19話.西へ

 駆け付けた兵士の報告にその場は騒然とした。

魔王、村が占拠……

衝撃的な内容に思わずアイオンが言葉を漏らした。


「魔王……

 おとぎ話では語られているが、そんなものが実在しているというのか!?」


 魔王というおとぎ話だけに存在するとされていたものが実在し、それが村を占拠したという報告はアイオンたちの浮足を立たせるうきあしをたたせるには十分すぎる内容であった。


「落ち着くのじゃ、アイオンよ。

 数百年前に現れたという言い伝えは聞いておるが、​魔王の名を語る存在を実際に耳にしたのは初めてじゃ」


 ルイン王の一言で冷静さを取り戻したレムリアは、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「アイオンとファウストを調査に向かわせましょう。

 クラウスたちが戻ってきていないのは気がかりですが、今回の件が発生したのは西の果てにあるサ・イハテノ村。

 王都への帰還途中に魔王の軍勢と遭遇したのかもしれません」


「!!

 じゃあ、あいつが危ないかもってことですか!!?」


 レムリアの言葉に被せるような早さで反応したアイオン。

そしてここまで沈黙を貫いていたファウストの口がついに開いた。


「クラウスたちが魔王の軍勢に遭遇している可能性は高いとボクも思います。

 ルイン陛下、申し訳ございません。

 帰還のご挨拶もままならない状況ですが、ボクたちはすぐにサ・イハテノ村に向かいます!」


 ルイン王に一礼をして謁見の間を飛びだそうとしている2人にレムリアが声をかけた。


「私も騎士団を率いてサ・イハテノ村に向かうので、二人は先に出発してくれ!

 私たちが到着するまでは無茶をしないようにな!!」


 二人はその言葉に返事をすることもなく、そのまま飛び出していった。

その状況を見ていたルイン王は、複雑な思いの籠った表情をレムリアに向けて告げた。


「レムリアよ、急いでゆくのじゃ!!

 絶対にあの二人を失うわけにはいかぬのじゃからな!」


 一礼をしたのち謁見の間を後にするレムリア。

その後ろ姿を見送ったルイン王は思わず言葉を溢したこぼした


「何か嫌な予感がするのじゃ……」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


 旅から帰ったばかりであったアイオンたちは、最低限の食料調達のみをして出発するつもりであった。


「サ・イハテノ村までどれくらいかかるんだろう?」


「東の果てにあった村までと同じくらいの距離だとしたら、馬や馬車を使っても1週間はかかるんじゃないかな??」


 食料調達を終えたアイオンたちは、西門に向かいながら頭を悩ませていた。

サ・イハテノ村までの移動手段がないのだ。

途中までは乗り合いの馬車などで行けたとしても、その先は徒歩にならざる得ないのが現実であった。


「急いで向かわなきゃいけないのに……」


 焦りながらも西門に到着した2人は、そこで見慣れた人物を発見した。


「アイオン、ファウスト。

 どうやって行くのかも決めずに、飛び出ていくとはな」


 普通の馬よりも筋肉がついており、長距離を軽々と走れそうな馬が2頭、レムリアの隣に並んでいた。


「この馬を使うが良い、騎士団の中でも特に優秀な2頭だ。

 私も団を率いてすぐに追いかける、気をつけてゆくのだぞ!」


 レムリアにお礼を伝えた二人は、急いで西へと旅立つのだった。

道中の街や村で聞くサ・イハテノ村の状況は、おそらく生き残った者がいないのではないかと思われるものようなものばかりであり、二人の心を締めつけた。

またクラウスやアントニーと思われるような目撃情報がないことが、二人の不安を一層膨らませることになっていた。


「クラウス……、無事なのか?」


「アイオン、思いつめないで。

 クラウスたちのことはまだ何もわからない。

 きっとボクたちが応援に駆け付けるまで、息をひそめて待っているんだよ!」


 そのファウストの言葉が自分を元気づけるためということに気づいたアイオンは、その優しさに感謝しつつも、どこか照れくさくなり、自然と早足になった。

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