幼馴染


 テラスで休んでいると、生徒が段々と増えてきたけど、俺に関わろうとするやつはいない。

 遠目でチラチラと様子を伺っている生徒が沢山いる。


 それはそうだ。俺は今までひどい噂があったんだ。

 今なら少し思い出せる。

 日向や雨宮との誤解なんてほんの一部分だ。


 えっと、やっぱ冤罪が一番キツイよな。あっ、助けたのに犯罪者扱いもやばかった。

 私だけは味方です! って言ってた奴から手のひら返されるのも辛かったな。

 詳細は覚えているものと忘れているものもある。

 落ち込みそうになる心は、今朝の小池さんによって力をもらった。

 ……小池さん、お菓子好きかな? 家に行く時になんか甘いもの持っていくか。

 喜んでくれるといいが……。

 出会って日が浅いが、なんとも言えない安定感というか、包容力というか、他人じゃない感覚に陥る。


 お菓子の事を考えたらなんだか喉が乾いた。

 俺はテラスにある自動販売機に向かおうすると―――





「……九頭竜、お前はどこにいても目立つからすぐにわかる。……話、いいか? 俺と」


 髪型と体格と変な話し方で覚えている。大五郎(仮)と呼ばれていた男が――、俺の思い出の中の女の子、日向と仲良くしている男が――、手に持っていたジュースを俺に放り投げて勝手に席に付いた。




 ……くそ、なんで温かいコーンポタージュなんだよ。俺は爽やかな炭酸が飲みたかったんだよ。

 貰ったものを残すのは俺の流儀に反する。仕方なく俺はコーンポタージュを飲む。大五郎はおしるこを飲んでいた。こいつのセンスの問題か。

 ……うまいんだけどな。


「……俺はお前が嫌いだった。絶対気が合わない奴っているだろ? それが俺にとってお前であった。気に食わなかったんだ、そんなお前が日向さんと仲良くしているのが」


「そ、そうか」


 こんなに面と向かって嫌いって言われるのは珍しいな。


 というか、嫌われているのはわかっているからそこまでダメージを受けない。

 それに、多分俺はこの男と気が合わない。言いたいことはよく理解できる。


「……俺の気持ちとは別で――、お前には悪い事をしたと思っている。俺は……お前が人間のクズだと思っていた。セクハラ、暴力は当たり前で停学までしている。そんな人間を日向さんと付き合わせるわけにはいかないと思った。……それは誤解だとわかった。本当にすまなかった……」


「そっか……、まあ、あんまり覚えてねえからどうでもいいや」


 今朝、思い出したけど、未だに実感は沸かない。まるで他人の記憶が自分に入り込んだ気分だ。


「……それは本当なのか? お前は日向さんの事も忘れてしまったのか?」


「うーん、なんか思い出そうとすると頭が超痛くなるんだよな。あれだ、焼いたバールで頭を叩かれる気分だ。まあ、今朝、少し思い出したよ……。俺と日向が幼馴染で仲が良かった事を」


 面倒だから誤解された部分や、別れの言葉を思い出した事は言わない。


 大五郎は俺をじっと見つめていた。そういや昨日よりもぼやけている顔がわかるな。こいつはスタイリッシュなイケメンだ。くそ、イケメンはドブ落ちればいいのに。


「……それは、良かった。いや俺にとっては微妙だな。……多分、お前は俺が嘘告白の噂を流したと思っているが……、俺ではない。――俺は夏休みに入って、お前の事が気になり過ぎて……、なんだかきもいな……。ふんっ、色々調べたんだ。そしたら……、全員だ」


「へ? 何が全員なんだ?」


「クラス全員が、学校中が……お前の悪口を言っていたんだ。それが積み重なって、歪曲されて、日向さんは誤解して、何故かお前が嘘告白をした事実だけが残ったんだ」


 意味わかんねえけど、昔の俺だったらありえる話だ。

 きっと、告白する前から水面下で色々誤解されるような事が起こっていたんだろうな。

 たまりに溜まったものが爆発をする。まるで蠱毒だな。

 熟成された悪意がピンポイントでここぞとばかりに来やがった。

 まあ、初めてのことじゃねえ。年に一回は死ぬほどひどい誤解がある。

 悪意の嵐の前は静かなものだ。それが突然やってくる。

 それこそ警察沙汰になるようなボス戦だ。小学校の頃は全校朝会でさらし者になったな。中学の頃は……あんまり思い出したくねえな。


「ていうか、もうそれはどうでもいいぜ。もう教室行こうぜ」


 流石に朝から疲れた。面倒だから教室へ帰りたい。

 日向の件も、あまみやさんの件も、ゆっくり進めたい。小池さんの胸の中で溺れたい……。やっ、下心はないぞ。


 大五郎は立ち上がろうとする俺の手を掴んだ。


「まて、最後に質問だ。……お前は今でも日向さんの事が好きなのか? 今でも付き合いたいと思っているのか?」


 大五郎の声はさっきから妙に大きい。まるで誰かに聞かせるような会話である。

 まあいいや、俺は心のままに答える。



「いや、お前さ、会ってすぐの人を好きになるか? 俺にとってあいつとの思い出は他人のものを見ている感覚だったんだ。……誤解が嫌だから嘘は言わねえけどさ、好きもなにも、友達さえもなっていないのに惚れるなんてありえねえだろ? ……まあ、あの時の記憶を見ているとガチで惚れていたんだろうな」


 俺がそう言うと大五郎は苦い顔をした。


 ――ずっと好きだった。


 思い出を見た。だけど、それは思い出だ。過去の事で今の俺じゃない。

 その想いは黒い何かと一緒にどこかへ行ってしまったんだ。

 好きになるってどんな感じなんだろう? 過去の俺は何を考えていたんだろ?



 足音が聞こえて来た。


「……む、むざじ……、ひ、っぐっ……、わ、私……」


「バ、バカ!? なんで出てくるんだ、日向さん!?」


 そっか、大五郎は日向に話を聞かせたかったんだな。俺の偽りの無い気持ちを。

 ったく、回りくどい奴らだな。大五郎もきっと良い奴なんだろう、気に食わないけどな。


 俺は何か言おうとしたけど、日向の雰囲気に押されて何も言えなかった。

 なんだ? 口元だけははっきりと見える。綺麗な唇は震えている。泣いているのか鼻水なのか、ぐしゃぐしゃであった。


 鼻水が出ていて日向は気にせず俺の胸ぐらを両手で掴んだ。



「――――もう、思いだしゃなくても……、もう今さら手遅れだがら……。武蔵が無事だったなら、ぞれで……、いいの。わ、わだしを助けてくれて、ありがどう……。だがら……、げんぎで、いてね……」


 ったく、鼻水でてんじゃねえかよ。多分可愛い顔してんのに台無しだろ?

 俺はポッケからハンカチを取り出す。……あれ? これって誰かに貰ったやつだ……。


「ふげ……? ぞ、ぞのはんがちは……わ、わだしが、小学校のどきに……」


 俺がそのハンカチで日向の顔をグリグリと拭く。

 日向はぶほぶほ言いながら悶苦しむ。


 ははっ、なんだ、こんなもんじゃねえか。

 頭が痛いけど、耐えられる痛さだ。問題ないぜ。


『武蔵? ふーん、じゃあ一緒におままごとしようか?』

『ちょっと男子ー、武蔵とも仲良くしてあげてよ』

『はい、これプレゼントよ。……マ、ママが勝手に選んだだけよ』

『あば!? べ、別にあんたの事好きなわけじゃないわよ!?』

『ふ、ふーん、後輩ちゃんね。ま、まあ大人の余裕? 別に遊びに行っていいわよ』

『あ、あれ? ぐ、偶然だね。べ、別にあんたの事を心配して付けていたわけじゃないわ』

『……誤解、解けるといいね? うん? へ!? わ、私がいればいいって……、うぅ……そ、それって、こ、告白……』

『うん、武蔵の歌を聞いてるのが一番好きなんだ。……べ、別にあんたが好きじゃないわよ!!』

『違う!! 武蔵はそんな事しないもん! 私は武蔵を信じる!!』

『武蔵、一緒に学校行こ! えへへ、これからもずっと一緒だといいね』



 俺は、いま、初めて日向の名前、存在を――しっかりと心に刻みつけた。




「ったくよ、手遅れなんかじゃねえよ。――日向、イチから友達になればいいじゃねえか。ほら、行こうぜ。ついでに大五郎(仮)もな」




 俺が笑いかけると日向は再び泣いてしまった――

 終わりじゃねえんだよ。これから始まればいいんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る