あまみやに気がついた

「はあ〜、九頭龍君が元気になって良かった〜。……ま、また抱きしめちゃってごめんなさい」


 散々泣き散らかした俺は、心も落ち着いて改めて小池さんと一緒に登校することになった。

 まったく恥ずかしい限りだ。女の子の前で涙を見せるなんて……。


「い、いや、ぶっちゃけすごく嬉しかった。……こ、小池さん、可愛いから……」


「も、もう! 九頭竜君ったら……。あっ、そうだ、九頭龍君、今度の文化祭は何をするの?」


 小池さんは照れくさそうに話題を変える。うん、今朝は早く登校して良かった。

 この時間なら学校の生徒がほとんどいないし、小池さんに会えたし。


 小池さんは俺に何があったか聞いてこなかった。

 ただ、笑顔で俺と話してくれる。

 すごいな、この娘は。夏休みで努力しまくったんだろうな。

 痩せて、髪型も変わって、おしゃれになって……。肌なんてプルプルだ。

 小池さんの身体は柔らかくて包容力が半端なかった。


「でね、うちはメイド喫茶をするみたいで――」

「なに? マジか!? 小池さんがメイドになるのか!! それは……、見てみたい、かも」


 小池さんは自分では自覚していないけど、可愛いんだよ。


「あわわっ、わ、私は恥ずかしいからご飯を作る係になるつもりだよ!? そ、それに私まだ太っているし」

「む、それは残念だな。ていうか、小池さんは太ってない。むしろ理想的なスタイルだ」

「う、うぅ……、ママのご飯が美味しくて……、運動するとパクパク食べちゃうんだ」

「羨ましい限りだ。うちは俺も親父も料理が苦手でな」

「……お父様? ……そっか、うん……」


 小池さんは何やら少し考えてから俺に告げた。


「こ、こ、こ、こ、今度ね、わ、わ、私のおうちで、お、お食事会しませんか?」

「ちょ、敬語になってるぞ」

「だ、だって、恥ずかしくて……。ママが命の恩人をおうちへ絶対にお誘いしなさいって。そ、それにこんなに長時間、異性と喋ったのが九頭竜君が初めてで――」


 優しい家庭なんだな。ていうか、さっき小池さんが歌っていた歌はお母さんが作ったんだよな? ……少し気になる。あれは……プロの仕業だろ。親父が好きそうな歌だな。


「……わかった。お呼ばれされるぜ。ご飯、超楽しみにしてるぞ」


 小池さんは小さくガッツポーズをする。

 そんな姿が微笑ましくて、今朝の出来事を――忘れ――


 ―――ていない。


 あの時の記憶が脳内にこびりついている。思い出そうとしても頭が痛くならなかった。

 俺は思わず吐息を吐いて、小池さんの手を取った。


「ひゃい!? く、九頭竜君!?」

「わりい、どうしても小池さんを感じたかったんだ」


 なんだその馬鹿なセリフは? 自分の口から出たとは思えなかった……。


「バカバカっ……恥ずかしいよ」

「ぐほっ!? ちょ、腹筋を突き破るって……」


 ……こ、この娘は俺にとって特別な存在になる、この時俺はそう思った。







 小池さんと学校で別れた後、俺は朝のHRが始まるまで一人で過ごしたかった。

 色々考えたいこともある。

 この学校にはテラスなんて大層なものがある。机と椅子が置いてあり、生徒たちの憩いの場になっていた。

 昼休みは満席だけど、朝は比較的空いている。

 俺はテラスへと向かった。





 テラスへ向かう途中に、廊下で昨日のベンチで出会った女の子、あまみやさんとすれ違った。

 あまみやさんは朝練をした後なのか、ジャージ姿であった。部活仲間なのか女友達と一緒である。

 俺と目が合うと、軽く会釈をする。女友達は嫌そうな顔をしている。知るかよ。


「よう、昨日ぶりだな」


 あまみやさんは唇を噛み締めながら息を吐く。

 少し顔が赤い。……風邪引いてんのか?


「……うん、私、今、再認識した。……九頭龍武蔵。私はどんな事があろうとお前を待っている。……そう決めたんだ」


 なんだか清々しい顔である。

 まあ誰かわからねえけどな……。昨日の別れ際からあまみやさんの目だけ認識できる。

 隣にいる女の子があまみやさんの袖を引っ張る。


「ちょ、優子、あんまり関わらない方が――」


 あまり俺と関わってほしくないみたいであった。


「じゃあな」


「う、ん、またね……、やっ、ちょっと待ってくれ。お、お前、なんであの歌を知っていたのだ? あれはまだ配信前で――」


 くっそっ!? やっぱバレたじゃねえかよ!


 しかし、なんだって目元しか見えねえけど、スッキリした顔だったな。

 眼力が半端なかった。

 ていうか、昨日はツンツンしてたのに今日は随分としおらしく……。

 あまみやさんは友達に急かされていたけど、動こうとしない。マジでどうしよう――





「――――っつ」


 突然、頭痛が襲いかかってきた。今朝と同じだ――

 フラッシュバックのように映像が映し出される。




 女友達が俺の横にいた。

 女友達はいつも無愛想な面をしていたけど、笑うと可愛いんだ。

 俺はそれを見るのが大好きであった。

 歌が大好きで漫画もアニメも好き。クールな見た目からは想像も出来ない。

 陸上に青春をかけていた。

 俺はそれを応援したかった。


『なんだ、九頭竜、私のアイスはやらんぞ』

『わ、わわ、そ、それは私の食べかけで……、くっ、い、今更だ。わ、私と九頭竜との仲だ』

『ん? 歌の配信? ああ、ハム助が最近のイチオシだ。ど、どうした変な顔をしているぞ!?』

『う、うぅ、ま、まさか転んで足を怪我するとは……。おい、九頭竜、お、おぶわれるのは恥ずかしいぞ……。でも……まあいいか』

『九頭龍っ……、わ、私の誕生日覚えてくれていたのか……。あ、ありがとう……』

『こ、これ受け取ってくれ。きょ、今日はバレンタインデーだろ? あれだ、義理チョコというやつだ!! ほらっ!!』

『お前は全く……、安心しろ、何があっても私とお前は親友だ』


 大事な親友であった。

 そんな親友を――


『へへっ、マネージャーの次は雨宮だな』

『ああ、あいつ生意気だからな。なーに、写真でも取れば言うこと聞くだろ』

『俺タイプだったんだ。じゃ、今日は前哨戦ってことで――、うおぉ!? な、なんだ九頭竜――』

『んだ、てめえ、邪魔だ。消えろ。……あん、やめろだと? 口答えすんのか?』

『よーし、ちょっとそこに立て、教育してやるよ』


 守りたかった。どんな事をしても傷つけたくなかった。

 誤解なんて受けてもいい。だけど、このクズどもは――生きてる価値はない。



 殴られた俺は、気がつくと先輩の頭を掴んで地面に叩きつけていた。

『うぐっ……、血が……、血が出てる……』

『お、おいっ、てめえっ――がっ……』

『はっ、お、俺達が何したんだよ!? お、お前に迷惑かけてねえだろ!?』


 吐き気がしそうな程の言い訳であった。

 身体が勝手に動く。プロレスラーのヤスコさんから教わった動きが止まらない。

 ――止められなかった。親友を傷つけようとするやつは許せなかった。




 顧問が駆けつけた時はひどい惨状が出来上がっていた。普通の喧嘩の範疇を超えていた。だけど、これでも物足りないほどである。


『――俺は間違ってねえわ』


 親友が俺に向かって罵倒していたけど――、俺は心の中で安堵した。

 これで、もう、大丈夫。

 そんな事を考えていてる自分が悲しかった。

 もっと普通に生きたかった。体中が傷だらけだ。こんな事は日常茶飯事だからだ。


『もう……二度と……顔を見せるな……』


 苦しそうに俺に言った雨宮の顔が忘れられない。

 俺と一緒にいたら、また変な事件が起きるかも知れない……。


 俺は心の中で泣きながら雨宮に『さよなら』と告げていた――







「お、おい、また顔色が悪いぞ!? ほ、保健室へ一緒に行くか? 歩けるか?」


 深呼吸を大きくする。

 意識が現実に舞い戻る。良いことも嫌な事も全て包み込んだ思い出。

 ――なんだよ、雨宮が、くそ優しいから忘れてたくねえんだよ。


 俺は知らずに歌を口ずさんでいた。それは今朝聞いた小池さんの子守唄。

 あれを歌うと頭痛が収まる。今朝の小池さんの優しさが心を包む。

 段々と心も落ち着いてきた。


「……や、やっぱり、その声……。い、いや、そんな事はいまはどうでもいい。保健室へ――」


 んあ? あまみやの顔が……、鼻も見えてきた。綺麗な形してんな。

 それに、あまみやの温かい気持ちが伝わってくる。


「……もう大丈夫だ。雨宮。まだよくわかんねーけど。またな! 俺はテラスで寝てるわ!」

「え……、九頭竜……」


 俺はテラスへ向かって歩き出した。雨宮も友達に手を引かれて歩き出す。

 今は別々の方向だ。だけど――

 きっと、いつか向かう先は同じ方向に変わるような気がしてきた。



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