第1章 『獄門島狂想曲』 4話 「迷子の子供」 後編
囚人たちを乗せてきた貨物船が、汽笛を鳴らして出港していく。
港には、ひとりで立ち尽くしてるリアンが取り残されている。
出港する貨物船の甲板から、例の冷たい目をした男が、にらみつけるようにリアンの後ろ姿を見ている。
男の表情は不機嫌そのものだった。そして、港に向けて甲板からツバを吐き捨てた。
港から看守たちが、何かを叫んでいるのが見えたが、もう男にはどうでもいいことだった。
そのまま船室に消えると、乱暴にドアを閉める。
「お~い!」
「ちょっと待ってくれ!」
ヌーナンや他の看守たちが、船の出港を制止する。
大声を上げて、船の進行方向と並走する看守たち。
「ちょっと、出港待てって!」
「あいつ、どうするんだよ!」
必死に、ヌーナンたちが船に向かって叫ぶが、船は止まる気配がない。
看守たちの静止の声をかき消すように、汽笛がまた鳴らされる。
船の航行に必要な汽笛などではなく、叫び声をかき消す意図で鳴らしているものだというのが、経験上分かる。
そして、貨物船は完全に海にでてしまう。
呆然とする港の看守たち。
リアンの薄暗い視界が急に開ける。
思わず、目眩を感じてしまうリアン。
頭から被っていた麻袋を、バッと取られたのだ。
「うわっ!」
「やっぱり子供ですよ!」
よろめくのを我慢したリアンが聞いた第一声が、看守たちの驚く声だった。
「おいおいおい!」
「なんでだよ~!」
「やっぱり、またか!」
キャラヘンを含めた看守たちが、口々に困ったように声を上げる。
その様子を眺めながら、一番困ってるのは自分だよ、と思っていたリアン。
* * *
リアンは、港の事務所内に通されていた。
古臭いソファーに座って、リアンは周囲の状況を眺めていた。
目の前のテーブルには、用意された飲み物があるが、まだ手をつけていなかった。
同じテーブルにある灰皿には、大量の煙草の吸殻が捨ててあり、ヤニ臭さから飲む気が起きなかったのだ。
手首をさするリアン。
そこには、数日間拘束された際についた、手錠の赤い跡がまだ残っていた。
鈍い痛みはまだ残るが、それほど気になる程でもない。
気分的に落ち着かなかったので、事務所に通されてからずっとさすっていたのだ。
テーブルの隅には、自分の掛けられていた拘束具が外されて置かれている。
バークという事務員が特殊な器具を使い、器用な手つきで鍵を外してくれたのだ。
他の囚人は簡素な手錠だったのだが、何故かリアンだけ、妙に前時代的な仰々しい拘束具をつけられていたのだ。
監視役の男が四六時中張りついていたように、何かしら自分に執着する理由でもあったのだろうかと、いろいろ想像してしまうリアン。
しかし、そういったものに、まったく心当たりがないリアンだった。
気分が落ち着くとともに、思考がいろいろ回復してくるリアン。
島に連行された決定的な理由は、例の男がいなくなった今ではもう知りようがなかった。
だったら気分を変えるかと思い、テーブルの上にある飲み物に手を伸ばすリアン。
「おっ、遠慮せずに飲みなよ。確か、リアンくんだっけか?」
ちょうどいいタイミングでキャラヘン副所長が、リアンに話しかけてくる。
彼の言葉には学生のような軽薄さがあったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「はい、リアン・エイチェっていいます……」
リアンは、だらしなく制服を着崩してた、キャラヘン副所長に弱々しい声でいう。
実は飲もうと思っていたんだが、声をかけられたことでその機会を逸してしまったリアン。
何故かカップを、テーブルの上に戻してしまう。
キャラヘンは、副所長という地位でありながらやけにだらしなく、部下と接する際も上下関係を気にすることなく、まるで友達感覚なのが気になったが、悪い人ではないようだったのでリアンはかなり安心していた。
リアンの中にあった、ステレオタイプの看守像とは、かけ離れた印象の人物だったからだ。
港で布袋を脱がしてくれてから、この部屋に通してくれるまでとても親切にしてくれていたのだ。
「普通の水のほうが、良かったかな? じゃあ、それを持ってこよう。遠慮することないからね」
リアンの回答も待たずに、キャラヘンがわざわざ水を用意しに離れる。
リアンはそこまでしてくれなくてもいいと思ったが、その言葉がうまくでてこなかった。
本当に、看守像を崩してくる親切な人物だと思ったリアン。
またひとりになったリアンは、部屋をじっくり観察する。
時間が経ち、当初の緊張感も解け、いろいろ部屋の様子を見渡せる余裕ができてきたのだ。
奥は無線室らしく、通信機が並んでいるのが見える。
そこで、先ほど手錠を外してくれたバークという事務員が、エンドール本土と交信をしてくれている。
今回の不手際を抗議しておいてやると、かなり頼もしいことをいってくれていたので、リアンも信頼していた。
リアンは、壁にある大きい地図を見る。グランティル地方全体の地図が貼ってあった。
(ここが、ジャルダン……。海の孤島、別名、獄門島かぁ……。存在ぐらいは知ってた場所だけど、まさか自分が来ることになるなんて……)
地図を眺めながら、リアンは今回の不本意な航海を思いだす。
地図には、海に浮かぶ小さな小島が赤くマーキングされていた。
どうやら、そこがシャルダン島らしかった。
(なんで僕、こんなとこに連れてこられたんだろう……)
リアンは、また同じ疑問を心の中で思う。
ふと後ろを振り返ると、ジャルダン島の全体地図が貼ってあった。
ソファーから立ち上がると、それを眺めるリアン。
自分のいる港から、北西に進んだ先に刑務所があるようだった。
指で今自分がいるところと、刑務所の位置を確認するリアン。
自分の居場所を冷静に認識した瞬間、不思議と落ち着きを取り戻してきたリアン。
ソファーに座り直すと、 用意してくれた紅茶を一口飲む。
安っぽいが、暖かく甘い紅茶が、一気に疲れを癒してくれた。
熱さも気にせず、一気にそれを飲み干したリアン。
「おっ! いい飲みっぷりだな。こっちは、いらなかったかい?」
キャラヘンが、水を持ってきてくれた。
「あ、一口飲んだら美味しくって……。自分じゃわからなかったけど、けっこう喉、乾いていたみたいで。あ、できればお水もいただければ……」
リアンは、まだ残る喉の渇きを癒やしたくて、キャラヘンが用意した水も一気に飲み干す。
「かなり元気になったようで、こちらも安心したよ。だいぶ、落ち着いてきた感じかい?」
リアンを気遣うように訊いてくるキャラヘン。
「はい、本当にありがとうございます」
なにかと親身な、キャラヘンに対して礼をいうリアン。
「いやいや、本来なら、こちらが謝罪しなきゃいけないかもしれないんだ。子供が、こんなとこに連れてこられるなんて、あってはならないミスなんだから」
キャラヘンが困ったようにいうが、それは確かに本心からでた言葉だろう。
刑務所の管理体制に、大きな問題として関わってくるし、立場上原因究明の責任もでてくるわけだからだ。
「どうして自分がここにきたのか、まったくわからない? 何か忘れてるとか、そういう記憶障害的な感じもない?」
キャラヘンがリアンに、この島に連行された理由を尋ねる。
しかしリアンは、無言で申し訳そうに首を振る。
リアンには、その辺りがまだ混乱していて、考えがまとめられなかったのだ。
キャラヘンのいう記憶障害的な何かが、実は存在していたのだが、それも含めてうまく言葉で表現できなかったのだ。
そこへ、通信室から事務員のバークがやってくる。
「困りましたよ、キャラヘン副所長。どういうわけだか、本土と連絡が取れないんですよ」
「ん? どういうことだい?」
キャラヘンがタバコを取り出して、困惑しているバークに尋ねる。
「いや、何度やっても、通信が途絶える感じなんですよ。ひょっとしたら、向こうの通信施設に、何か障害が出てるのかもしれないですね」
バークが、腕を組んで考え込むようにしていう。
「旧式の通信機はどうだ?」と、尋ねるキャラヘン。
「そっちも、ダメでしたね……。明らかに、本土側の障害が原因でしょうね。これじゃ、どうしようもないですよ」
バークが、お手上げ状態だといわんばかりにいう。
この海の孤島ジャルダンには、一週間に一度しか貨物船はこない。
さっきまで、港にきていたシャリバー号がそれだった。
例外は一部あるのだが、それは極めて稀なのだ。
もし帰るとしたら来週、またシャリバー号がやってくるまで、島で待つしか方法がないという。
結局リアンは、ジャルダン島に一週間留まることになってしまった。
「それしか方法がないのでしたら、僕はそれで大丈夫ですよ」
帰りの船が、また同じ囚人移送船だという事実に若干絶望しかけたが、リアンは素直になるように身を任せることにした。
なるべく心配させないように、少し明るめに話すリアン。
いつまでも暗い顔をしていては、良くないとリアンなりに思ったのだ。
バークとキャラヘンも、この原因は解明してあげたいといってくれる。
「子供を刑務所に送りつけるなんて、何を考えてるんだか。なんらかの、落とし前はつけてもらわないと、リアンくんも気が済まないでしょう。僕らでよければ、力になるからね」
キャラヘンがいうには、こういった手違いは過去数回あったという。
キャラヘンもバークもその都度、本土に抗議していたりもしていたのだが、いっこうに改善されないのだ。
「過去何度も、あるんですか?」
リアンはその事実に驚く。
「そう、リアンくんが初めてじゃないんだよ、このミスは。っていうか、どうやったら無関係な人間を、こんなとこに送り込める要素があるんだろうな?」
キャラヘンは何度も起きる、この過失に憤りを隠せない。
「どうもエンドール王国の留置所側に、いろいろ問題が多いみたいだってのは、わかってきたんだけどね」
バークが、腕を組んで考え込むようにいう。
「留置所側ですか……」
リアンの顔が、たちまち暗くなる。
「あの男」の、暗く殺気立ったような表情を思いだして、リアンは無意識から頭をさする。
殴られた箇所はまだ鈍く痛み、リアンは顔をしかめる。
リアンのその表情の変化を、バークは不審に思う。
すると、入り口のドアをノックする音が聞こえる。
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