それにローフェ神官は教会業務以外に、刑務所での軽作業の手伝いをしていたりするらしい。
ついでに、同行してあげてやってくれないかい、とお願いされたのだ。
リアンは、よろこんでそれを了承する。
刑務所を見学するなんて、なかなか経験できないことだったので、リアンは怖いという感情よりも興味が勝ったのだ。
しばらく歩いていると、前方に建物が見えてくる。
ずいぶん質素な建物で、「あれが教会なのかな?」とリアンはやや残念そうに思う。
もっと教会らしい建造物を、勝手に期待していたのだ。
それを察したのか、エニルがリアンに話しかける。
「あれは教会ではなく、詰所だよ。教会までの道を警備する、我々のね」
「あ、そうなんですね……」
エニルに、残念そうな気持ちを見透かされていて、照れ臭そうにリアンがいう。
このエニルという人物は、教会前の詰所を警備する責任者だった。
その詰所にはエニルを含め、計六人の武装した隊員がいるという。
教会につづく道はここしかなく、そこを警備する人数としては若干少ないような気がしたリアン。
しかし、詰所で出迎えた隊員の装備を見て、心配は無用かなと思いだす。
やけに重装備でエニル同様、兵士のような屈強さを彼らから受けたのだ。
ただ、ひとりだけまだ若い新兵のような隊員もいたが。
ここにいる詰所の人間は、全員教会関係者だという。
物騒な装備と荒くれそうな印象から、リアンにはとても信じられなかったが、その件については何もいわないことにした。
故郷の知り合いからいわれまくったのだが、オールズ教会に関してはあまり深入りするなと、リアンは再三忠告されていたのだ。
歴史の浅い宗派でもあるからか、布教もかなり強引で、現在にいたっては戦争を開始した現政府以上に、好戦的な連中として知られているからだ。
国教なのだが、政治色が強く、一部ではまだ拒否反応を示されている宗派でもあるのだ。
しかし、今は彼ら、オールズ教会の関係者にすがるしかないリアン。
今回のことがきっかけで、熱烈な勧誘を受ける恐れもあったが、エニルやローフェ神官のような人物を見る限りは、そういうのは問題なさそうだった。
詰所の人間は、とても教会関係者には見えない傭兵のような人物ばかりだった。
「エニル……。なんだ、その子は?」
テンガロンハットを被った強面の隊員が不思議そうに、リアンを見つけて訊いてくる。
他の隊員たちも、興味深げにリアンに注目してくる。
視線が一斉に自分に集まってきたせいで、リアンはモジモジしだす。
彼らから向けられた視線は、キャラヘンやエニルのような温厚さを、あまり感じられなかったので、リアンは少し緊張していた。
「この子は、久しぶりのアレだよ……。あんまり、怖がらせないようにな」
エニルの一言で、すべてを察したようになる隊員たち。
「ああ~、なるほど……」
「またですか……」
「今度は子供を、間違えて送ったとかいうんですか?」
口々に、そんなことをいう隊員たち。
彼らの反応を見て、今までどれだけ、同じようなミスがあったんだろう? と思うリアン。
* * *
貨物船から積み込んだ荷物の中で、この詰所で使うものを降ろす作業が行われる。
教会の荷物ではなく、大半はこの詰所の荷物だったようだ。
その間、リアンたちはローフェ神官を交えて、島に連れてこられた奇妙な経緯をお話しをする。
その時、詰所のそばに駐車してある妙なデザインの車が、リアンにはやけに印象に残った。
よくある一般的な車をベースにされているのだろうが、やけに流線型で、ゴテゴテと余計な装飾が目障りでもあった。
また、リアンが教会に泊まることを知ると、詰所の隊員全員が羨ましがっていた。
今までも間違って送られてきたのはいたが、教会で過ごすのが許可された人物はリアンがはじめてらしかった。
しかし、まだ子供ということで、納得してもらえたようだった。
ただ、その件に関してリアンは、微妙な顔つきになるのだった。
再び自分が話題の中心になり、視線が集中してきたのでリアンは困惑する。
どうも注目されることが、苦手なリアンという少年。
ローフェ神官は、荒くれそうな詰所の隊員たちとも楽しげに話していた。
どの隊員もうれしそうで、ローフェ神官の気を引こうとするような話し方をしたりする。
ローフェ神官も若干意識してるのか、少々可愛娘ぶってる印象も見て取れたリアン。
「おっ! そうだ! こっちこい、カース!」
テンガロンハットを被った強面の隊員が、ひとりだけ妙に弱々しそうな、若い隊員を呼びつける。
この若い隊員だけ、やけにに雰囲気が大人しめで、荒くれの隊員の中で悪目立ちしていたのだ。
何よりも顔を紅潮させて、ヨーベルと視線も合わせないほどデレデレしているその姿は、彼女に対しての思いの強さの現れを露骨に感じさせていた。
「ほら、昨日作ってた食器。ひとつ、ローフェ神官に渡してやれよ」
「え? あ、あれは僕らが……」
帽子の職員にけしかけられるようにいわれ、カースという職員がうろたえてる。
「いいからいいから、ほら。おまえの手で、渡してやるんだぞ」
別の職員が詰所内から早速、木でできたスプーンを持ってきてカースに手渡す。
「おやおや? これはもしかして、新作ですか?」
ローフェ神官がさっそく、カースの手にあるスプーンに食いつく。
カースはさらに顔を真っ赤にして、鼻孔をふくらませながらモジモジする。
ローフェ神官は、そんなカースにお構いなしに、明るいテンションで接近する。
「お~! すごい技術なのです! うむ! 匠の仕事ですね!」
スプーンを褒めるヨーベル。
柄の部分に細かな装飾を施してあり、なかなか手の込んだスプーンだった。
しかしカースは、顔を真っ赤にしただけで視線も合わせなければ、言葉も発しない。
興奮してるのか照れてるだけなのか、呼吸を荒らげて口をパクパクさせていた。
ふたりが並ぶと、身長の差がよく分かる。
ローフェ神官のほうが、カースよりも頭ひとつ分身長が高かった。
しかも、卑屈そうに背中を丸めるてモジモジするカースは、さらに小さく見える。
「いただいた食器は、きちんと使わせてもらっていますよ~。この人は、ここに来る前は、木工職人の見習いさんだったんですよ~」
ローフェ神官が、何故かカースの頭を手で抑えこむようにして、リアンにそう教えてくれる。
「リアンくんが、教会でお食事する時に使う食器は、なんと! この人の作った、モノになるんですよ~。この人がいないと、食べることもできず、空腹で涙していたかもしれないのですよ。偉大な人です!」
カースの頭を、ポンポン手の平でたたくようなアクションをするローフェ神官。
「感謝しないと、いけないですね! あっ! そういえば、もうここでの暮らしは慣れましたか~? 来て二ヶ月ぐらいですよね~?」
リアンにしたように、ローフェ神官は早口で、カースにも同じようなテンポで話しかける。
純情を絵に描いたようなカースという青年は、ローフェ神官の言葉と親交ぶりに翻弄されっぱなしという感じだった。
(ここまでいくと、なんかローフェ神官も、ワザとやってる感じがするなぁ)
カースという純朴そうな青年に対する、ローフェ神官の行動を見ていると、リアンはそんなことを思ってしまう。
スプーンを持つカースの手を、ギュッと握りしめてみる。
顔を近付けてみたり、ローフェ神官は純情なカースで、遊んでいるかのようでもあった。
「そうだ! せっかくだし、こいつにオールズさまの彫刻でも、彫ってもらいましょうか?」
「おっ、そりゃあいいな、カース作ってやれよ!」
他の隊員たちが、真っ赤っ赤になってるカースをさらにからかうように、そんな煽りをしてくる。
「そ、それは……。さ、さすがに畏れ多いです……」
カースという若者が、初めてまともに言葉を発する。
教会関係者の一員として、信仰の対象であるオールズ神の彫刻を気軽な気分で掘るのは、さすがにためらわれたようだった。
カースは狼狽しつつも、ローフェ神官に対しては、赤面した顔を隠して視線も合わせずにいた。
カースという職員のローフェ神官への好意を、仲間が茶化している感じだというのは、まだ幼いリアンでも分かった。
「っていうかよ! いい加減それ、ローフェ神官に渡せよ」
帽子の職員が、カースの身体を小突く。
カースのスプーンを持った手はこわばり、未だにローフェ神官に渡せていなかった。
「すっごい、カッチカッチなんです~。アハハ、カースさん実は、わたしに渡したくないのかな~?」
小悪魔的な言葉を、笑いながらいうローフェ神官。
「はうあっ! そ、そうじゃな!」
慌ててカースは手を緩め、スプーンをローフェ神官に渡すことに成功する。
その際にローフェ神官と目が合い、カースの顔が紅潮すると同時に、妙な笑顔になる。
鼻孔からは鼻息がさらに荒くなり、口角が片方釣り上がり、眼球がピクピクと痙攣する。
リアンが、あの人ちょっと変じゃないかなと、思った瞬間だった。
いきなりロバのセザンが、カースの方向を向くと、その妙な笑顔に向けて大量のツバを吐きだしたのだ。
ビチャリッ! という音が響き渡る。
たちまち、カースの顔面がセザンの唾液まみれになる。
途端に大爆笑する詰所の隊員たち。
エニルも、仕方ないなぁといった感じで苦笑いしていた。
どうやら、こうなることを見越して、カースをヨーベルにけしかけていたようだった。
だがリアンは驚いて、けっこう引いてしまう。
「あらら、ダメですよ~、セザン。どうしてカースさんにだけ、いつもこんなこと、するんでしょうね?」
ローフェ神官が若干半笑いの顔で、カースにいう。
「アハハ、へ、平気です。かなり、な、慣れてきました。ス、スプーンは汚れません、で、でしたか……」
唾液まみれのカースが、極度にどもりながらハンカチで顔をぬぐう。
「あとでセザン、怒っておきますね~。めっ! ダメでしょ~。ツバ吐きかけるなんて、一部の人しか、よろこばないんですよ」
ローフェ神官がセザンを軽く怒るが、セザンはそっぽを向いて勝手に教会へ歩いていく。
そんな出来事があったあと、適当に職員たちとの話しを切り上げるリアンたち。
天気が悪くなり、もう少しで雨が降ってきそうなので、急いで教会へ帰ることを提案してきたエニル。
詰所の職員たちに、元気に手を振るローフェ神官と丁寧に一礼するリアン。
詰所からしばらく進んだ先で、チラリと後ろを見るリアン。
「良かったじゃないか、これでまた印象に残ったな!」
「どこまでやれるか、おまえなりに、しっかり男見せろよな!」
詰所の職員たちが、カースを小突いて話しあっているのが見えたのだ。
なんだかんだで、新入りを可愛がっているようで、リアンは少し安心する。
カースは例の妙な笑顔で、顔をまた赤面させて照れたようにヘラヘラしていた。
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