第14話 面白いアイデアを作り上げる技術
「今回のお悩みは動画投稿を生業にしている方からの相談です」
ある日の放課後。雑談部にて桔梗はいつもの悩み相談を読み上げる。
「……………………」
「虚しいな。反応がない」
桔梗は慣れた所作で相談内容を読み上げるが、誰からも反応が帰ってこない。
それもその筈、現在雑談部の部室には桔梗しかいない。雑談部の支配者たる華薔薇はまだ部室に顔を出していない。
「うーん、華薔薇がいないと暇だな。何かないのか?」
桔梗は改めて部室を見回すが、目ぼしいものは見当たらない。そもそも物が少ないので、殺風景ですらある。
「部室をコーディネートするよう進言すべきか。でもな却下されそうだな、『ここは雑談部よ。雑談に不要なものは置かないわ』とでも、言いそうだ」
「あら、よく理解していいるじゃない」
「うびゃらくぇっい!?」
突然背後から声をかけられた桔梗が飛び上がる。気が一際緩んでいたために腹の底から奇妙奇天烈な喚声を出してしまった。
妖怪ですら発声することが不可能な声音に、桔梗自信も未知の音域に驚く。
「とても面白い声で鳴くわね、桔梗は」
「いきなり、声をかけるなよ、心臓がエクスプロージョンするかとヒヤヒヤだぜ。それに滅茶変な声は出るしで、驚きを通り越して桃の木だぜ」
「……うまく聞き取れませんでした」
華薔薇の知性では桔梗の知性にチューニングができなかった。そのため不出来なAIスピーカーのような返しになってしまった。
「悪かった。魔が差したんだ。意味はない」
「そうだったの。桔梗もいよいよお陀仏かと思ったのに、とても残念だわ。あっ、でも、モノマネはそこそこ似ていた可能性もなきにしもあらず」
「似てたのか、似てないのか、どっちだよ」
「さあ?」
煙に巻く物言いのためモノマネが似ていたかの判別は不明のまま。ただ華薔薇はモノマネされて気分を害した様子はない。
トレーニングを積んでいけば華薔薇にお墨付きをもらえる日が来るかもしれない。
「モノマネは別にいいんだった。今回のお悩み相談だよ」
「動画投稿者の悩みだっけ? そんなもの放送作家やプロデューサーに相談しなさい。ここは雑談部、悩み相談を解決する場所ではないのよ」
「そこなんだよ。今ではなりたい職業ランキングにも、って、最初から聞いてたのかよ。だったらもっと早くに声をかけてくれよ」
華薔薇は忍者でもスパイでもない。気配を消して近づく稽古は一度も習っていない。あくまで無防備を晒していた桔梗が悪い。
それに驚いたことで新しい音域を発見できたので、悪いことだけでもない。代償に心臓の寿命を数秒捧げることになったが。
「まずは悩み相談の内容をちゃんと聞いてくれ。相談者は動画投稿を生業にしているネムノキさん。『動画投稿者として活動していますが、再生数もフォロワーも全然増えてくれません。再生数とフォロワー獲得のためあっと驚く企画をしたいのですが、その企画も思いつきません。どうか僕にアイデア力を授けて下さい』ということで、冴えない動画クリエイターを助けてやってくれ」
「向いてないんじゃない。今すぐ辞めて別の道に進むべきよ」
「情けも容赦もない、いきなり向いてないは酷いぞ。一生懸命やってんだから、応援しても罰は当たならいと思います」
酷いのはお互い様。何気に桔梗も冴えない動画クリエイターと呼称している。しかも無意識だから余計に質が悪い。
「そもそも、あっと驚く企画を投稿したら成功できるという思いが間違っている。仮にひとつの動画がバズっても、後がなければ続かない。一時的に注目を集めることは可能かもね。三日と経たずに忘れ去られるでしょうけど」
へこたれずに投稿を続けていれば、まぐれでヒットなりホームランを打つこともある。
しかし、元から一発逆転を狙っているようでは視聴者は定着しない。注目された所で偶然の場合、他の味見をしている際に見る価値がないと判断される。
視聴者を定着させるには一定の実力が必要だ。見たいという価値がないと頭の片隅にも残らないだろう。
コンテンツの消費が激しい時代では、一度チャンスを逃すと二度目のチャンスは訪れない。競争の激しい世界で生き抜くにはネムノキは向いてないと言わざるを得ない。
「動画投稿で成功したいなら、アイデアの前に分析やベンチマークテストをした方がいいんじゃない」
分析で成功の保証もできないが、闇雲にやるよりは幾分可能性が上がる。
「厳しい世界なんだから、俺たちくらいは優しい言葉をかけてやろうよ」
「自分で選んだ道でしょ。泣き言を言うくらいなら、スパッと辞めるべきよ。しがみついても得られるものは何もないでしょ」
夢を追うのは勝手だが、夢を見すぎるのは迷惑だ。溜まったツケは必ず払わなくてはならない。当人が支払うなら自業自得だが、誰かに皺寄せが向かうのなら傷が浅い内に辞めるのもひとつの手だ。
「それじゃあ、夢がない。若いんだから、もっと夢を持とうよ」
「私は夢を持つことは賛成よ。身の程知らずな夢を持つのが反対なのよ」
大それた夢でも道筋をはっきりと見据えているなら堅実な夢だ。対して些細な夢でも何も考えていないのなら、それは夢に夢を見ているだけ。
「でも、まあ、少しくらいは雑談してもいいでしょう。アイデア力をつけて損することはないのだし」
「おお、それじゃあ。今日の雑談はアイデアについてか」
なんだかんだで華薔薇は桔梗の持ってきた相談にまつわる雑談をする。
「アイデアというと、一部の才能のある人間の特権だから、凡人には新しいアイデアを生み出すことはできない。なんてバカな考えを持つ人もいるようだけど」
「それ、俺です。アイデアなんて俺とは無縁だよ」
新しいアイデアを思いつくのは天才の特権と思うのは自分が素晴らしいアイデアを思いついた経験がないからだ。
アイデアは練習したら誰でもできるテクニックでありスキルである。凡人は練習をしてことがないから、できないと思ってしまう。訓練さえ積めば間欠泉のようにアイデアは定期的に湧く。さらに進めば源泉かけ流しの温泉のようにアイデアが溢れて止まらなくなる。
全ては知っていて、実践しているかの違いしかない。
「新しいアイデアとは、ただの既存の知識の組み合わせでしかないの」
「……知識の……組み合わせ。パズルみたいに嵌め込むのか?」
理解に苦しむ桔梗はなんとか自分の言葉で納得しようと奮闘するが、いまいち腑に落ちていない。これでは逆立ちしてもわからないので、華薔薇が具体例を交えて話す。
「とても便利なスマートフォンは色々と画期的に思えるかもしれないけど、全て既存のシステムを足していった結果よ。まず始めに固定電話から小型化した携帯電話が誕生した」
使いやすいように小型化するアイデアは何も目新しくない。技術的な問題を横にすれば、誰もが思いつく。
「携帯電話に次に足されたのはメール。そして音楽プレーヤー、さらにカメラ機能も足された。これら全て既存の技術よ」
文字を送る機能、携帯音楽プレーヤー、デジタルカメラのどれも既存の技術だ。携帯電話に組み込むために開発されたのではなく、元からあった技術を後から携帯電話に組み込んだのだ。
「そしてタッチパネルの技術が追加されたことで、携帯電話はスマートフォンへ進化した」
「元々別の技術を組み合わせることで、別のもっといいものを作ったってことか。つまり、美味しいカレーと美味しいトンカツを合わせて滅茶苦茶美味しいカツカレーにしたんだな」
「まあ、そうね」
カツカレーの考え方は華薔薇の例と同じだ。間違っていないが、納得しがたい例であったため華薔薇は気のない返事であった。
「所詮アイデアは既存の知識の組み合わせ、だからアイデアを思いつくにはまず始めにするのはーー」
「するのは」
「知識を集めること」
知識を10しか持たない人と100持っている人では組み合わせの量が桁違いだ。
仮に所持している知識からふたつを取り出して組み合わせる場合、前者は90通りに対して後者は9000通りになる。知識の量は10倍でも、組み合わせの量は100倍になる。
いかに元の知識量が大事かがわかる。
「やっぱ知的労働には知識は不可欠だよな。ちなみに知識の集め方は?」
「基本は新聞やニュース、雑誌、読書。他には普段関わりのない人との会話」
各種メディアから情報収集は基本だが、弱点がある。それは同じものしか見ないから内容が偏るということだ。能動的に情報を集めないと、同じものか似たものしか目に入らない。目的でもなければ、ルーティーンの繰り返しだ。
効率においてはルーティーンは最強だが、多用な情報に触れるには邪魔になる。
「目的なんてそうそうないから、普段から異質な情報を集めるにはカラーバス効果が利用できる」
「カラーバス効果? ラッピングカーでも見つけるのか」
「車のバスじゃないわ。busじゃなくてbath、つまり色を浴びるという意味ね。簡単に説明すると、自分が気にしている情報は自ずと目に飛び込んでくる。人は自分が見たいものに意識を向ける傾向があるの」
今日は赤色と決めて、赤色に意識が向くようにすると通学中、授業中、休み時間、いずれも赤色のものを探してしまう。
普段なら見逃す赤色を発見できるようになる。たとえば看板の赤文字、通路にある赤色のランプ、赤色の文房具などだ。
「普段は気にしない赤色のものが目に留まるのか。なら、曜日ごとに色を決めたら毎日新しい情報に触れるのか。画期的だな」
「カラーバス効果は色以外でも有効よ。丸い形に四角いフォルムなんかの形状に注目したり、、ファミレスやデパートといった場所で絞ったり、視覚以外の聴覚や嗅覚を意識するのも効果的よ」
注目する対象はなんでも可能だ。丸いものならボールやタイヤにフルーツや指輪などはよく目にするが、意識していればスマホのイヤホンジャックが丸いことに気づける。
場所に意識を向けると人の流れであったり、商品の配置であったり、生活に根差した知識を得られる。
音にアンテナを張り巡らせると高音、低音、愉快な音、リラックスできる音と音の種類がわかる。また車のエンジン音や紙の擦れる音など普段は聞き逃す音も知れる。
「情報は意識をするだけで、お手軽にインプットできる。大半の人は新しい情報は新聞や書籍やニュースなどからしか手に入らないと誤解している」
難儀なものね、と華薔薇は嘆息する。人生を変えるにはビジネスで成功する必要も宝くじに当選する必要もない。身近にあるちょっとした異変に気づけるかどうかだ。
「よし、じゃあ、今日の帰りはゲームに注目してみるか」
「それは普段から注目してるでしょ。意味ないから、そうね、薔薇に意識を向けなさい」
自分の頭で考えると慣れ親しんだ言葉が出てしまい、普段と変わらなくなる。いっそ辞書を適当に開いて最初に飛び込んだ単語に注目するくらいでいい。
「薔薇っ!? ぜってー帰り道には薔薇なんてないって」
「それはわからないわよ。薔薇は花の中でもとてもポピュラーよ。お店のイメージでも使われたり、庭先で育てていることもあるわ。桔梗が薔薇を見たことがないのは、今まで意識しなかったからよ。だから」
宿題ね、と華薔薇は課題を出す。次回の雑談部の際に桔梗は帰り道に見つけた薔薇関連の発表が課せられた。
「マジかよ。迂闊なこと言うんじゃなかったぜ……」
口は災いのもと。
一度口にしたら、取り戻すことはできない。雑談部の言葉の取り扱いは慎重にしないといけない。友達同士のなあなあでは済まされない。
「カラーバス効果を利用して普段接することのない情報を仕入れることができても、どう足掻いても仕入れられない情報はあるわ」
「えっ! やっぱりひとつでなんでもこなす万能なテクニックはないんだな。うん、知ってた」
「桔梗も成長しているようで何より。話を戻して、カラーバス効果は日常で利用するものだから専門的な情報は仕入れられないのよ」
カラーバス効果は日常で自分が知らない情報を仕入れるのにとても有効である。しかし、町中には専門的な情報はほとんどない。
深く込み入った知識は表舞台に登場しない。故に専門的な知識には別のアプローチが必要になる。
「専門的な知識ってどこで手に入る? 大学か、研究機関か?」
「あながち間違いではないわ。専門的な知識は知っている人に聞きに行くのが最善よ」
街中をさまよってもフェルマーの最終定理の答えは転がっていないし、アフリカーンス語を知りたければアフリカーンス語を話せる人との交流は必須だ。
「会いに行くのが難しいようなら、動画や書籍から吸収するのが次善策ね」
専門家の生の知識は値千金である。できる限り直接の交流を持つのが望ましい。
「桔梗がよくやる手口でもあるわね」
「俺が? いつ、やったんだ?」
「正に今よ。誰かの悩み相談をひっきりなしには受けて、私の元にやって来るじゃない。自分の知らないことを知っている人に聞きに行く、桔梗の行動そのまま」
私に会うための口実なら、話は変わるけど、と華薔薇は不適な笑みを浮かべる。
桔梗の言い分は困っている人を見捨てられないとのこと、なので本人の主張を信じるなら華薔薇に会う必要はない。
「人助けのために雑談部に来てるだけだ」
「なら私以外に悩み相談を解決できる知識人がいたら桔梗は私に会いに来なくなるのね。それはそれは、とても寂しいわ」
「うぐっ、いや、それは、その……だな……」
桔梗は決して華薔薇を嫌っていない。仮に新しい解答者が現れても会わないという選択肢はない。しかし素直に会いたいと言える度胸はない。思春期の高校生にはどうしても恥じらいが上に来る。
「私はこんなにも桔梗と雑談しているのに新しい女ができたら、古い女は見捨てるのね。とんだ薄情者だわ。よよよっ」
「いや見捨てないからっ! ちゃんと華薔薇とこれからも雑誌するからっ!」
とんでもない風評被害に桔梗は咄嗟に反論する。新しい人物が必ずしも女性とは限らない。
「あらそう、ありがと」
「温度差っ!」
対して華薔薇は素っ気ない。もし桔梗以上の人材を発掘したなら、華薔薇は桔梗を捨てることに抵抗はない。
華薔薇の方針は、時間が有限であるため、量を増やすより、質を高める。
あれもこれも手を出すことはしない。新しい玩具が手に入ったなら、古い玩具は捨ててしまう。
華薔薇の両手はとても小さい。乗せられるものには限りがある。
「さて、情報を手に入れたら次は広げる必要があるわ」
「……俺ってずっと振り回されるのかな」
哀愁漂う桔梗を無視して華薔薇は雑談を続ける。
「知識は溜め込むだけじゃ、アイデアにはならない。故に知識を広げたり、知識と知識を組み合わせる加工が必要になる。ここからは知識の加工についての雑談よ。心してかかりなさい」
言葉のラリーこそ雑談部たる所以。片方が一方的に喋るだけでは雑談は成立しない。桔梗が聞き役に徹してしまえば雑談部は破綻する。
「了解。俺はいつだって雑談部に真剣だい」
「最初にしないといけないのは、アイデアを出すこと。とにかく出して出して出しまくる。この時、できるできない、面白い面白くない、ということは考えない。一行のアイデアで構わないから、インプットした知識を使い倒してとにかく数を増やす」
極上のアイデアは簡単には生まれない。いきなり思い浮かぶのはとても稀有だ。通常は些細なアイデアを組み合わせたり、磨き上げることで一線を画すアイデアに昇華する。
「アイデアは頭の中で完結してはいけない。アウトプットするときは必ず、紙に書き出すこと。最低でも10は出すこと、慣れてくると30を越えることもザラよ」
「30って多いのか少ないのか、わからんな」
「30出せるようなら一人前ね。それじゃ桔梗に挑戦してもらいましょう。60秒時間をあげるから、雑談部をよくするアイデアを考えてノートに書き出しなさい。内容の是非は問わないから、自由なアイデアを期待する。それじゃあ、始めましょう。スタート」
唐突に始まるアイデア出し。いきなり始めて出るのは精々4から5個だ。10個を越えるなら才能があるかもしれない。
華薔薇も一緒にノートにアイデアを書き出していく。
「えっーと、雑談部をよくするんたよな。何がある? えーっと、あっ、人を増やす。他には、うーん、雑談雑談、言葉を勉強する。何があるんだよ、場所を変えるとか。どうしよう、何も浮かばん……場所を変えるなら時間も変えられるな。他に、他には、うーん」
桔梗は時間の限りアイデア出しに全力を傾ける。
「終了よ。桔梗の記録は4個ね。まあ普通ね」
桔梗が出したアイデアは、人を増やす、言葉を勉強する、場所を変える、時間を変える、の4個だ。
「案外出てこないんだなアイデアって」
「普段から意識してないと、都合よくはいかないわよ。ちなみに私が考えたのは、運動をしながらする、食事をしながらする、リモートでする、目隠しする、ジェスチャーを多用する、、音楽を流す、服装を変える、NGワードを設定する、使える言葉を限定する、しりとりの要素を加える、道具を使う、ご褒美を決める、罰ゲームを決める、制限時間を設ける、室温を変える、明るさを変える、壁紙を変える、パーティーグッズを置く、観葉植物を置く、こんなところね」
アイデアについて考えていれば、数はこなせるようになる。この段階では華薔薇のアイデアも価値の有無はわからない。
しかし数が多ければヒットする確率は高くなる。
「桔梗にアドバイスよ。時間や場所を変えるアイデアはいいと思うけど、もう一歩踏み込みなさい。時間なら朝、昼、晩、春夏秋冬の区分けをしなさい。これらも歴とした別のアイデアなんだから」
場所を変えるのも、教室、グラウンド、体育館、図書館、カフェ、ファストフード店、工事現場等々、場所が違えば、それは別のアイデアである。
「よくそんな、ポンポン出てくるな。まじリスペクトだわ」
「アイデアを出したら終わりじゃないわよ。出したアイデアをさらに発展させてバリエーションを増やす。転用、応用、変更、拡大、縮小、代用、置換、逆転、結合していくの」
転用、新しい使い道の模索。
応用、似たものはないか。
変更、一部の言葉を変える。
拡大、一部の言葉を大きくする。
縮小、一部の言葉を小さくする。
代用、他の言葉に代える。
置換、順番を入れ換える。
逆転、上下左右を反対にする。
結合、アイデアを合体させる。
「案外多いな。でもそれだけあったら、バリエーションを増やすのに困らなさそうだ。でも、遠いな」
天才ならともかく、極上のアイデアを生み出すにはコツコツ進めていくしかない。とにかくアイデアを出して、後から吟味するのが一番の近道だ。
「たとえば、人を増やすというアイデアにバリエーションをつけましょう。増やす人材の性別や年齢を変えてみたり。人数を変えてみたり、専門知識を持っている人を呼んだり、逆に人を減らしたりするのも有りね」
「なるほどな。人数も何人が一番盛り上がるかわからんな。教師を呼んで、専門的な雑談も有りか」
桔梗は素直に豊富なバリエーションに感心するが、まだまだアイデアは発展する。
「そもそも人にこだわる必要もあるのかどうか。動物を増やしてみるのも予測不能な反応が起こるでしょう」
「いやいやいや、動物は喋れんぞ。雑談部が雑談しなくなったら、おしまいだろ」
「ここでは内容の是非は考慮しない」
アイデアを膨らませる段階ではアイデアの内容は関係ない。実現不可能でも、出すことに意味がある。他のアイデアのヒントになるかもしれないので、どんなアイデアでも書き出す。不要なアイデアは後から篩にかけて取り除く。
「限界まで、アイデアを出したら、次はアイデアを形にしていく」
今まではアイデアというより、ネタ出し。企画として成立させるにはアイデアを形にして、誰でも理解できて使えるように構成しないとならない。
形にならないアイデアは妄想にすぎない。
「ってことは、ここから最終段階か。ぶっちゃけお腹一杯だ」
「ここまでの努力を水の泡にしたいなら、さっさとリタイアしなさい。一生こき使われる人生を送ることになるでしょう」
これからの時代、状況は刻一刻と変化する。柔軟なアイデアを持つものが勝ち組になる。言われたことしかできないようでは、勝ち抜くことは夢のまた夢。使い潰されて終わるか、使い潰されていることに気づかず終わるかだ。
「世知辛い世の中だぜ」
逆に言えば、アイデアひとつで勝ち上がれる。学歴がなくても勝ち上がるチャンスが転がっている時代だ。
「世知辛いのが嫌なら、学歴もアイデアも持ちなさい。両方持ってると最強よ」
「ですよねー」
学歴もアイデアも持つに越したことはない。両方あれば選択肢が増えるのは明白だ。
「アイデアを形にする一番の基本は5W1Hよ。WHO(誰が)、WHEN(いつ)、WHERE(どこで)、WHAT(何を)、WHY(なぜ)、HOW(どうした)、6つの疑問詞の頭文字ね」
最低限5W1Hを押さえてれば形になる。
「聞いたことがある。情報を整理するときに使うやつ」
桔梗も聞いたことがある単語だ。誰もが知っているのは使いやすい、わかりやすい、整えやすい、三拍子が揃っているためだ。
「たとえば雑談部の部員募集に使うなら、桔梗とクラスメイトが、昼休みに、混雑した食堂で、雑談部の宣伝のために、告知の雑談をする、みたいな」
「そう言われると、それっぽいな」
即席で当てはめたため内容は微妙だが、やり方としては間違っていない。
「本来なら、もっと精査して洗練させてからだけど、アイデアを纏めたら、タイトルつけて一目で理解してもらえるようにする。そうね、桔梗がさっきのアイデアにタイトルをつけなさい」
「そんなん急に言われても、華薔薇が言ったように、雑談部を知ってもらう工夫で、いいじゃん」
「却下。わかりやすいけど、一切キャッチーさがないわ。もっと心踊るタイトルにしなさい。人を惹き付ける魅力的なタイトルじゃないと、見向きもされない。もう一度、タイトルを考えなさい」
わかりやすいのは大事だが、タイトルで惹き付けないと見向きもされない。中身を見てもらうにはタイトルで興味を惹き付ける必要がある。
瞬時に情報を判断する現代において、タイトルの重要度は高い。
「うーん、雑談部宣伝計画、これだと堅いか。みんなに雑談部を知ってもらおう、わかりやすいけど物足りない。むむ、閃いた、一目でわかる雑談部、どうよ」
「悪くない。短時間ながら上出来よ」
好感触な反応に桔梗のテンションが否応なしに上がる。そこは華薔薇、単に褒めるだけでは終わらない。
「ただお喋りするだけの部活と思われたら、わざわざ入部はしてくれないでしょう。そこで雑談部のメリットも説明しないといけない。トーク力を鍛える、ボキャブラリーを豊富に、コミュ力を伸ばす、真剣な語らい、とか」
メリットがないと人間は行動しない。自分の欲しいものがない場所にわざわざ足は運ばない。
「ごもっともだ。俺もただただ駄弁る部活に興味は向かないな。華薔薇と雑談すると俺まで賢くなった気になるしな」
「実際に試していたら、本当に賢くなるわよ」
華薔薇の雑談に嘘はない。科学的な知識や経験に基づいて雑談しているから、実践して身につけたら順風満帆な人生を送れる。
とても残念なことに桔梗は、目の前に究極のお手本がいることに気づいていない。
「さて、アイデアができて、タイトルもつけた、いよいよ最後の大詰めね」
「長かった、とても長い道のりだよ。でもこれでゴールできる。さあ、教えてくれ、最後の仕上げは何だ?」
「アイデアもタイトルも全て文字情報。どんなに優れたアイデアでもイメージが浮かばないようなら、誰にも伝わらない。つまりイメージ図の作成、ビジュアライズが最後の砦」
文字よりも絵の方が圧倒的に情報量が多い。見ただけでイメージできるのはとても強い。イメージが浮かぶようなら、言葉は最低限でよくなる。それほどに絵から受け取る情報は多い。
逆にイメージが浮かばないようなら、誰にも伝わらない。アイデアをはらに練る必要がある。
「桔梗とクラスメイトが昼休みに、混雑した食堂で、雑談部の宣伝のために、告知して雑談する。桔梗はイメージか浮かぶかしら?」
「そりゃもちろん、浮かぶさ。どれも日常の延長線だしな」
「それは重畳。頭の中のイメージを書き出したら、アイデアは完成ね。……効果のほどは保証できないけど」
アイデアは一旦完成した。元のアイデアが少なかったり、アイデアを広げきれなかったり、アイデアの組み合わせを試せなかったり、タイトル候補が少なかったりと、ないない尽くしのため、とても極上のアイデアとはいかない。
実際にはもっと時間や労力をかけることで、アイデアはどんどんよくなっていく。
華薔薇の実力では、雑談とアイデアを仕上げる両立はできない。
「最後に文字をイメージに変換して終わりか。アイデアを考えるって大変なんだな。大変の一言で済ましたら悪い気がするな」
アイデアを出す苦労を知った桔梗は今後、イベントなどに参加する際は一層楽しめるだろう。
面白いイベントやつまらないイベントの裏側には人知れない苦労が隠されている。
「クリエイターと呼ばれる人種は大小の差はあれど、この苦労と常に戦っているのよ。世の中の商品のありがたみを思い知りなさい」
「たまにさ、プロの作家や芸術家がスランプに陥るって聞いて、プロなんだからちゃんとしろよ、なんて無責任なこと思ってた。こんな辛い作業を毎日やってたら、そりゃ嫌になるよな」
アイデアが無限に湧き出るなら誰も苦労しない。常に新しい情報を仕入れようにも、経験を重ねるにつれ、新鮮さは失われる。
それでも常に新しいものを生み出す人を天才と呼ぶのだろう。
「やること事態は簡単だからね。だからこそ、如実に差が出る」
アイデアは、最初にできる限りのインプット、使えそうなアイデアをとにかく書き出す、書き出したアイデアの種を広げたり、組み合わせて昇華させる。
最後に型に嵌めて形にして、イメージ図を添付する。
工程数は少ないから、量をこなした人に一番チャンスが訪れる。
「ネムノキも腐らずアイデアを出し続けたら、いずれはチャンスが訪れるかもね」
大半は結果が出る前に諦めてしまう。結果が出ないと才能がないと思うし、評価されないとモチベーションも低下する。
「成功するかは誰にも予測できないけど、アイデア力をマスターしたネムノキも今後敵なしだろ」
「桔梗は他人の心配をするより、自分の心配をしなくていいの?」
何かあったかな、と見に覚えのない桔梗は首を傾げる。胸に手を当てて回想しても心当たりはない。
「この鳥頭。私は桔梗に帰り道に薔薇を探す課題を出したわよ。薔薇を見つけるまで、雑談部はお預けよ」
「忘れてたぁ。そうだよ、薔薇を探さないといけないんだった。こうしちゃいられん。一分一秒も無駄にできん。俺はさっさと帰らせてもらうぞ」
思い立ったが吉日。桔梗は支度を済ませる。
「またな華薔薇」
「薔薇の報告楽しみにしているから、ちょんと証拠と一緒に提出しなさい」
挨拶もそこそこに桔梗は雑談部を後にする。
「……まったく、」
雑談部に先に来ていたかと思えば、目的を達成すれば早々に立ち去る。とんだ身勝手な部員だ。
「自己チューなんだから……」
華薔薇は自信の身勝手さを棚に上げて、桔梗を批難する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます