ラーウェイン・シュトラウト

『メルフィナ、そこで何をしている』


「申し訳ございません、お父様。今すぐそちらへ」


 メルフィの父親に指摘され、俺達は玉座の前へ向かう。入口と玉座はそれなりの距離がある。遠方ではわかりづらいが、エントランスと玉座の間が一つになった空間は、まるで舞踏場のようだ。

 俺の城がどうだったかのかは、思い出せない。いや、思い出したくない。忘れていたい兄貴の名前を、思い出してしまうから。

 いつまでも成長できない。〝拒否〟という行動ができない。でも、俺はさっき、シュトラウトの長に会うことを、拒否しようとしていた。

 俺が思う本当の選択をしようとしていた。だから、俺の仲間が俺を心配してくれた。心配されていたことを知った。


「ほら、悩んでる暇はないわよ。ノロノロしてないで歩きなさい」


 前行くメルフィの叱咤。確かに悩んでいたら、何も始まらない。今は前を。否。上を向いてテキパキと進む。

 玉座に腰掛ける一人の男性。年季の椅子は、ところどころ金箔が剥がれていて、愛用していたことがよくわかる。

 俺も本当ならアレストロの玉座に座るべきだった。八年前。ロムを助けに行く時に、俺の母ちゃんが教えてくれたこと。

 理由は知ったことではない。そもそも知っているはずがない。あれから親の顔を見ていないまま、その輪郭は風化を始めている。


「よく来てくれた。立っているのはつらいだろう。好きに座ってもらっても構わない」

「ありがとうございます。では、バレン達座ってもいいわよ」


 メルフィの見事な口調の切り替え方。俺にはできない。でも、見習いたくなる。少しだけ、彼女に思いを寄せてしまう。


「さて……。改めて今日はシュトラウト城に来てくれて感謝する。そなたらは、昨日ギルドで登録申請したと、ギルドマスターから通達があったが、間違いはないか?」

「ええ。あたしもお世話になることにしたけど……」

「そうか……。我が戦力の優等生がいなくなるのは、寂しくなりそうだ。そして、ようやく我が子の巣立ちを見れるという、とても嬉しいことでもある」


 親と子の会話。俺にはなかった微笑ましい空間。もっと親と話をすればよかった。今になって、偽造のパズルピースが崩れる。

 生まれる欠陥。穴を埋めようにも埋まらない。もう俺の両親はいない。消息も不明になっている。


「では、自己紹介と行こうか。はじめに私から。私はメルフィナの父で、この水の都シュトラウトを治めている。名前は〝ラーウェイン・シュトラウト〟。ラーウェインと呼んでもらえればよい。次は……」


 ラーウェインが続く者を探す。手を挙げたのはフランネル。話したいことだらけのようで、長ったらしい自己紹介は且略。苦笑の嵐を巻き起こした。


「えーと、さっきはフランネルが騒いですみません」

「なんでなんで? アタチがリーダーなのに、もう終わりなの? もっと話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼」

「元気があってよろしい。話をしたい気持ちはわかるが……。少し待たんか?」

「おーねーがーいー‼ おねがいー‼ おねがいお願い、お願いお願い、お願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願いお願いお願い‼ おーねーがーいー‼」


 フランネルの主張が、今まで以上に激しい。そこまで会いたかったのだろう。空元気にも見えて、本人は真面目なのだろう。

 明るく振る舞う子供令嬢。俺には眩しすぎて、目もけていられない。笑顔を見ることができない。


「えーと、すみません。ほんとすみません‼」

「ロム……」

「ほら、バレンの番だよ」

「……はぁ?」

「どうやら聞いていなかったようね……」

「すまない……。メルフィ……」


 今日は朝からなんか変だ。さっきから頭が働いてない。知らず知らずのうちに、俺以外のメンバーの自己紹介が終わっていることに、気づくことができなかった。


「次は、バレン君だったか? 名前はそなたの父から聞いている。知らぬ間に大きくなったな」

「ん?」

「少々唐突すぎたか……。理由は後で話すとしよう」


 俺のことを知っているなら手間が省ける。けど、父ちゃんと関わりがあったのは、初耳だった。後で話を聞きたい。知らない部分のパズルを埋めたい。

 なんだか幼くなった感覚。昔の自分に戻ってみたい。けど、過ぎてしまった時間は、戻ってくるわけでもなく。


「そろそろ、登録式と行こうか」

「あたしは賛成。みんなはどうかしら?」


 メルフィが俺達に振ってくる。どうしようもない。そもそも、〝大事な式〟というのは知っていたが、そこまで詳しくはない。

 玉座の間と個室を繋ぐ扉から、小間使いが数名。何やら勲章のような物を持って、広間に入ってくる。


「その勲章を彼らに。リヴァイアスの鱗を模して作った特注だ。大切にしてもらいたい」

「ありがとうございます。ほらバレンとフランネルも」

「あ、ああ……」

「バレンおにいたん大丈夫? つらくない? モヤモヤ中? 頭モヤモヤしてるの? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫?」

「アハハ……。バレン大丈夫?」


 服に勲章をつけるロム。俺も受け取ったバッジを取り付ける。青い鱗の紋様は、天井にぶら下がるシャンデリアの光を乱反射する。


「以上で登録式を終わりにする。バレン以外は解散してよろしい」

「なぜ俺だけなんだ?」

「それは、お仲間達がいなくなってからに説明しよう」


 城を後にする仲間。二人だけの玉座の間。ラーウェインは、椅子に座り直すと俺を呼びつけた。俺は玉座までの階段を上り、ラーウェインのところへ。偶然見つけた別の椅子に座る。


「実はだな。そなたの父はまだ生きておる」

「と、父ちゃん⁉」

「うむ。しかし、今のそなたに会わせることは難しい。近年魔物が多いことは、知っているか?」

「ああ、この前また俺の街の兵が殺られたと、号外が来たくらいだからな」

「この件が起きた原因は……」


「「ナンバー・ストーンの侵食」」


 俺とラーウェインの声が揃う。俺の勘は間違いではなかった。情報網の広いラーウェインが言うのなら、その事象は嘘ではない。

 過去にロムの前で言った〝八つのナンバー・ストーン〟。これは言わば世界の守護石。絶妙なバランスで、自然や魔物の増殖を抑えてくれている。

 それが今、闇に染まり始めている。俺が都に入った時、枯れ果てた土地に絶句した。声にも顔にも出さなかったが、安全性を損なっていたから。

 水の都は、城を中心とした広い範囲を、清らかな水が流れる水路で囲んでいる。


「そして、その水路が魔物を寄せ付けなくさせている。たしか、周辺の魔物は水が苦手なんだったよな?」

「然り。だが、この都を守護するツヴァイストーンが闇に染まったことで、雨乞いをしても雨が降らなくなってしまった」

「マジか……」

「けど、そなたがここへ来てくれて、少し希望ができた。実は、そなたの父から伝言を預かってな。『闇を浄化できるのは、バレンしかいない。顔を合わせることになった時、そのことを伝えてもらいたい』と……」

「んてことは、俺が守るってことか?」

「そういうことかもしれんな。何やら常用語とは違う文字があったが、私には読めなかった。きっと役立つヒントかもしれんから、そなたが持っているといい」


 そう言って、ラーウェインが一通の分厚い封筒を取り出す。中身は複数枚の紙。属性魔法の耐性加工もされていた。

 耐性加工された紙は、耐久性が消えない限り、腐食や焼失を防ぐことができる。魔法は付与されたばかりのようで、紛失しなければ問題ないだろう。


「もうそろそろ、お仲間のもとへ向かってはどうだ?」


 そっと椅子から立ち上がる俺に、ラーウェインが語りかける。まずはロム達との合流。足を運ぶ場所は城の入口。

 お礼を言いたい。言うべき言葉が見つからない。何もしないのは分が悪い。俺は軽く会釈をして、シュトラウト城を後にした。

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護衛決定戦から始まるワガママ子供令嬢との冒険譚~闇に染まった世界を救うため、七歳児パーティリーダーに振り回されながら、冒険者として旅立ちます 八ッ坂千鶴 @digaru

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