第35話 科学的に正しい健康的な痩せ方

「今回のお悩みはスカシユリさんからです。『痩せたい! 痩せたい! 痩せたい!』というのとで、大変熱烈な相談を受けました」

 ある日の放課後。

 雑談部の部室では桔梗が相談者の悩みを熱弁していた。

「痩せたいなら、痩せればいいじゃない」

 気持ちの入った小芝居は華薔薇には届かず、素っ気ない返事で終わる。

「それなんてアントワネットだよ。いつから華薔薇はマリーさんになったんだよ」

 パンがなければケーキを食べればいいじゃない、確かに構成だけ見ると同じリズムである。華薔薇は狙っての行動ではない。

「誰がフランツ1世とマリア・テレジアの娘でフランス国王ルイ16世に嫁いだマリー=アントワネット=ジョゼフ=ジャンヌ・ド・アプスブール=ロレーヌよ」

「詳しいな! ってかマリー・アントワネットの名前ってそんなに長かったのか」

 オーストリアの王女で、フランスの国妃である。称号や家名があり、長いのも仕方ない。

「そんな長い名前を覚えてるなんて、もしかして華薔薇ってマリー・アントワネットが好きなのか?」

「まぁ、好きか嫌いかで言えば、好きね」

「ええー、あの悪女として名高いからシンパシーを感じるのか。うん、納得だ」

 華薔薇がマリー・アントワネットを好きなのは桔梗の想像とは違う。

 単身オーストリアからフランスにやって来て、文化や風習が違うなか、努力していた姿に敬意を払っているのだ。

 決して桔梗が考える短絡的な理由ではない。

「マリー・アントワネットも面白い人生を送ったみたいよ。自由に育ったオーストリア時代、宮廷でのデュ・バリー夫人との対立、子供を生んでからの変貌、ギロチン処刑までの一連の話は読み物として面白いわよ。歴史の授業で数行で終わらされるのがもったいないくらいよ」

 人に歴史あり。教科書に乗る人物は得てして数奇な人生を送っている。調べると意外な発見が多々出てくる。

 教科書で教えない史実に歴史の面白さは詰まっている。

「分かった分かった。マリー・アントワネットのことは横に置いて、スカシユリの相談だよ。痩せたいんだって」

「はぁ、痩せたいなら簡単よ。食事を変える、運動をする、睡眠をたっぷり取る、以上」

「それは分かるけど、それができないから苦労するんだろ。もっと具体的な方法が知りたいんだよ」

 痩せたいなら、食事を減らしたらいいのは分かっても、どんな食事を減らして、どんな食材を摂ればいいかは分からない。

「そんなにお望みなら、痩せる方法について雑談しましょう。でも、今日の雑談で得られるものはないわよ」

「そんなことはないだろ。痩せるための方法だろ。全人類が知りたいに決まってる」

「だって、今からする雑談は当たり前のことしか雑談できないもの」

 今回の華薔薇は乗り気ではない。痩せる方法はメディアで散々報じられている。健康的な生活を送るための確認でしかない。

 新たな発見がなさそうな内容に、こんな日もあるか、と華薔薇は割り切るのだった。


「それじゃあ、ダイエットで一番必要な食事から雑談しましょうか。食事によるダイエットの種類は数々あるけど、低脂肪食、高タンパク質、カロリー制限、糖質制限などね。桔梗はどのダイエットが効果的か知ってる?」

「うーん、どれだろ? 俺がよく耳にするのはカロリー制限かな。いや糖質制限も効きそうな感じがする」

「正解は、どれも一緒よ。カロリーさえ減らせば、人の体重は減るわ。どんなダイエットでも一定期間続けたら効果があるのよ。どの方法でも体脂肪は減るけど、減る量に違いはない」

 有名なダイエット法は効果が確認させている。だが、どれもこれも効果に大して差はない。

「それじゃあ、巷に溢れているダイエットはどれを選んでもいいの?」

「好き嫌いや合う合わないで選んで構わない。どれでも体脂肪が減るもの」

「そりゃ朗報だ。どれでもいいなら、選びたい放題だ」

 ダイエット法に優劣はない。何を選んでも同じなら、流行のダイエット法を試さなくていい。自分に合った方法を続けるだけでいい。

「選びたい放題ね。でも、それは続けないと意味がない。どんなダイエットも辞めて、2ヶ月から3ヶ月もすれば体重は元通り。また、同じことを繰り返す」

 どんなダイエット法でも体脂肪が減るのは間違いないが、辞めた次の日からどんどん元の体重に戻っていく。

 ダイエットはいかに無理せず、永遠に続けられるかが問題だ。

「人の体には体重を維持する機能が備わっているの。太っている人が痩せて、痩せ体型に適応するのにどれくらい時間がかかると思う?」

「へぇー、体重を維持する機能か、面白い。でも、人って結構すぐに慣れるよな。だから1ヶ月……は早いから、2ヶ月くらいじゃないか?」

「残念、大外れ。正解は1年よ。つまり、太っている人が痩せても、痩せている状態を1年継続しないと、元の体重に戻る。これがリバウンドの正体」

 体が適応する前にダイエットをやめてしまえば、体重が戻るので、何度もダイエットする羽目になる。

「そういうことだったんだ。ダイエット、ダイエットってうるさい人は一時的に痩せて、そこで止めちゃうからリバウンドするのか」

「1ヶ月か2ヶ月我慢したら痩せてハッピー、そして満足して終わるとリバウンドは確定ね。体重の基準が高いままだから、体の機能で勝手に元に戻る」

「体重戻っちゃんだ。そりゃ、辛いな。……あれっ、ちょっと待って、人の体には体重の基準があるなら、なんで太るんだ? もしかして、太る時は基準がすぐに上がるようになっているのか?」

 ダイエットをやめたら体重が戻るように、過食をやめたら人の体重は戻る。つまり、食べ過ぎても簡単には体重の基準は上がらない。

「桔梗にしては、目の付け所が悪くない。そうよ、人の体は元々太らないようにできている。これは実験でも確認されている」

 1966年、バーモント大学の研究。

 バーモント刑務所の協力を受け、受刑者に1日1万kcalの食事を食べさせた。参加者の体重はおよそ15%から25%増えたところでストップした。

 同じように食べ続けても体重は増えなかった。

 さらに、実験が終了すると、参加者の体重はすぐに元に戻ったのである。

 体重の基準が上がってなければ、体重が戻ることを明らかにした。

「おかしくないか、人が太らないようにできているなら、どうしてデブがこの世に存在するんだよ」

「それは至って簡単よ。デブの正体は加工食品よ」

「えっ、加工食品。あの、安くて、美味くて、簡単に食べれる奴」

「加工食品が登場したのは人類の歴史からすると、つい最近のこと。人の体も脳も加工食品に抵抗する力は備わっていない」

 糖分に中毒性があるのは周知の事実。食品メーカーは一つでもたくさん商品を売るために糖分、脂肪分、塩分が入った製品を作る。

 研究の成果が詰まった食品に人間の理性は抗えない。たくさん食べていれば、大量の糖分に脳は対応できず、バグってしまう。

 このバグこそが、体重が増える原因だ。

「逆に言えば加工食品を食べなかったら、標準体型になる。たとえ、少しくらい多く食べてもね」

 脳が正常に活動すれば、体重の基準も正常になる。太りすぎず痩せすぎない体に勝手に調整される。

「マジで!? 加工食品食べないだけで、標準体型になれるって、普通にすごいな。しかも食事制限なし」

 実験でも確認されており、肥満気味の男女に加工食品を徹底的に減らしてもらう。

 すると1日の摂取カロリーが減り、体脂肪も減っていた。実験の参加者は特に空腹感は感じなかった。

 食事の内容を変えただけで、勝手に体重が減ったのである。

「加工食品を食わないだけでいいって滅茶苦茶楽じゃん。好きなだけ食べてもいいんだろ」

「本当に好きなだけ食べたら、流石に太る可能性は捨てきれない。でも、実験では意識せずに自然と摂取カロリーが減ったから、食べすぎることもないでしょう」

 大昔の人が太っていないのは、単に食料不足が原因ではない。加工食品を食べないので、体重が常に標準で維持されていた。

「今日から俺も加工食品を減らすぜ。で、何を食べたらいいの?」

 一目で分かる加工食品もあれば、一見自然由来の食品もある。桔梗にはどれが食べてよくて、どれがダメかの判別はできない。

「お菓子の類ば基本的に全部アウト。ポテトチップス、ケーキ、ドーナツ、チョコレートなんかはダメ。カップ麺や冷凍食品のような一手間で食べられる食品もダメ」

「うーん、やっぱりカップ麺とかお菓子はダメだよな。知ってた」

 いくら桔梗といえど、カップ麺やお菓子が加工食品であることは理解している。健康的な食生活を送るには早々に切り捨てられる。

「ゆで卵、冷凍野菜、フルーツ、サラダは大丈夫よ」

「そのラインナップで何を楽しめと?」

「他にも大丈夫な食品は多いわよ。食材の元の形が分かるものについては大丈夫。食べやすいようにカットされただけの食品も大丈夫よ」

 他にも100年前の人が食べていたか考えるのも一つの手段だ。缶詰のような保存食品はあっても、化学調味料で味や見た目を整える技術はない。

 加工食品が誕生する前に食べている姿を想像できるなら、基準を満たしている。

「形が残ってたら大丈夫か。野菜ジュースとかはどうなの?」

「野菜ジュースはダメね。食物繊維が抜けてて、糖分が足されている。自分で野生をジューサーにかけるなら問題ないけど、パックやペットボトルで売られているのはダメよ」

 野菜ジュースを飲んでいるから大丈夫という主張はまかり通らない。むしろ糖分の過剰摂取を引き起こす。

 野菜ジュースでは野菜不足は補えない。

「そんなぁ」

「情けない声を出さない。野菜ジュースなんて甘いだけの水よ。世界にはもっと美味しい料理がある。野菜ジュースは飲む必要はない」

 世界には何百何千種類の野菜や果物がある。不健康になるジュースより、瑞々しくて美味しい食べ物はいくらでもある。野菜ジュースの代わりになる食材を探せばいい。

「とほほ、だせ。じゃあ、何を食べればいいんだよ?」

「特に摂りたいのはタンパク質、脂質、炭水化物よ」

「あっ、意外に普通だ」

 タンパク質、脂質、炭水化物は三大栄養素と呼ばれ、人間の体になくてはならない栄養素。

 基本を押さえておけば、変なことにはならない。

「タンパク質でオススメの食材は天然の魚介類が一番。次に牧草で育ったウシ、ヒツジ、ヤギのお肉」

 魚に含まれるオメガ3脂肪酸は細胞の炎症を防ぎ、肉体を若返らせる作用がある。積極的に食べたい食材だ。

「魚も肉もオッケーなんだ。肉って体に悪いイメージがあったけど、大丈夫ならよかった」

「お肉も自然に近い環境で育った動物限定よ。たとえ、自然に近い環境で育っても加工されて、ハムやソーセージに変貌したらダメだし。油で揚げる調理法はやめた方がいい。焼くのもできるなら避けたいわ」

 肉にはAGEs(終末糖化産物)という老化を促す物質が含まれている。高熱に晒されると余計に増えてしまう。

 対策としては低温調理にする。もしくはマリネ液につける。するとAGEsが半分に減って、発がん性物質も9割以上減ったとのこと。

 お肉は選び方と食べ方次第で健康を促進する優良食材である。

「地鶏や放牧で育った豚も大丈夫だし、卵も大丈夫」

「そう聞くと、案外食べられる食材は多いな」

 魚、貝、肉、卵、十分にローテーションを組めるだけのバリエーションはある。

 加工食品が食べられないから悲観する理由はない。

「次に脂質なんだけど、要は油ね。ココナッツオイル、MCT、放牧牛の牛脂、オーガニックバター、マカダミアナッツオイル、エキストラバージンオリーブオイル、アボカドオイル、亜麻仁油なんかは大丈夫よ。逆にダメなのはスーパーで大量に売っている油ね。あれは安いけど、不健康の極みよ」

「ふむふむ、油か。その油って直接飲むのか?」

「いや、飲まないわよ。料理する時に使うだけ。油は基本的に魚や卵を食べていれば十分よ」

 良質な油は健康や美容にいいことが確認されている。積極的に摂りたいが、直接飲むものでもない。そこまですると、脂質の摂りすぎである。

 対して市販のサラダ油やキャノーラ油は店頭に並んでいる時点で酸化しているケースがある。

 マウスを使った実験では、キャノーラ油たっぷりの食事でワーキングメモリの機能が低下した研究がある。

 人とマウスでは同列には語れないが、キャノーラ油は控えた方がいいだろう。

「最後に炭水化物はでオススメの食材は、葉物野菜全部、サツマイモ、ジャガイモ、サトイモ、レンコン、カボチャ、ニンジン、タマネギ、ベリー類、フルーツ全般ね」

「芋とかベリーとか野菜とか、色々あるな。これなら食べるものに困らないな」

 ビタミンとミネラルが多い食材がオススメの食材である。

 野菜全般はどれを食べても大丈夫なので、積極的に摂りたい。

 糖質が気になる根菜類も気にする必要はない。

 ニンジンやイモはカロリーが高いが、ビタミンや栄養素が豊富なので食べても問題ない。

 フルーツは食物繊維とポリフェノールが豊富なので、腸内環境を整える効果とアンチエイジングを期待できる。

「あ、あれっ、炭水化物の代表の米やパンは入ってない!? もしかして主食はアウトなのか?」

「全粒粉のパンは比較的大丈夫だけど、他のものについては良くも悪くもない、ってところかしら。悪くはないけど、積極的にオススメはできないのが私の意見ね。食べたいなら食べればいいんじゃない、が私の率直な意見よ」

 パンや米が殊更体に悪いこともない。だが、野菜や芋に比べたら栄養面は一段落ちる。華薔薇としては積極的に摂る理由がない。

 気分によって食べることはあっても、毎日食べようと思わない。

「パンと米がダメかと焦ったぜ。とりあえず食べても大丈夫なんだな。よかったよかった」

 パンも米もよく口にする食材。これらを封じられたら、食の楽しみが大きく減じるのは間違いない。

「食事についてはこんなものね。加工食品を食べない。自然の魚や肉を食べる。野菜や芋、フルーツを食べる。料理をする時は良質な油を使う」

「いやー、いっぱい食べれるものがあるな。でも、問題が一点ある」

「何?」

「俺は料理ができない」

 野菜やフルーツはそのままでも食べられるが、加工食品でない肉、魚、芋は調理が必要。加工食品ばっかりを食べていれば、料理スキルが身につかない。

 華薔薇には預かり知らぬことである。


「次に睡眠ね。睡眠不足はとにかく太りやすい体の原因ね。睡眠不足だと食欲が暴走しちゃうのよ。これは睡眠不足でホルモンのバランスが崩れるからね。だった1日の睡眠不足でも起こるわ」

「1日でっ!?」

 ホルモンバランスの崩れは1回の睡眠不足で発生する。寝不足だと気づいたから、知らず知らずに食べすぎていないかチェックしたい。

「研究によると1日4時間睡眠を5日間続けたところ、1日の摂取カロリーが20%増えたそうよ。怖いわね」

 睡眠不足になるとインスリン、コルチゾール、レプチンなどのホルモンバランスが崩れる。

 レプチンは食欲を操るホルモン、バランスが崩れるとドカ食いの原因になる。

 コルチゾールはストレスホルモンと呼ばれる。ストレスが増えれば、やけ食いする人も多いだろう。

 インスリンは血糖値の上昇を防いでくれたり、食べすぎを防いでくれる。

「うーん、気にしたことなかったけど、ゲームで徹夜した後は俺も食べる量が増えてたのかな?」

「増えていたでしょうね。それに睡眠不足は他にも様々なデメリットがある。だから、夜になったらさっさと寝なさい」

 睡眠不足のデメリットは、炎症が増えるので寿命が縮む、肌のターンオーバーが行われないので肌が衰える、幸福感が減るのでプレッシャーに弱くなる、リスクを取る傾向が強くなるので失敗しやすい、など。

 睡眠不足には数えきれないデメリットが存在する。

「睡眠不足に陥らないためには何をしたらいいのでしょうか?」

「特別なことはしなくていいわよ。太陽を浴びる、適度な運動、睡眠環境を整える、これくらいやってれば大丈夫よ」

「もう少し詳しくお願いしやっす」

 端的な説明を聞いて、「はい、分かりました」となるほど桔梗の頭はよくない。一を聞いて十を知ることは到底不可能だ。

 分からないことは分からないと主張し、分かる人に素直に聞くのが桔梗は

の流儀だ。

「太陽の光を浴びるとセロトニンといつ物質が分泌される。この物質は夕方頃からメラトニンという物質を作る原料なのよ。そしてメラトニンは別名、睡眠ホルモン。メラトニンの量が増えると人は眠くなるのよ」

「ほうほう、つまり、寝るための準備は既に朝から始まっているのか」

「暗くなるとメラトニンの量は増える。現代では文明の力を使えば、明るさに困らない。これも睡眠不足に影響する」

 光を浴びていると体内では朝や昼と勘違いする。そのため寝るための準備が進まない。メラトニンが作られないので眠くならず、夜更かししてしまう。

 次の日にも予定があるので、起きる時間を送らせることができない。睡眠不足で1日を過ごすことになる。

 そして睡眠不足が食欲を暴走させ、どんどん太っていく。

「朝や昼は太陽を浴びる。そして夕方からは光を減らす、特にブルーライト。ブルーライトが脳を勘違いさせる一番の原因よ」

 寝る2時間前からスマホやパソコンは使わないことが、睡眠不足を解消する一番のテクニックだ。

「さらに睡眠の質を高めたいなら、1日30分のウォーキングをすることね」

「30分か。徒歩通学にすればいいのかな?」

「問題ないわよ。通学、通勤の時間でのウォーキングでも効果はある。気をつけたいのは30分以下だと睡眠の質は上がらないこと。また、寝る3時間前までに運動は終わらせないと、逆に睡眠の質は下がる」

 睡眠を改善するには最低1日30分のウォーキング。もしくは軽いストレッチでも効果がある。

 まとまって時間を確保できない場合は合間を縫って小まめに歩くこと。合計時間が30分を越えると睡眠の質は改善する。

「運動だな。分かった、やってみる」

「室内にいる時間が長い場合はルームランナーを導入するのもありね。勉強でも仕事でも歩きながらすると効率がよくなる」

 在宅ワークをしていたり、自室で勉強する際は歩きながら行うことをオススメする華薔薇だった。

「桔梗は寝る時の部屋の温度はどれくらいがいいか知ってる?」

「へっ、部屋の温度? 気にしたことねぇな。夏はクーラーつけて、冬は暖房つけるけど、温度は見てねぇな」

「研究では16℃から20℃がベストよ。それより低くても高くても睡眠の質は下がるから、ちゃんと室温を計ることね」

 時計に温度計が付随していたり、スマホのアプリでも室温は調べられる。睡眠の質を高めるために手間を惜しんではならない。

「桔梗にもう一つ質問。部屋の音はどれくらいがベストだと思う?」

「うーん、寝る時は静かな方がいいだろ。うるさくちゃ眠れん」

「その通りね。40デシベル以下にすると眠りを妨げることはない。数字じゃ想像できないでしょうから具体的に言うと、図書館より静かにすること」

 騒音は睡眠の質を下げる大きな要因だ。できる限り静かな環境が睡眠の質を高める。

 音を吸ってくれるマットやカーテンなども売っているので、睡眠の質を改善したいなら一度チェックしよう。

「図書館より静かって結構なレベルだな」

「そうかしら? 夜中だと、アナログ時計の秒針の音が気になることもあるでしょ。意外と夜は静かよ」

「言われてみれば、そうかも。時計の音って一度気になるとずっと気になるんだよ。そのせいで俺がどれだけ睡眠不足に悩まされたか」

 手っ取り早い対策はアナログ時計を使わないこと。アナログ時計だろうとデジタル時計だろう、時間を知るのに違いはない。

 気になるなら買い換えればいい。

「後は、睡眠の改善に役立つのはサプリね。マグネシウム、メラトニン、ラベンダー、この辺りは睡眠改善に有効なデータが揃っているわ」

 サプリは通販で入手できるし、使うのも簡単。お手軽に睡眠を改善できる。一度試しても損はない。


「食事、睡眠ときたら、最後は運動ね」

「待ってました。運動はやっぱり痩せるのに必要だよな」

「運動だけでは痩せないわよ」

「……えっ!?」

「痩せる目的で運動をしても効果はそんなにない。運動で消費されるカロリーは全体の30%に満たない。食事を改善しないと体重は減らない」

 テキサス大学の研究によると、肥満の男女に12週間にわたって運動をしてもらった。この際、カロリー制限は行っていない。

 運動の内訳は筋トレを週3回、インターバルトレーニングを週2回、ハードな運動を週に6時間。

 12週間後の結果は、参加者全員にまず900gの筋肉がついた。しかし、他の結果は散々だった。体脂肪は450g減っただけで、体脂肪率は1%しか減らなかった。

「体重を減らすだけなら、食事を改善するだけで十分よ」

「それじゃあ、何で運動が大切なん?」

「運動のメリットは痩せやすい体にさせる、若返り、メンタル改善、頭をよくするなどが主な理由よ」

 健康的だと体内の機能が正常に働くので、必要以上に脂肪を溜め込んだりしない。

 メンタルが安定しているとストレスが溜まってもやけ食いに走らない。不健康な食事を摂らなければ、太ることはない。

 頭がよければ健康な食事と不健康な食事のメリットとデメリットを計算できる。

 運動そのものが直接体重を減らす要因とはならないが、間接的には運動で痩せやすい体やスリムな体型を維持するのに役立つ。

「運動のメリットは分かったけど、どれくらい運動するん?」

「睡眠の質を高めるためには1日30分のウォーキングだけど、運動のメリットを得るためには1日最低8000歩は歩きたいわ。できれば15000歩まで歩くのがオススメ」

 8000歩を歩くとなると1時間近く歩くことになる。始めたばかりはしんどいので、最初は増やせるだけに留めていい。

 慣れてきたら少しずつ増やして、最終的に毎日8000歩に到達したらいい。最初から目標を高く設定すると挫折の原因になる。

 続かない週間には何の意味もない。それくらいならやらないよりはマシと思って始めるのが肝心だ。

「歩く時間が取れないなら、座っている時間を減らすことね。勉強する時間、仕事をする時間は椅子に座らず立って作業をすること。これだけでも十分メリットがある」

 座り続けるデメリットがあまりに大きいので、立つ時間を増やすだけで飛躍的に能力が伸びる。

 小学生にスタンディングデスクで勉強させた研究では、使わなかったグループより、スタンディングデスクを使ったグループは12%も作業が進んでいた。

 コールセンターの従業員にスタンディングデスクを使用してもらったところ、1日に約1時間半立って作業した従業員は生産性が46%上昇した。

 高校生にスタンディングデスクを使ってもらった研究では、24週間で脳の実行機能やワーキングメモリが向上した。

 脳の実行機能は、時間の管理能力、大事な情報の記憶、本の内容の理解度、意見を簡潔にまとめる能力などに関係する。

「立つことについては俺はやってるな。だって雑談部には椅子がないから」

 雑談部では健康のため、集中力のためなどの理由で華薔薇はスタンディングを推奨している。そもそも椅子がないので、座りたければ地べたに直接座るしかない。

「つーか、俺もずっと立ってることに違和感がなくなったよ。たまにゲームをしてる時にも立ってるくらいだよ」

「あら、いいじゃない。座ってするより立った方が健康的だし、集中力も持続するでしょ」

「そうかも。あっという間に時間が過ぎたりしてるな」

 人は慣れる生物だ。最初は苦労するが、続けていれば、いつしか何も考えずに実行できる。

「がっつり運動したいなら、HIITをすること。30秒全力で動いて、10秒休憩する、これを最初は4分。慣れてきたら時間を増やしたり付加を上げること」

 HIITをすると健康や若返り以外にもメリットがある。それは空腹感を感じにくくなること。

 脳の報酬系と呼ばれる部位が活性化するため、食欲が減退する。逆に空腹感を感じた時に激しい運動をすると食欲がなくなる。

 間食を減らす一番の手段は激しい運動だ。短距離を全力で走ったり、階段を駆け上がったり、ジャンピングスクワットなどをすると食欲がどこかに行ってしまう。

「HIITで物足りないなら、スクワットや腕立て伏せ、ダンベルロウ、マウンテンクライマーなどの筋トレもオススメね」

「お、おぅ、いきなりはできないけど、少しずつ筋トレもやりたいな。マッチョボディを作って、モテてやるぜ」

「まっ、頑張りなさい。私は応援しないけど」

「そこは応援してくれよ」

 華薔薇には桔梗の健康度合いは関係ない。不健康な生活を送って脳にダメージを蓄積させて、脳がバグったら雑談部から切り捨てるだけだ。

 人生のためになる雑談をして一つも理解していないようなバカは雑談部には要らない。

「そうそう、運動を始めるなら活動量計をつけなさい。これなら簡単に運動量が分かるから、運動が足りているのか不足しているのか目に見える。ついでに睡眠の質も計ってくれるタイプもあるし、室温計がついているのもある。摂取カロリーが分かるウェアラブルデバイスもあるそうだし、一つあれば何でもできる」

「へぇ、そんな便利なものがあるんだ。俺も買ってみよ」

 活動量計があると運動量が可視化されるので、自分の運動の傾向が分かる。1日5000歩しか歩いていないようなら、歩く量を増やすべきだし。営業職をしていて、1日20000歩に達するようなら歩く以外の運動を増やしたりする。

 便利な道具を有効活用して生活を充実させる。


「まっ、ダイエットについての雑談はこんなものね。食事を改善して、よく眠って、適度に運動する。これ以上でも、これ以下でもない」

「改めて言われると、巷でよく言われていることの焼き回しだったな」

「焼き回し、じゃなくて焼き直しよ。吹きガラスじゃあるまいし、変な言葉は使わないように」

 はーい、と返事だけは一人前な企業統であった。

 ちなみに吹きガラスは熱で溶かしたガラスをくるくる回して成形する。

「それにしても、今日の華薔薇はずっとテンションが低かったな」

「私だって人間よ。気乗りしないこともあるわ。気乗りしなくても、最低限のことはやるわよ。これが続けるということ」

 華薔薇の雑談部の活動は既に日常に組み込まれている。疲れていても、しんどくても、楽しくても、時間がなくても、体が勝手に動く。

 健康的な生活を続けていれば、体は勝手に健康的な食材を選ぶ。また、疲れていても勝手に運動をする。

 痩せた体型が勝手に維持されるようになる。

「ふーん、そっか。やっぱり続けることは大事だな」

「そうよ、とても大事」

 少し染み入った所で、本日の雑談部の活動は終了である。

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