第13話 番犬は多頭飼いで

「…で君たち3人はどうやってここに来たんだい?」

「駅からは歩きで」

「坂すぎてキツかったっす」

「30分くらいかかりました」

「いやそうじゃなくてね?」

理事長室はいつもとはうってかわって物々しい雰囲気だった。というのも、どうやってこの学校の詳細を知ったのかわからない3人組がいきなりやってきて、理事長に「この学校に入れてくれ」と頼み込んできたからだった。

実際に肌身離さず持ち歩くソロモンの指輪が強く光ったので、このうち1人は確実に『そう』なのは分かるのだが、1人だけの話なら3人揃って入学したいと頼み込んでくる必要はないし、残りの2人は学園の仕様上許可するわけにはいかなくなる。

「というかまず名前を教えてくれると有難いんだが」

それがまず礼儀だと思うよ、と理事長が言うと、3人組はそれぞれ簡単な自己紹介をする。

「軽部遼一(かるべりょういち)です」

「遼二(りょうじ)です」

「瑠三(るみ)です」

よくよく見るとその3人組は非常にそっくりで、表情が変わるとそれが鮮明に分かる。彼ら曰く三つ子なんですとのことだった。

「この学校のことはどうやって知ったんだ?」

「なんか地域紙でニュースになってましたよ。北盤馬駅が最寄りの、新しめの私立学校の校庭に温泉湧いたって」

「あれか…」

理事長は校庭の隅の重機の群れに一瞬目を向けた。恵司が編入してきた日の放課後、理事長は「下級悪魔を退治したら温泉が湧いた」との報告を彼から受けていた。最初のうちこそ冗談も休み休み言えと思っていたが、実際に温かい湧き水を目の当たりにしては信じざるを得なくなり、せっかくだからというのもあり工事を手配し現在に至る。クローセルに温泉探しの特技があるのは知っていたが、話半分程度に思っていたのだ。

「あとSNSで個性的だけどかわいい制服の学校だって話題になってます」

さすがは女子と言ったところか、瑠三の情報は理事長が思っていたよりずっと早かった。ネクタイやスカーフでは結ぶのも面倒になるし、ものぐさな生徒は手入れもしなくなるだろうということでループタイを採用したが、確かに街に出てもそれを採用した制服はほとんど見かけない。こういう部分を褒められるのは学園の最高責任者として嬉しくはあるが、いかんせん特殊すぎる学校なので心情としては複雑だった。

「…ここがどういう学校か分かって来たのかい?この指輪が光ってることから、君たちのうち誰かしらの中に72柱の悪魔のうち1柱がいるんだろうけど、ここはそういう人間でないと生徒にはなれないんだ。だから3人で頼み込まれても、そうじゃない人にはお引き取りいただかないといけない」

理事長が三つ子に告げると、名前からして長兄だろう遼一が口を開く。

「俺ら全員そうですよ」

「へえ!」

在校生にもきょうだいのいる者はいるが、揃ってこの学園に入ってくるパターンは今までになかった。また自分に悪魔が宿っているという自覚が芽生えるのも編入してからだったので、理事長は二重の意味での驚きを思わず声に出した。

「ただちょっと俺らも俺らで特殊なんですよ。だいたい1人1柱が普通だと思うんですけど、3人で1柱なんです」

「どういうことなんだ…?わあ!」

次の瞬間、三つ子の姿は黒い霧に包まれる。先程まで気持ち良さそうに寝ていたクロミが「なんだにゃ!?」と飛び起きた。

三つ子のいた場所には、首にトゲ付きのチョーカーをした、警備員のようだがそれにしては厳つい、かといって海外のパンクロッカーにしては真面目そうな出で立ちの、それぞれ形の違う犬の耳と尾を持つ三人組が立っている。

「このとおり、1人に1つの頭が憑依してるんです」

「地獄と、これからはこの学園の番犬!」

「ナベリウスです!」

長兄、次兄、末妹が順番に言う。

「なるほど…こんなこともあるのか」

ナベリウスはかの有名な地獄の番犬・ケルベロスを起源に持つとも言われる三つ首の悪魔である。ヘラクレスただ1人を除いて誰も屈服させることができなかった魔犬が加わるとなれば心強い。

「あと行きしなに学校襲撃しようとしてたっぽいの捕まえてきたんですけど」

ナベリウス次兄が変身前に背負っていたリュックの中から取り出したのは、下級悪魔に取り憑かれただろう、通常のものより何倍も巨大になったトカゲだった。まだ息があるようだが、いっそトドメをさした方が良い気がする程弱っている。

「うわあああなんで持ってきたんだ!!」

子猫の首根っこを雑に掴むように、巨大トカゲの首根っこを持って自慢げに理事長に見せつけるナベリウス次兄。それを見た理事長は弾かれるように椅子から立ち上がった。

「死なない程度にしておけばなにか聞き出せるし、ついでに褒めてもらえるかなって」

「この程度だとランクアップして話せるようになるまでだいぶかかるからね!?ポイしなさい!!!」

「はーい…」

ナベリウス3兄妹が力なく理事長室から出ると、しばらくしてボコッ!という何かを叩き付けるような音が3度聞こえてきた。



「君たちのことは自分も全く知らなかったから編入案内も送ってないけど、どうしてこの学校に来ようと思ったんだい?」

「自分たちが一緒にいたら、逆に家族が危険だと思ったんです」

理事長の問いかけに長兄の遼一がそう回答するが、理事長にはやや斜め上の回答ともとれたようだった。

「どういう理由でそう思ったのか聞いても平気かな?」

「自分たち3人に72柱の力が、悪事を働く他の悪魔を倒す力があるって気づいたあとは住んでる四浦(よつうら)市で下級悪魔を倒す仕事を誰にも内緒でやってました」

「ただ倒してはい終わり、じゃ済まなくて、逆恨みなのか自分たちだけじゃなく友達や家族を狙うようになってきたんすよ…」

「私達もまだまだですし、そういう生徒たちを集めて教育してる学校なら、卒業するころには家族も友達もみんな守れるだけの力がつくだろうと思ったのと、あとは全寮制なら家族から遠ざかれるから、家族を守ることにもなるかなって…」

理事長の前で変身して見せたときと同様に、長兄、次兄、末妹が順に発言する。OGの大上が先日の訪問時に「別勢力の悪魔たちは完全に72柱を敵として認識してる可能性がある」と言っていたが、志奈子の時といい各所で72柱を宿す人間が狙われ始めているのを理事長は改めて思い知らされた。学園への直接的な襲撃が増えつつあるのも、おそらくそういうことだろう。

「将来的に困らないように学校の体裁をとってるけど、ここは本来内に宿る悪魔の力とのつきあい方を学ぶ場所だ。自分で調べてまで来てくれた君たちのことを歓迎しよう。…ただし一旦戻ってご家族とお話はするように」

三つ子たちはありがとうございます!!と元気よく言うと、嬉しそうに理事長室をあとにした。

「ようやく帰ったにゃ…イヌくさくてたまらんかったにゃ」

「クロミお前女神がそんなに狭量でどうするんだ」

「奴らは昔から猫のライバルだからにゃ」

女神を名乗る割に小物臭のする台詞を吐くクロミを、理事長はやんわりと叱った。



3日後の午後3時、理事長室にはあの三つ子と先日蔓澤のゴミ屋敷で出会った志奈子がいた。三つ子の方は家族会議が、志奈子の方は自宅の整理整頓が済んだらしい。

「改めて、五星学園へようこそ。僕が理事長の輪島二四夫だ。まず学園案内を…といきたいところだけど、蒼馬さんは中等部で、軽部兄妹は高等部だから…」

理事長はしばらく考え込んだあと、軽部兄妹の方に向き直ってこう告げた。

「本当に申し訳ないんだけど、高等部の生徒がホームルームで使う教室が、ここから出てすぐの階段を上ってまたすぐの所にあるから、まずそこに向かってくれないか?君たちの同級生になる1年生の生徒がちょうどそこで授業中で、それももうすぐ終わると思うから、顔合わせもかねて校内を案内してもらうといい」

「生徒数がすごく少ないみたいだから不安だったんですけど、同級生いるんですね」

この学園がどういった場所か調べてから来たとはいえ、同級生がいるかどうかはそれなりに気になっていたようで、遼一が安堵感を露にする。

「男子2人に女子が1人だよ、君たち兄妹と一緒だ」

「ほっとしました」

女子がいることにも安堵した様子を見せる瑠三を、兄二人が急かしながら階段を上っていく。まああの人懐っこい三人なら今居る高等部1年生ともうまくやっていけるだろうと確信した理事長は、志奈子を伴い中等部の施設がある方へと消えた。


授業の終わりを報せるチャイムが鳴るのを待ってから、三つ子たちは理事長に指示された教室に入る。

「失礼しまーす!!」

「!?」

「いやいきなりそのテンションじゃビビるに決まってるだろ…」

まるで元々知っている場所だったかのような感覚で教室に入る遼二を、遼一が軽く諌める。一方で一馬、海生、翔の3人は一様に「こいつなんなんだ」と言いたげな表情を浮かべていた。二人より少し遅れて瑠三が教室に入ると、謝るかのように軽く頭を下げた。

「えーっと、皆さんはどなた?」

「これから同級生になる、軽部遼一です」

「遼二です!」

「瑠三です」

海生がそう切り出すと、三つ子たちは簡単に自己紹介をする。

「みんな同じ名字で学年だから三つ子ってことか?」

「おう!」

一馬の問いに答えたのは、人懐っこい兄妹の中でも頭ひとつぬけてその傾向が強い遼二だった。きょうだいで揃って編入してくる生徒にはもちろん出会ったことがない一馬たちは、「マジか」「ほんとに?」など三者三様に驚きを全面に出す。

「でも女子が来てくれたの、すごく嬉しい!」

「それはこっちもそう。女の子居るの分かってすごくほっとしたし」

「なんだよ車田、俺のことは嬉しくねーのかよ」

「そんなこと言ってないでしょ!」

海生と瑠三は女子どうしということもあり、早速距離を大幅に縮め始めた。それを見た翔が自分の編入時とはやや違ったリアクションに焼きもちを焼くが、当の女子たちはどこ吹く風だ。

「…で本題に入るんだけど、俺たちさっき理事長に皆に校内を案内してもらうといい、って言われたんだ」

弟と盛り上がっていた一馬の方を見ながら遼一が切り出すと、一馬もその方に向き直る。

「そういうことだったのか。なら早速出発しよう。あっ俺角田一馬。こっちが海生で、こっちが翔」

遼一が1年生3人によろしく、と返すと、6人はぞろぞろと教室を出発した。

2階の奥へと進むと、水道の辺りで火耶に出くわす。ちょうど今日はオフらしく、珍しく1日校内にいたのだ。

「えっあれ火村亜美じゃん」

「ここの生徒だったのか…やば…」

「話しかけていいのかなあ…」

まさかこんな特殊な学校で芸能人に出くわすなんて思っていなかったのだろう、軽部兄妹は全員おっかなびっくりといった様子で、向かってくる火耶を見つめている。

「こんにちは、後ろの3人はどなた?」

「今度同級生になるんですよ」

一馬がそう説明すると、火耶はああそういうことかと一言小声で呟く。

「私は3年生だしそもそも校内にいないこともあるから、短い間にはなるかもしれないけど、よろしくね」

「えっあっはい!!」

いっぱいいっぱいになりながら返事をして火耶を見送ると、遼一はすっかり放心してしまった。

「…ドラマはドラマとは思ってるけど、もっと近寄りがたい感じかと思ってた」

「きれいだったなあ…」

遼二と瑠三が口々に言う。サインもらっとくべきだったか?という弟のひとりごとを長兄が聞き逃すはずはなく、「いち学生でいられるの、多分ここでだけだからな」と釘を刺した。最近話題のスケーターが編入してきたこともあり、『そういう生徒のプライベートに過度に踏み込むな』という生徒間の不文律はより効力の強いものになっていたが、早くもそれについて理解しているようだった。

「72柱の悪魔から何かしらの才能をもらってるパターンが多いから、芸能人もいるし『オリンピックいけるんじゃね?』みたいに言われてるスポーツ選手が普通にいるんだ」

「まあきれいなのもある意味才能だもんなあ」

「それもだけど、ある意味人を騙すってことになる『演技力』ももらったんだと思う」

炎そのものの姿をした悪魔ではあるが、アミーは命じられれば魅力的な人間の姿になり、また人を騙すことを得意とするともされている。本来の人物像が分からなくなる位の演技力も、悪魔からの授かり物を本人の努力でブラッシュアップしたものだろう、と一馬は遼一に説明するが、腑に落ちたようで遼一も「なるほど」と頷いていた。

「ところでお前ら兄妹に『いる』のはなんなんだ?みんな違うんだろうし」

翔がスラックスのポケットに手を入れたまま若干前のめりになって軽部兄妹に尋ねるが、その予想はものの数秒で外れる運命をたどることになる。

「全員同じだ。ナベリウスっていう悪魔は三つ首なんだけど、1人が1つの頭を担当してる」

「地獄の番犬ケルベロスだぞ、かっこいいだろ」

「えっ絶対かっこいいじゃん!俺馬だし」

「普通にうらやましいな!」

そう答える遼一と遼二に、自らの変身後の姿へのほんの少しの不満と、中二病の残滓があるらしい一馬と翔は羨望の眼差しを向ける。海生はというと、変身後の自分の姿をそれなりに気に入っているのもあり、男子のこういうところがよくわからないという表情を浮かべていた。


その後順調に多目的室や視聴覚室、各教科ごとの資料室がある3階と、理科室や家庭科室のある1階の案内を終えたが、道中話し込んでしまったりしたのもあり、すっかり陽が落ちている。

薄い紫色のバンドのかわいらしい腕時計を見ながら、海生が三兄妹の長兄に話しかける。

「そういえば食堂と売店は20時までっていうのは聞いた?」

「えっそれ初耳だぞ」

「皆さえよければだけど、これから夕ご飯一緒に食べに行かない?今なら長居できそうだし」

海生の提案に異論は全く出ず、6人はお腹を満たし親睦を深めるため、小走りで食堂へと向かう。その姿を先ほど志奈子と別れたばかりの理事長が後ろから見つめていた。

「大丈夫だろうとは思ってたけど、皆こんなに順応が早いとはね。若いってすごいなあ」

親戚の叔父さんもかくや、という台詞をつぶやきつつ、肩を後ろに2、3度回して理事長室へ戻っていった。


――なおこの三兄妹が売店ではちみつ風味のクッキーを買い占めようとしたり、猟犬たるもの狩人の言うことは聞かないといけないと思ったのか、初対面の翠に「姉御!!」と言って若干引かれたりして、ちょっとした騒ぎを起こしたのは、また別の話である。


*******************

ソロモン72柱 序列24番 ナベリウス

ナベルス、ネビロスとも。19の悪霊軍団を率いる地獄の侯爵。ギリシャ神話の三頭犬・ケルベロスが起源とされるが、学者たちが多種多様な想像をした結果文献によっては鶴の姿とされている。しかし服装は共通して貴族のようなものとされている。

一度失墜した信用や名誉、権威を取り戻させることができ、こと現代においてはクレジットカード等の信用情報にも及ぶ。



軽部 遼一(かるべ りょういち)/遼二(りょうじ)/瑠三(るみ)

新しく高等部1年生となった三つ子。長兄が遼一、次兄が遼二、末妹が瑠三。兄妹そろっての入学かつ以前から72柱を宿す者という自覚があった珍しいパターンで、編入前は住んでいた四浦市で自分たちや家族・友人を狙う下級悪魔を誰にも内緒で倒していた。

上記のナベリウスは憑依しており、1人で1つの頭を担当している。変身後は犬の耳と尾を持つ、警備員と海外のパンクロッカーを足して2で割ったような姿。

犬の悪魔だからか全員とても人当たりがよく、特に遼二はその傾向が強い。

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