3.自宅

「あきらめない」

 彼女の瞳が決意を宿していることが嬉しい。


 私は明るく話題を変えた。


「澪はピアノ、編み物、レジン小物って単語を聞いてどれを選ぶ?」


 たとえ視力を失っても好きなことはまだ見つけられると思うから。


「もちろんピアノよ。でもなんで?」


 澪ならピアノと言うと思った。

 小さい頃ピアノを習っていたと聞いたことがあったから。


「夏休み中に考えてた。これから漫画を完成させるのよ」

 私は鞄の中からクリップで留めた数枚の用紙を取り出した。


 夏休み中に条件に出した3つに関するストーリーを練りこんできたのだ。


「でも亜美だって途中まで書いた漫画を完成させないと」

「いいから」


 部屋の隅にピアノがある。

 澪が止めてから埃まみれのグランドピアノ。


 私はそれをあけ、そっと鍵盤に触れた。

 ソの音。


 きれいに音が出るところを見るに家政婦さんやご両親が調律していたのだろう。


「綺麗な音」

 穏やかな声に安堵して指を動かす。

 緩やかに、時には不気味な音色になる。


 それは亜美がコンクールで受賞した曲。

 いつかあなたの心に届けばいいと願う。


「ねえ亜美。私にもピアノまだ出来るかな?」

「大丈夫よ。カンを取り戻せばすぐできるわ」


「このまま学校でやってけるかな?」


「私は頑張ってほしいな。こうやって話が毎日出来るんだから」

「今日用事があるっていったじゃない。あれ転校手続きだったんだ。

 取り消し出来るかな」


「言えば出来るよ。澪の気持ち次第だね」


 そうだねと彼女は笑った。

 それは私が知っている笑顔だった。


 元気で、みている人まで幸せにしてしまうような天使の笑顔。

 それをみて、本当にうれしかった。あの夢はもう見ないのだろう。


 弾き終わった時、彼女は笑いながら囁いた。

 頑張ってみるねと。

 

 ☆☆☆

 亜美が帰ってから両親と話してみた。


「転校についてはそのまま。

 でもやりたいことは続ける。

 検査も受ける。

 原因追及も、リハビリも怠らない」


 話し合いの結果、このようになった。


「ねぇ、

 スマホ持ってもいい?」


 両親は顔を見合わせた。


「電磁波が体に良くないかもしれないわ」


「年頃の子にはもたせてやりたいが」


「じゃあ、ウェブ閲覧やメールと電話の使用、

 合わせて1時間以内に収めるのなら」


「――ありがと」


 亜美はとっくにスマホを持っている。


「スマホ持ちました。登録よろしくね」


 あとこの体で亜美にも負けない方法を考える。


 とりあえず、無料で登録できる投稿サイトに登録した。


 友人から見ても亜美は漫画の実力はある。

 

 投稿はしていないが書きためた漫画はノート5冊にも上る。


 きれい系な作画であり、

 ゆるキャラが人気な流行とは合わなないかもしれない。

 

 しかし、いずれ評価される時が来ると思っている。

 それらに負けないためにリハビリをしていかなくてはならない。


 ☆☆☆


 身体が重いわね。


 1か月程度寝続けたくらいで骨と皮のようになってしまった。

 衰弱具合が著しいのも医師がくびをかしげる要因になっている。


 インドア派であっても、血液検査やMRI検査を行い問題はなかった。


 10代でこんなにも衰弱するのは例がないそうだ。


 原因不明であったとしてもやりたいことのために筋力をつけないといけない。


 少なくともペンタブを扱える程度には回復しないことには話にならない。


「まずは鉛筆を持てるようにならないと」


 家政婦さんにはスケッチブックと鉛筆を持ってきてもらえるように

 お願いしてある。

 まずは4コマからでも書けるようにならなければ。

 一進一退の状態が続く。


「重力ってこんなに重いかな。いや、体が重いのか。生きるって大変だなぁ」


 手をグー、パーして手の運動をする。


「まだまだ。重力に勝ってやる」


 病は気から。


 やりたいことがあるならば、

 おのれの健康管理をしないことには始まらないのだ。




 

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夏の不安 朝香るか @kouhi-sairin

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