第15話 魔王の苦悩

 冒険小説に登場するような剣と魔法の世界。

 通常世界の人々からは“ワールドベルタ”と呼ばれている。


 魔法が存在せず、物理学や化学などの分野が激的に発達しており、まるでSF映画に出てきそうな異世界“ワールドアントン”が発見されてから約50年後に発見された異世界であった。


 ワールドアントンの発見は今から約230年前、ワールドベルタの発見は約180年前の事である。



 ワールドベルタには、人類やエルフ、ドワーフなどが暮らす地上世界と、魔人や知的な魔物達の暮らす魔界が存在していた。


 そしてその魔界では、現在から数百年前にある一人の魔王が“サタリード連合王国”という魔界全土を統治下においた巨大国家を建国し、魔界の文明を急速に発展させ、魔王軍はサタリード王立魔界軍として新たに設立し、より先進的な軍を編成した。


 現在ではワールドベルタにおいて、全国家中最大の国力と最強の軍隊、そして最高の技術水準を誇っているサタリードであったが、地上の国家などと同様に、サタリードも内部に様々な問題を抱えていた。

 そしてその問題は、王立魔界軍が通常世界の国家、ガルターレス、リンギア、ヴァントラムの3ヶ国に軍事侵攻を開始してから、より一層加速していたのである……




 サタリード連合王国の王都ディアブディーナ。

 その中心部には、魔王の滞在する魔宮殿が建てられていた。

 魔界王家の住まいであり、国家の方針を決める重要な会議を行ったり、大掛かりな式典を行ったりする他、宮殿の地下には軍の総司令部も設置されている。


 その総司令部で今夜、3ヶ国侵攻における重要な作戦会議が開かれようとしていた……



 黒い目に赤紫色の瞳を持つ、白い肌の魔人が、漆黒の軍服を身に纏って、宮殿内部の不気味な雰囲気の廊下を歩いていた。

 彼こそがサタリード連合王国第9代魔王の魔王リグラードである。


 自らを魔王と称しているが、その性格は魔王というよりもむしろ賢主に近い。

 基本的に冷静沈着で判断能力が高く、また古い常識に囚われず新しい物をどんどん取り入れていく柔軟性も備えている。


 しかも魔王の名に恥じぬ戦闘能力を誇り、技術の遅れた国の軍隊ならば、彼一人でも十分勝てる程の強さを有している。

 王道ファンタジーゲームのラスボスであれば単体での強さは不十分かもしれないが、彼の本当の強さは剣でも魔法でもなく、その優れた政治手腕と統率力にある。



 リグラードは新しく仕入れた自身の軍服を妻であるフレイリア魔界王妃に一目見てもらおうと、王妃の部屋へ向かっていた。

 部屋の前まで着くと、部屋の前で警備をしている女性近衛兵が挨拶をしてきた。


「これは魔王陛下、いかがいたしまたしか?」

「ああ、この新しく仕入れた服の感想をフレイリアに聞きたくてな、通してくれるように伝えて貰えるか?」

「承知致しました、少々お待ちを」


 近衛兵は部屋の扉を軽く叩き、フレイリアに声を掛けた。

「王妃陛下、魔王陛下がお見えです」

「通しなさって」


 その言葉を聞いた二人の近衛兵は、扉を開けてリグラードを部屋に通した。

 リグラードが王妃の部屋に入ると、美しい銀髪と青白い瞳をした魔人の女性がリグラードを愛想良く出迎えた。


「魔王陛下、どうなさったのです?」

「ああフレイリア、実は新たな服を仕入れてな。

そなたに感想が聞きたいと思ってな、どうだ?」


 フレイリアはリグラードの軍服姿をじっくり観察し、感想を述べた。

「そうですわね……

以前の陛下の衣装と比べると、今回のはあまり着飾らずシンプルですが……

陛下の持つ威厳や権威を損なっていないだけでなく、以前の衣装よりもより若々しい印象を受けます。

とても素敵ですわ。 我らが連合王国に自由と変革をもたらす陛下に、相応しい衣装だと思いますよ」


 その感想を聞いたリグラードは、ホッとした様子で言った。

「本当か!? それは良かった! 心底安心したぞ!

なにせ、魔王がこのような近代的な軍服を身に着けることは、連合王国建国以前の歴代魔王を含めても、史上初の試みだからな」


 その言葉を聞いたフレイリアは、クスクスと笑って言った。

「思えば、リグラード魔王陛下は“魔王史上初”が歴代と比較しても多過ぎますわね。

兵学校を設立したり、軍の一部の部隊に異世界の人間達が使ってるような近代的な銃火器を試験的に投入したり、農民や労働者に対する福祉制度を導入したり……

本当に陛下の先進的なお考えには、いつも驚かされてばかりですわ」


「……その分、保守的な者共から不満を買いやすくもあるがな……」

 リグラードが大きな溜息をついて言った。



「ところで、今夜陛下は、異世界侵攻についての作戦会議に出席なさるんでしたよね?」

 フレイリアが尋ねた。


「ああ、そのつもりだ。

敵軍との技術格差が開き過ぎている為、以前から余は侵攻軍を撤退させろと申しておるのだが……

先の事件の影響で、国民の人間共に対する反感が高まっていてな。


それに便乗して、人類絶滅を掲げるライダス将軍が、発言力と影響力をより一層強めておるのだ。

そのせいで余の独断だけでは、軍に撤退命令を下す事が出来ずにいてな……

『軍と民の暴走を止めれずして、何が魔王だ!』と叫びたいくらいだ、全く……」

「なるほど……近頃陛下の顔色が優れないのは、そのせいだったのですね……」


 愚痴をこぼしながらうつむくリグラードを、フレイリアは不安そうに見つめた。


「陛下、私はこの先何があろうとも、陛下の味方です。

私に出来る事があれば、いつでも頼って下さいね」

「フレイリア……

……そういう時くらい、“陛下”ではなく名前で呼んでくれないか?」


 リグラードがそう言うと、フレイリアが笑いながら言った。

「お辞め下さいまし、もしそれが他の者の耳にでも入ったら、何を言われるか分かりませんわよ?」

「そうだな……悪い、忘れてくれ」


 リグラードとフレイリア、魔王と魔界王妃の間には、今日も仲睦まじい雰囲気が漂っていた……


 



 それからしばらくして、リグラードはガルターレス、リンギア、ヴァントラムの3ヶ国侵攻についての作戦会議に出席していた。

 リグラードの他には、サタリード軍の将軍や一部の上級幹部などが会議に主席している。



「魔王陛下、戦況は依然として我が軍が劣勢です。


我が王立魔界軍の主力航空戦力である竜王航空軍の投入によって、侵攻開始から5日間で首都陥落する見込みだったリンギアは、予想よりも全土の制空権の獲得に苦戦しており、また敵の地上軍による抵抗も激しく……


現在我が軍はリンギア北部のほぼ全ての地域を掌握しているものの、リンギア南部地域攻略については、開戦前の想定よりも遥かに遅れております。

首都陥落を急ぐおつもりならば、さらなる援軍が必要かと」

 緑の瞳に白く長い顎髭を持つ老魔人、総軍副司令官のグランバーン将軍が報告した。


「申し訳ありません、自分が不甲斐ないばかりに……」

 竜の翼や角を持つ橙色の瞳をした竜王族、竜王航空軍総司令官のドラコレクス将軍が弱々しい声で謝罪した。


「そなたが自分を責めることは無い、ドラコレクス将軍。

いかにそなたの指揮するドラゴンや竜騎兵の能力が高くとも、我が軍と敵軍とでは軍事技術、特に航空技術については雲泥の差がある。

まともな航空機1機さえ地力で開発、生産出来る能力の無い我が国にとって、奴らの戦闘機や爆撃機に使われているテクノロジーは、正に異次元だ。


にも関わらず、リンギアの国土の半分も制空権を維持出来ているというのは、そなたとそなたの指揮する将兵の奮闘あっての事ではないか」


 リグラードにそう指摘されたドラコレクス将軍は、少し悔しそうにして黙り込んだ。



「ガルターレスとヴァントラムの攻略はどうなってるのだ? グランバーン将軍」

 リグラードがグランバーン将軍に尋ねた。


「はっ。

ヴァントラムは現在、一進一退の攻防戦を繰り広げている所でございます。

何しろ、ヴァントラムは国土の狭い範囲に山岳地帯や河川が密集しているような国でございますから、進撃はそう簡単には行きません。

が、逆にこちらも地形を利用し、攻勢を止めて戦線維持に尽力させれば、大きく押し返される危険が少ないという事でありますので……

ヴァントラム攻略戦は、しばらくは拮抗状態が続くと見られます。


一番の問題はガルターレスです。

今回の侵攻において、我が軍の部隊の損害が一番多く出ているのがガルターレスであり、また我々の盟友とも言える存在、親魔王軍派国際武装集団、通称“SW”が、彼らの活動地域の中で最も多くの損失を出しているのも、ガルターレスでございます。


我が軍の戦果も無い訳ではありませんが、過去に類を見ない程に敵軍の激しい反撃に合っており、また傭兵や民兵の活動も極めて活発で、今後もガルターレス攻略は困難を極める事が予想されます……」


 グランバーン将軍が長々とした説明を終えると、リグラードが頭を抱えて呟いた。

「いくら戦法を変えたとて、根本的な技術格差は覆せぬか……

貧困国とはいえ、ガルターレスは軍事国家……軍備だけは怠っていなかったようだな……」



「我が軍の一部部隊を引き抜いて、侵攻作戦に加勢させるのはいかがでしょうか? 魔王陛下」

 紫の瞳と黒い口髭を持つ剣豪、勇者征討軍総司令官のランヴォル将軍が進言した。


「いいや、それはならぬランヴォル将軍。

そなたの軍は、あくまでも勇者パーティを殲滅し、サタリード国民の飯と寝床を守る為の専門部隊だ。

侵攻に加わる事は魔王として認めぬ、そなたは引き続き、勇者共の殲滅にあたれ」

 リグラードが厳しい口調で命令した。


「……承知致しました、魔王陛下」



「しかし、あの鬼畜生共を滅ぼすには、現在侵攻中の軍団では、根本的に火力が不足している事は事実です。

また、敵の航空攻撃を阻止する手段も必要でしょう。

本国に駐屯しているスペルカタパルト(魔法を射出するカタパルトを備えた自走砲の様な魔物)をガルターレスに投入すべきです。

それと例の――“カスパール計画”も、急いだ方が宜しいかと……」

 総軍総司令官のライダス将軍が言った。



 スキンヘッドで青紫色の瞳を持ち、常に漆黒の鎧を身に纏っている彼は、サタリード軍ではいわば“魔軍司令”の様な立場に立っている。

 人類絶滅を称える彼は国民から多大な支持を得ており、その権力は今やサタリードの国家元首である魔王リグラードにさえ匹敵する程である。


 今回の異世界侵攻をめぐってリグラードと対立しているが、リグラードも迂闊に彼を総軍総司令官の座から下ろす事は出来ない。



「……うむ、スペルカタパルトのガルターレス投入に関しては、余も同感だ。

ただし、スペルカタパルトを実際に戦線へ送るのは、敵の空爆による損失を防ぐ為、カスパール計画が実行に移されてからとする。

異論は無いか?」


 リグラードが一同にそう訪ねると、一同は無言で頷いた。

 ライダス将軍も、今回は特に不満を表さずに素直に同意した。






 SWの機械化歩兵部隊と戦闘を行い、装甲車数輌を撃破し、数十名の敵兵を殺害したウィリアム、イリア、ロバート、ベルティーナの4人からなるエコー班は、基地へ帰還するべくLZを目指して荒れ果てた市街地の中を歩いていた。



「ロバートの攻撃魔法は相変わらずの火力だな、おかげで敵の機械化部隊を楽に狩ることが出来た」

 ウィリアムが先程の場所から巻き上がる黒煙を眺めながら言った。


「よしてくれウィリアム、お前だってお得意のRPGで装甲車を2輌破壊しただろ。

俺の攻撃魔法だって万能じゃない、消耗だってそれなりに多いしな」

 ロバートが言った。



「ベルティーナのブレードを用いた突撃と、イリアの敵の意識外からの奇襲も見事だった。

歩兵の掃討は面倒だからな、早く済むに越したことはない」


 ウィリアムが二人にそう言うと、ベルティーナが微笑しながら尋ねた。

「ほう、お前が他人を褒めるなんて珍しいな。

一体全体どういう風の吹き回しだ?」

「俺は何も事実を言ったまでだ、別に褒めたつもりは無い」


「……ウィリアム、ツンデレキャラを目指してるんだったら、多分よした方が良いと思うよ」


 イリアがそう言うと、ウィリアムは顔をしかめた。

「ツンデ……何だって?」

「ツンデレキャラ、ある時は厳しい態度をとったかと思えば、ある時は好意的な態度をとったりする人間の事。

アニメ好きの友人がよく口にしてた言葉だった」


「そ、そうか……

悪いが俺はそういうものには疎くてな……」

 ウィリアムが困惑した様子で言った。



「ウィリアムはツンデレというより“ツンドラ”だな。

いつも冷たいし、戦闘の時も冷酷だしな」


 ロバートが皮肉を込めたジョークを口にすると、ベルティーナが質問した。

「なぁロバート、ウィリアムがツンドラなら、レオニードの奴は何だ?」

「レオニードか……あいつはそうだな……

“アブソリュート・ゼロ”なんてのはどうだ?」


「“絶対零度”か! アイツにピッタリだな!」

 ベルティーナが笑いながら言った。



 その後も一同は下らない会話を続けながら、LZへと向かって歩いた……

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