第14話 何故戦うのか

 基地の3番ヘリポートでローターを高速回転させ、大きな風切り音を響かせる1機の戦闘ヘリコプター、Mi-35ハインド。


 暇つぶしに兵舎の外に出て来たウィリアムが、ハインドの離陸する様子を眺めていた。


 ヘリに乗り込んでいった傭兵達の装備品と、ハインドにいつも積んでいる2基のロケット弾ポッドに加えて、計8発の対戦車ミサイルを搭載していることから、彼らの今回のターゲットは戦車か装甲車、もしくはそれに相当するレベルの大型の魔獣やドラゴンだろうと、ウィリアムは考察した。



「ヴァイパー04、こちらCP。

離陸を許可する!」

「こちらヴァイパー04、了解した。

これより3番ヘリポートより離陸する」


 機体が地面から浮き上がり、ぐんぐんと上昇していく様を、ウィリアムは無心で眺めていた……



「ようウィリアム」

 相変わらず爽やかな口調でウィリアムに声を掛けてきたのはエリックだった。


「お前かエリック、何の用だ?」

「少し聞きたいことがあってな」

「……聞きたいことだと?」


 ウィリアムは顔をしかめ、少し面倒臭そうに言った。

「言ってみろ……何だ?」


 そう聞くと、エリックが少し間を置いて言った。

「お前、どうして傭兵になったんだ?」



 思わぬ質問をされたウィリアムは、少し動揺を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「……何故そんな事を聞く?」

「別に、気になっただけだ。

答えたくないなら、答えなくて良い」


 ウィリアムはうつむき、哀しげな表情で暫く黙り込んだ後、顔を上げて口を開いた。


「少し長くなるが……良いか?」

「ああ、構わない。 話してくれ」



 ウィリアムは切ない顔をして空を見上げ、語りだした。


「今から2年前、俺が軍を辞めてから数週間経った頃だった……」






 それは、ウィリアムが国防軍を退役してから数週間経ったある日の事だった。


 その日ウィリアムは、インターネットを使用してユージリア戦争が終戦した後のアルティミール国内の情勢やユージリアの情勢、そして世界全体の情勢について詳しく調べていた。


 ウィリアムが色々と調べた結果、現在ユージリア国内では、アルティミール国防軍の一部の部隊がユージリア各地に駐留軍として駐屯している事に対して、ユージリア国民が強く反発しており、各地で大規模なデモも起こっていると、ネットの記事にはそう書かれていた。


「はぁ……戦中といい戦後といい、ユージリア人の団結力はかなりのものだな……

流石は社会主義国家と言ったところか……愛国教育が隅々まで行き渡ってるな」



 ウィリアムがそう一人でぼやいていると、何者かがウィリアムの部屋のドアをコンコンとノックした。

 その直後、ウィリアムの姉であるシャーロットがウィリアムの部屋に入ってきた。


 ウィリアムを見つめる彼女の目は、どことなく心配そうだった……



「姉さんか、どうしたんだ?」

「ウィリアム、あのさ……

折角危険なミッションの数々をこなしてきて、戦争から無事に生きて国に帰ってきたっていうのに……

何で戦争から離れようとしないの……?」

「別に、深い意味は無いんだ。

ただ単に気になった事を調べてただけで……」


 その返答を聞いたシャーロットは、大きな溜息をついて言った。

「それは分かったけど、ここの所ウィリアムは変だよ。

口に出すのは戦争の話題ばかりだし、何か常にイライラしてるっぽいし、色んな音に過敏に反応するし……」

「そうか……」


 ウィリアムは自分では自覚がなく、殆どが無意識だった。


「とにかく! 最近のウィリアムは戦争前と比べて色々と変なの!

色々ストレス溜まってるんじゃないの? 外に出て散歩でもしてきたら?」


 シャーロットにそう言われ、ウィリアムはしぶしぶ頷いた。

「ああ、分かった……少し街中を歩いてくる」


 ウィリアムは携帯電話をズボンのポケットに入れて、家の玄関のドアを開けて外に出た。

 ウィリアムがドアを閉めたのを確認すると、シャーロットが大きく溜息をついて呟いた。


「ウィリアム、本当に大丈夫かな……

PTSD(心的外傷後ストレス障害)とかではなさそうだけど、ウィリアムも戦争から帰ってきたばかりの帰還兵だし……

これ以上酷くなるようなら、医者に相談したほうが良いかも……」


 アルティミールとユージリアだけでなく、この戦争に参戦した国の多くの帰還兵が、日常生活に支障をきたす程のストレス障害に悩まされているように、ウィリアムもまた、戦場での多大なストレスの影響によって、戦争前のような日常生活を送る事が出来なくなるのではないかと、シャーロットは心配していた。


 嫌な予感に胸を締め付けられながら、玄関に飾ってある軍服姿のウィリアムの写真を、彼女は見つめていた。




 ウィリアムは家から20分程歩き、街中にある洒落込んだ雰囲気の商店街を、特に目的も無くただただ歩き続けていた。


 幼少期から慣れ親しんだパン屋や、今は亡き両親によく連れて行かれたレストラン、スコーンの美味しい喫茶店など、ウィリアムにとって思い入れがある店が多かった。



 街道をぼんやりと歩いていると、ウィリアムは自分と同年代くらいの少年とぶつかった。

 ウィリアムは咄嗟に相手を方を向いて謝罪した。


「ああ、これは済まない。 大丈夫か?」

「ええ大丈夫。 こちらこそ――」


 少年がウィリアムの顔を見ると、目を丸くした。

 そして思い出したかのようにウィリアムの名前を呼んだ。

「ウィリアム! ウィリアムじゃないか!

久しぶりだな!」


 そう言われ、ウィリアムは一瞬困惑したが、彼の特徴的な白髪と瑠璃色の瞳を見てハッとした。

 彼はアドラー、ウィリアムの国民児童学校(この世界の教育機関 極めて高度なシステムを駆使して小中高の教育を6年間にまとめた学校)時代の同級生であり、ウィリアムが心を許せる数少ない友人でもあった。


「アドラー! お前なのか?」

「ああそうさ! 正真正銘俺だとも!

何処かでゆっくり話さないか? 積もる話が沢山あるんだ!」


 ウィリアムは彼に押されるように頷いた。

「あ、ああ、そうだな……

俺の気に入ってる喫茶店がこの商店街にあるんだが、そこなんかどうだ?

店の雰囲気も洒落てるし、掃除もしっかり行き届いてる。

それにあそこはスコーンが美味くてな、あの味が特に気に入ってるんだ」


 それを聞いたアドラーは、少し驚いた様子で言った。

「へぇ、驚きだな。 お前がそんなお洒落な趣味をしてるだなんて……

興味が湧いてきた! 案内してくれないか?

俺もそこに行ってみたい」

「了解した。

案内する、ついてきてくれ」


 ウィリアムは優しく微笑しながら、アドラーを喫茶店へと案内した。





 喫茶店のカウンター席に座りながら、紅茶を飲むウィリアムとアドラー。

 その懐かしい紅茶の味は、ウィリアムの戦争で荒んだ心身に、深く深く染みわたった。


 紅茶を飲みながら一息をつくウィリアムだったが、まだこの平和な空間に馴染めてはおらず、以前のような落ち着きを取り戻す事は出来ないままだった。


 やるせない気持ちを昂ぶらせながら、ウィリアムは紅茶に映る自身の瞳をじっと見つめる……



「ウィリアムの言った通りだな、良い店じゃないかここは。

店内のアンティークな雰囲気、清潔なイスとテーブル、そして飲み物も料理も美味しい。

まさに非の打ち所がないな、素晴らしいよ」


 アドラーがそう言うと、曇った顔をしていたウィリアムが微笑して言った。

「そうか? それは何よりだ」

「ああ、気に入ったよここは」


 紅茶を一口飲んで、アドラーはウィリアムに質問を投げかけた。


「なぁウィリアム、最近どんな感じで過ごしてるんだ?」

「最近か? そうだな……」

「大した事じゃなくても良いんだ、本当に些細な変化とかでも……」


 そう聞かれ、ウィリアムは考え込んだ後、少し暗い顔をして答えた。

「シャーロット姉さんに言われて、自分でも初めて気付いたんだが……

俺は最近どうも、何かと苛立っていることが多かったり、以前よりも誰かとの交流を拒む事が多くなったり、色んな音に過敏に反応するようになったみたいなんだ。」

「音? 音ってどんな音だ?」

「物が落ちる音に酷く驚いたり、工事現場のドリル音を異常に嫌がったり、航空機の通過する音を聞くと、自然と姿勢を低くしたりしていたな。

思い返せばそれらは全て、軍を辞めた後に起こった出来事だった……」


 それを聞くと、アドラーは眉をひそめて言った。

「なるほどな……

そういう話は退役軍人ではよく聞くが、ウィリアムもそうなんだな……」


「ああ、もしかすると俺も彼らのように、長期間戦場で戦ってきた結果、平穏な生活が肌に合わなくなったのかもしれないな……」

 ウィリアムが哀しそうに、そして少し悔しそうにして言った。



 二人はその後一時間近く世間話などを続け、その後は会計を済ませて解散した……





 それから3ヶ月が経過し、ウィリアムは以前よりも活気が薄れていた。

 平和や平穏といったものを拒むような傾向は増す一方であり、ウィリアムの戦後生活は悪化の一途を辿っていた。


 姉のシャーロットはどうにかウィリアムに戦前のように生活してほしいと願う一方で、ウィリアムは“戦場へ戻りたい”という気持ちを昂ぶらせており、姉弟の溝は次第に深まっていた……



 ウィリアムは自分の部屋から、ふと窓の外を覗き見た。

 外はしんしんと雪が降っており、雪景色が一面に広がっていた。


 アルティミール国内は本格的な冬に入っており、南部の一部の地域を除いて、国土の広い範囲で雪が降っていた。

 ウィリアムの住まうアルティミール西部のベルニキウ州は、北部の州のような豪雪被害は無かったが、気温はそれなりに冷え込んでいた。



 ウィリアムは溜息をついて部屋のベッドに横たわり、携帯電話を手にとった。

 すると、ウィリアムの元に一通のダイレクトメッセージが届いていた。


 メッセージを送った主は……イリア・イヴァノヴァだった。

 彼女はウィリアムが武装エージェントとして軍務に就いていた頃、同じ部隊に所属して共に任務を遂行した戦友であった。



 ウィリアムが通知をクリックして内容を見てみると、それにはこう書かれていた。

『久しぶりウィリアム、元気にしてる?

来週の土日に少し話したい事があるんだけど、都合は合いそう?』


 他人との馴れ合いをあまり好まないイリアからのメッセージという事もあり、ウィリアムは少し動揺したものの、すぐにメッセージを返した。


『久しぶりだなイリア。

元気がどうかは自分でも分からないが、生きてはいる。

来週なら土曜が空いているが、話したい事って一体何なんだ?』


 ウィリアムがメッセージを送信すると、数分で返信が来た。

『これからの進路について少し話したくてね。

アンタが嫌じゃ無ければ、会って話したい』


 ウィリアムは5分間真剣な表情をして考え込んだ後、イリアの提案に乗ることに決めた。

『分かった、来週の土曜で問題ないか?』


 そう送信すると、すぐに返事が来た。

『了解、それで問題ないよ。 ありがとう。

場所は追って連絡する、それじゃ』


 そのメッセージを確認した直後、ウィリアムはアプリを閉じて携帯電話を枕の側に置き、部屋の本棚に手を伸ばした。


 ウィリアムは本を開き、続きを読み始めた……




 約束の日、ウィリアムは自宅から約10km離れた所にあるファストフード店に足を運んだ。

 店内は比較的空いており、ガヤガヤした雰囲気が苦手な傾向にあるウィリアムにとっては良い環境だった。


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「ああ、待ち合わせで来ている者です」

「かしこまりました、どうぞごゆっくり」


 ウィリアムが店内をぐるっと見渡すと、ダークブロンドの髪をした青い瞳の少女が、ウィリアムに軽く手を降っているのが見えた。

 彼女がイリア・イヴァノヴァだ。



 ウィリアムが席に腰掛けると、イリアに軽く挨拶をした。

「久しぶりだな、待たせたか?」

「いや大丈夫さ、集合時間ジャスト1分前だ。

何も問題は無いよ」

「それは良かった。

何せお前を待たせ過ぎた日には、夜に怯えながら寝る羽目になるからな」


 そう言われると、イリアが鼻で笑って言い返した。

「よく言うよ。

敵の攻撃ヘリに襲撃された時だって、怯えるどころか、何食わぬ顔でRPGをぶっ放して派手に撃墜したくせに……」

「馬鹿言え、あんな素人の操縦するヘリより、お前のナイフの方がよっぽど怖い」


「……まあ、この際何でも良いさ。

来てくれて感謝するよ」


 久しぶりの戦友との会話を楽しむウィリアムの顔には、およそ一ヶ月ぶりの笑みがこぼれていた。



「さて、早速だけど本題に入ろうじゃないか」

 イリアがウィリアムに真剣な表情をして話し始めた。


「これからの進路について……だったか?

一体どうしたんだ?」


 ウィリアムがそう問うと、イリアが思いもよらない事を言ってきた。

「ウィリアム、私さ……傭兵になろうと思うんだ」

「傭兵に?」

「ああ。

金の為に軍や組織と契約して、一人またはチームを組んで戦う傭兵さ」


 少し間を置いた後、ウィリアムが尋ねた。

「……何故傭兵になろうと思ったのか、理由を聞かせて貰っても良いか?

何となく予想はつくが……」


「国防軍を退役して以来、何だかどうも、心が満たされないというか、平和な世界に馴染めないというか……

そんな状態がずっと続いてて、普通の生活が段々苦痛に感じてきてさ。

戦場での癖も抜けないままで、未だに私は常にピリピリしてて、自分の中では戦争はまだ続いてるって感覚になってるのさ……」


 それを聞いたウィリアムは、小さく頷きながら言った。

「なるほどな……だから傭兵という形で戦場に戻ろうと」

「そういう事。 正直このままここで暮らしてても、戦前みたいに暮らして行けそうに無いからね……」



 イリアから傭兵になると言われたウィリアムは、少し考え込んだ後、ある決心をした。


「なあイリア」

「何だいウィリアム?

まさか“行かないでくれ”なんてザラにも無いことぬかすんじゃないだろうね?」


 イリアが面白半分でそう言うと、ウィリアムは真剣な表情で言った。

「もし傭兵として、また戦場に行くつもりなら……

俺と、タッグを組む気は無いか?」


 ウィリアムのその言葉に、イリアは動揺を隠せない様子だった。

「……ウィリアムとタッグを?

どういうこと……?」


「俺もお前と同じなんだ。

除隊以降、俺は何をしても心が落ち着かず、常に苛立っていた。

まるで心だけ戦場に置いてきてしまったかのように、空白の毎日を送ってたんだ。

戦場に戻りたい、毎晩そればかり考えてた……」


「だからアンタも傭兵になって、私と共に戦場で戦おうと……?」

「ああ。 あの時の――ユージリアの時の様にな」


 その答えを聞いたイリアは、喜びと哀しみが入り混じったような表情でウィリアムを見つめた。



「俺はもう一度、銃を握って戦場へ行き、敵を殺しながら前に進む。

国や家族の為ではなく、他の誰でもない自分自身の為に……な」


 ウィリアムのその決意を聞いたイリアは、微笑してこう言った。

「この馬鹿野郎」

 イリアにそう言われ、ウィリアムも言い返した。

「お前もな」



 お互い同じ決意を胸に抱いてる事が分かった二人は、その手をがっちりと組み合って、再び共に戦地ヘ赴く覚悟を決めた。


 堕ち行く先の無い地獄の底を這って、悪魔を殺す為に……





 ウィリアムの過去の話を聞かされたエリックは、何度も頷きながら強く同情した。


「なるほどな……

細かな事情はどうであれ、お前もイリアも、俺と……いや、ここに居る連中と同じような理由で傭兵になったって訳か……」


「そういう事だ。

俺が傭兵として戦う理由、それは――

“戦場にしか、生きる理由を見い出せない”からだ」

 ウィリアムが鋭い眼つきで言い放った。



 戦争のプロとしてのプライド、自分自身の存在意義の確立、殺しの快感、そして金銭的な報酬。

 様々な理由で、傭兵達は今日も銃を握る。


 そこには正義も不義も、善も悪も存在せず、ただ純粋な“暴力”のみが飛び交っているのである……

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