第12話 チームのリーダーは何をすべきか
「今回はロウバイさんからのお悩みです。『家庭科部の部長をしていますが、部員にやる気がありません。昔は誰もが目を輝かせて取り組んでいたのですが、最近は言われたからやっている感があります。いろんなことに挑戦しているのに、何故やる気がないのでしょう。部員のやる気を引き出す方法を教えてください』だそうです。人を率いるというのは大変なんだろうな」
桔梗が手紙サイズの用紙に書かれた内容を読み上げる。ここまでくると本格的にラジオのお悩み相談コーナーである。
「……」
「華薔薇?」
内容を聞いた華薔薇にひとつの疑問が浮かんだ。日輪高校に家庭科部なる部活動は存在していただろうか?
少なくとも華薔薇は日輪高校の家庭科部は知らない。神でもない人の子の華薔薇なので知らないことはある。たまたま知らなかった可能性はある。よくある部活なので見逃していた可能性も考えられる。
「……なんでもないわ。部員が従ってくれない、リーダーシップが欠落している人の相談ね。ここは雑談部、リーダーシップを学びたいなら、組織を率いたことがある人に相談しなさいな」
「オーマイガッ。それだと悩みが解決しないじゃん」
餅は餅屋。雑談部は雑談。
本格的なお悩み相談に解決策を提示できるほど、華薔薇の人生経験は深くも濃くもない。そんじょそこらの女子高生には荷が重い。
「いいこと桔梗、ここは雑談部よ。私たちにできることは雑談だけ。悩み相談を持ちかけられても力になれないの、本当に理解してる?」
「またまた、そう言っても華麗に解決してするだろ」
便利屋でもあればたちまちに解決策を提示するだろうが、雑談部ではああだこうだ雑談するしかない。
お悩み相談の解決策と相談内容に関する雑談は別物だ。
あくまで雑談部は雑談。解決策になる可能性がある話をしているだけで、決してお悩み相談に真摯に取り組んでいるわけではない。
「何を言っても無駄なようね」
華薔薇は桔梗に理解させる気はない。同じ部活動に所属しているだけの関係。手取り足取り理解させる義理はない。
人間は一度痛い目を見ないと本当の意味で理解できない。言葉で諭しても効果は薄い。まさに百聞は一見に如かずだ。
「それでは桔梗のリクエストに応えて、今回はリーダーについての雑談をしましょう」
「よっ、待ってました。華薔薇はリーダーの鑑」
華薔薇が桔梗にリーダーらしく指南した過去はない。華薔薇がリーダーとして相応しいかは未知数だ。
豊富な知識と優秀な指導者がイコールで結ばれるとは限らない。
「リーダーの最も大切な役割は進捗よ」
「進捗?」
「仕事や課題が進んでいることを実感したとき、人は満足や嬉しさ喜びを感じ、その他のポジティブな感情を得る」
達成感や自尊心も満たされ、所属しているチームをそのものを好ましく思うようになる。
「目標に向かって今日はここからここまで進んだ、という意識が大事。いくら目標を立てても、実際に目標に前進しているのがわからないと意味があるのか不信感が募るだけよ」
意味のないことを続けられる人はいない。
拷問のひとつにスコップで穴を一日中掘らせて翌日に穴を埋めさせる。穴を掘る、穴を埋めるという単純作業を繰り返す。何日も意味のない行動を繰り返させることで疲弊させ、狂わせる。
「進捗は目に見えるようにするとより効果的。作業量を数字にしてみたり、全体の進捗率を求めたり、以前と比較して少しでも進んでいることがわかればモチベーションに繋がるわ」
「それは家庭科部の内容的に難しくない? だって料理とか、掃除とかってどうやって数字にするのさ」
「簡単よ。料理なら作れるレパートリーの数に焦点を置けばいい。新しい料理を覚える度に正の字に一画ずつ足したらいい。正の字が増えやすために積極的に活動するようになるわ」
掃除ならもっと簡単だ。写真に撮ればいい。部屋が汚れている写真、片付け途中の写真、綺麗になった部屋の写真、と汚いから綺麗になる過程を写真に収めるだけで進捗を確認できる。
作業をすると確実に進むが、絶えずちょっとずつしか変化しないので進捗が確認できない。そのため作業したのに変化した感覚がなくなり、やる気が下がる。
目に見えて進捗が確認できると作業に意味があると確信できる。無駄ではない、それだけでモチベーションは湧いてくる。
「ロウバイは『昔は誰もが目を輝かせて取り組んでいた』と主張するように、何事も初めはどんどん新しいことを覚えて進捗を実感しやすい。同じように続けていると、目新しいことは減るから進捗も感じにくくなる」
家庭科部の部員も最初は何も知らないから、目に入る全てが真新しく感じる。それらをひとつひとつ習得するだけで、できることが増える。成長(進捗)を感じれるから、部員も目を輝かせていた。
残酷だが、ある程度できるようになると新しいことを覚えなくなるので、進捗は感じなくなる。特に家庭科部の知識や経験は日常生活に根差しているから、特殊な技術は必要ない。
習得した技術を以前と同じように使っていては成長はない。ただの繰り返しだ。
「家庭科部の部員がやる気がないのは、進捗が確認できない活動をしているからなのか?」
「進捗だけが問題でもなさそうよ」
組織を上手く動かすにはモチベーションは欠かせない。
進捗はモチベーションのためには最も重要と言っても過言ではないが、他にも重要な要素はある。
「ロウバイはこうも言っているは『いろんなことに挑戦しているのに』と」
「何か問題あるか? 挑戦することは悪いことじゃないだろ」
桔梗の純粋な疑問。
「挑戦そのものが悪いわけじゃない。挑戦して、新しいスキルを手に入れたり、かけがえのない経験は人生にプラスに働くでしょう」
「そうだよな」
やっぱり挑戦は大事だと再認識する桔梗。
だからこその疑問、いろんなことに挑戦している家庭科部は何が悪いのか。桔梗にはどうしても疑念が払拭できない。
「いろんなこと、が最悪よ」
「いろんなこと?」
「人間の能力には限界があるのよ。あれもこれも同時に手を出して、全てを完璧にこなすことはできない。どれもが中途半端になるし、やる気も落ちて当たり前」
挑戦は素晴らしいが、あれこれ手を出すとどれがどれだけ進んでいるかこんがらがる。どこまで進んでいるかわからないと、終わった作業を再びしてしまうことがある。無駄なことほど、モチベーションを下げる要素はない。
「それなら複数のことをやるより、ひとつに絞った方がいいのか」
「その通り。いろんなことに挑戦するのも、ひとつのことを終えてからで遅くない。ひとつひとつ着実に成果を上げて、スキルなりレパートリーなり増やしてから新しいことに挑戦する。同時進行は百害あって一利なし」
他のことに気を取られて目の前の作業に集中できなければ、効率も落ちるし満足度も減少する。
「そして明確な目標の設定がチームを一丸にさせる」
明確な目標でチームの進む道が照らさせる。不足を補い過多を分配する。
「目標が明確であればあるほど、自分のなすべきことも明確になる。問題に直面してもゴールが見えていれば、迂回だって可能よ。それに道が見えていたら、進捗も確認しやすい。まさに、いいことずくめ」
「逆に目標が曖昧だと、やるべきことがわからなくて、困っていても助けられない。作業をしてもどれだけ進んでいるか確認できない、ってことでいいのか?」
桔梗は華薔薇の言葉をそのまま真逆にした。しかしそれが大正解。
地図やコンパスを持っていても目的地がわからなければ一生たどり着けないように、ゴールは必要だ。
道に迷って助けを求めても目的地を知らなければ、右往左往する人が増えるだけ。お荷物にお荷物がぶら下がっても仕方ない。
「進んでいるのか確認できないのは、とても不毛ね」
「じゃあさ、どういった目標を設定したらいいんだ」
「まずは短期目標と長期目標のふたつを設定しなさい」
家庭科部の短期目標は料理ならレパートリーを増やす、教室全体を綺麗にする、などの一日から数日で達成できるもの。長期目標なら大会に入賞したり、研究を発表したりだ。
「料理は基礎ができているならレパートリーを増やすのに時間もかからないでしょう。教室の掃除も全体なら数日かかるものよ。そういった短期目標を毎回立てれば、部員のやる気も上がるでしょう」
短期目標なら仰々しい内容は不要だ。今日やること、もしくは今週やることと言い替えてもいい。
料理のレパートリーを増やすのに、野菜の切り方、魚の捌きかた、お肉の熟成方法を指示されても差し出がましい。
短期目標は可もなく不可もなくない内容が好ましい。
「長期目標はゴールから逆算して道筋立てればいいのよ。発表会が半年後にあるなら、一ヶ月前には内容を纏めてないといけない、三ヶ月前には必要な情報収集を終わらせる、今からできることは内容を決めることと、情報を集めること。いつまでにこれを終わらせる、いつからあれを始めるというようにしたら長期目標も達成しやすいでしょう」
「はいはい質問!」
授業参観の日に親にアピールする子供のように桔梗が挙手する。
華薔薇も教師の真似事をして、桔梗を当てる。
「では、元気のいい桔梗君」
「家庭科部に大会や発表会なんてあるの?」
「えっ!?」
予想外の質問に鳩が豆鉄砲を食ったようなマヌケな顔を晒してしまう華薔薇。だって、
「普通にあるわよ」
当たり前すぎた。
コーラを飲んだらゲップが出るっていうくらい当たり前のこと。
全国高等学校家庭クラブ連盟による全国高等学校家庭クラブ研究発表大会は料理やコンクール、被服、インテリア、などで競い合う。各校がしのぎを削る由緒ある大会だ。
「知らなんだ」
メジャーな活動ならだいたい全国大会は開催されている。有名なものだとまんが甲子園や自転車競技大会、他にもカーリング、IT、商い、書道パフォーマンス、俳句なども全国大会が開催されている。
「ともかく、家庭科部の大会なんていくらでもあるわよ。それに大会以外にもボランティアや地域のイベントに参加してもいいのよ」
目標達成において大会は必ずしも重要ではない。やり甲斐のある目標ならなんだっていい。大会の入賞はわかりやすいが、トロフィーにこだわる必要はない。
「ほへー、そんなんでやる気って出てくんだな」
「何を他人事みたいに言っているの。桔梗も大変お世話になっているでしょうが、進捗と目標に」
「えっ、いつのこと? もしかして華薔薇が俺の知らぬ間にやる気を滾らせていたのか。くっ、すまん、全然気づいてやれなくて。不甲斐ない俺をどうか許してくれ、次からは心を入れ換えよう」
「私が桔梗に? そんなわけないでしょ。首の上についてる球体が飾りじゃないのなら、有効活用しなさい。ウイルスじゃあるまいし」
桔梗が大仰な寸劇をしたならば、華薔薇は皮肉で応える。会話中にちょっとしたスパイスを加えるのも雑談の醍醐味だ。淡々と喋っているだけでは雑談も退屈になる。
「桔梗が家でよくやっていることよ」
「ふむ、家でやっていることと言えば、そう勉強か。俺は格物致知だからな」
「へぇ、桔梗が格物致知なら私も認識を改めないといけない。てっきり記問之学か下題学問だと思っていたのよ。もちろん意味は理解しているでしょ?」
「すいやせんでしたぁ」
華薔薇の前で知ったかぶりをしても刹那で化けの皮は剥がされる。最初から教えを乞うのが最善だ。無知が見栄を張ればボロが出るのも時間の問題。
格物致知は、物事の道理や本質を真に追求して、知識や学問を理解すること。
記問之学は、知識だけで何も役に立たない学問のこと。
下題学問は、うわべだけで中身が伴っていない学問のこと。
「勉強は嘘だとしても、家でやってることと言ったらゲームくらいだぞ」
「そうよ、そのゲームこそが進捗と目標を上手く活用しているのよ」
ゲームとリーダーに何が関係あるのか、と素直に疑問を浮かべる桔梗。
「ゲームは進捗をとても確認しやすいのよ。敵を倒せば経験値をもらい、レベルアップする。努力の見える化の典型よ」
ゲームのレベルアップはプレイヤーの進捗と同義だ。他にもお金を稼いで装備を新調して強くなる。この強くなる行為がゲームを攻略している、つまり進捗なのだ。
レベルアップで新しい技を覚える、クエストをクリアして道具を手に入れる、どれもこれも強くなるための布石だ。
「またゲームには短期目標と長期目標も設定されている。短期目標はダンジョンのクリアだったり、街のトラブルを解決したり、困った住人を手助けしたり、ひとつひとつはストーリーに大きな影響を与えない。でも毎回小さなゴールが設定されている。対して長期目標はゲームのエンディングね。世界を救ったり、王様になったり、一番強いトレーナーになったり」
全く目標がないゲームは存在しない。もし目標がないゲームがあるなら、それはクソゲーと呼ばれるだろう。
レベルアップ、装備集め、競争、地図や図鑑を埋める、などの目標があるからゲームは楽しい。目標を達成したら嬉しい。そして新たな目標が生まれるから、飽きることなくゲームを続けられる。逆に何もすることのないゲームは退屈だ。
「なんてこった、俺はゲームで遊んでいたんじゃない、ゲームに遊ばれていたのか」
桔梗はボケのつもりで発言したが、核心に迫っている。ゲームはあの手この手でユーザーを離さないように設計している。ありとあらゆる面白い要素ややる気を上げるシステムでユーザーを虜にしている。
ゲームには人をやる気にさせる技術がふんだんに組み込まれている。
つまり面白いゲームの戦略を真似すれば、リーダーとしても部員を率いることが可能だ。
「あれ、もしかして、ゲームのヘビーユーザーの俺は、リーダーの素質が、ある!」
「あー、かもね」
華薔薇の返事が素っ気ないのはゲームのプレイヤーと立派なゲームクリエイターに大きな関係がないからだ。
面白いゲームの戦略を分析して、言語化し、さらには他の人にも適用できるように改良して、伝えて実践してもらえないと意味がない。また効果があるとも限らず、無価値かもしれない。チームに効果が出て初めてリーダーの素質を知れる。
単なるゲーム好きでは到底立派なリーダーは不可能である。
「リーダーに相応しくなれるよう、これからもっとゲームをやってやるぜ」
「カモね」
ゲーム会社の策略にまんまと嵌まっている桔梗だった。
「今後桔梗がゲームに時間を費やして、人生を無駄にすることが決定したけど、部員のやる気を上げる方法はまだまだある」
「一言余計だ」
ゲームは悪くない。ゲームにのめり込んで寝食を忘れる生活がダメなのだ。適度な距離感で付き合えば、人生のアクセントとして生活の質が上がる
のは間違いない。
「その①、自主性を尊重する。明確な目標設定をしたところで、全てが全て設計通りの行動を強要してはいけない。目標の達成方法は各自に任せるべき」
作業手順に裁量権が与えられると人はモチベーションが上がるだけでなく、創造性も同様に上がる。
「やり方まで口出しされたら、確かにうざいな。俺には俺のやり方がある、お前に言われる筋合いはない。経験あるな」
横から口出しされて邪魔に思った経験は一度くらいはあるだろう。
「その②、資源の提供」
「資源? 鉄とか鉱石とか鋼か」
「どんな武器を作るつもりよ、ゲームじゃなくて現実の話。今回は家庭科部よ。裁縫なら布や糸やボタンやリボン、針やハサミにミシンなどの素材や道具の提供は必要不可欠」
料理なら食材に包丁、まな板、鍋、食器の他に、レシピへのアクセスが資源となる。
必要なときに必要な量が確保できないと作業が困難になる。
「何でも揃ってる環境は羨ましいな。長時間座っても疲れない椅子がほしい」
「実際には予算との兼ね合いがあるから、なんでもかんでも揃えるのは難しい」
予算がなくとも創意工夫で困難を乗りきる話には枚挙に暇がない。予算がないなら頭を使え。何も対処しないのは最悪だ。
「その③、時間を与える。ただし与えすぎは厳禁」
「えっ、どっちだよ。時間はあった方がいいの? ない方がいいの?」
「短くてもダメ、長くてもダメ。短いとプレッシャーを感じて、ストレスと不満が溜まる。モチベーションが下がるから作業も進まない」
時間が長いと余裕があるため作業の開始が遅れる。結果、締め切り間近で根を詰めることになる。
夏休みの宿題と同じで、夏休みの最初から手をつけていれば8月31日に焦らずに済む。
「時間に余裕があると人はサボるから桔梗も気をつけなさい」
「……はい」
桔梗は夏休みの宿題を最後に纏めてやる派だ。もちろん最終日を死屍累々で終え、神経をすり減らしたコンディションで登校日を迎える。
「その④、失敗と成功から学ぶ。目標達成において失敗と成功はつきものよ。失敗したら問題を分析し、同じ困難に直面した際に打ち勝つ必要がある。同じ失敗を繰り返すチームに所属したくないでしょ」
成功から得た知識と経験はモチベーションに繋がる。成功が無視されると評価されていないと感じて、モチベーションは下がる。
リーダーはどんな小さな失敗や成功も見逃してはいけない。誰でも認められたい欲求は少なからず存在するのだから。
「だったら華薔薇はもっと俺を褒めるべきだ。俺のやる気のために」
「どうして私が桔梗のやる気をブーストしないといけないの? 私は桔梗にやってほしいことなんてひとつもない。桔梗のやる気が下がっても私にはそよ風にも満たない影響しかないわよ」
「しくしく、俺っていらない子……」
華薔薇にとって桔梗はいてもいなくても問題ない存在。桔梗の代わりはいくらでもいる。
取り立てて桔梗である必要がない、そんな存在だ。
「その⑤、忖度のないアイデア交換。チームでアイデアが自由に話し合えていれば、幸せを感じるものよ」
自由に意見も言えない窮屈なチームは誰にも歓迎されない。自由な意見が保証されていれば、ミスさえ隠さず話すようになる。
「その点、雑談部はクリアしてるな。俺は遠慮とかしないし、華薔薇はズバズバものを言う……し、うん、ズバズバ言い過ぎて俺のガラスなハートはズタボロだけど。……うん、やる気のためには……仕方ないんだろうな」
桔梗の背中に哀愁が漂ってるように見えるのは気のせいだろうか。
「やる気には状況を整えるのも大事だけど、人間関係も蔑ろにしてはならない。嫌いな人と一緒にいて作業が捗るはずないもの」
「そうだな。なんだかんだ、俺も華薔薇のこと……だし」
「何か言ったかしら? 声が小さくて聞こえなかったわ。今度は大きな声で言ってくれない」
華薔薇は確かに声が小さくて聞こえなかった。ただし読唇術で口の動きを読み取り、言葉は理解していた。
「なんだっていいじゃないか。それより次に進もう。一刻も早く」
「あれあれ、顔が赤いわよ。どうしたの? 私は桔梗がさっき言ったことが聞きたいだけなのよ。とても簡単なことでしょ」
「わざとだろ」
「わざとよ」
華薔薇に目をつけられたが最後。目的を達成するまで獲物は逃がさない。桔梗は蛇に睨まれた蛙も同然だ。脱出するには華薔薇の願いを叶える以外に方法はない。
「わかったよ、わかりました。もう一度言うから、耳をかっぽじって聞けよ。すーはー、俺は華薔薇が好きだあああ!」
教室の窓を震わし、校舎全体に響き渡る大声で思いの丈をぶちまける。
「あら、ありがと。私も桔梗のことは、オモチャとして好きよ」
「オモチャかよっ!」
桔梗としては意趣返し狙いで大声の告白をしたのに、華薔薇は全く動じない。照れる姿を見れたら儲けものだったのに、むしろ変なオチをつけられる始末。
桔梗刀句。いつも空回りして、努力が報われない男だ。
「やる気を上げるための方法その⑥、尊重。部長が部員の評価を下すと、部員は尊重されていると感じる。評価がされないと信頼されていないと思うのよ。信頼のない関係で上手くいくはずがない」
尊重は人の話を真摯に聞くことでも示せる。評価が簡単に下せないようなら、相手の意見に耳を傾けることで尊重を示す。
「はいはい、俺は華薔薇に評価された覚えがないです。もしかして尊重されてません?」
「私が桔梗を評価……? していないというなら、そういうことなのでしょうね」
「がびーん」
華薔薇が桔梗を評価していなくとも、話を聞いているのは間違いない。ただし雑談部の活動の一環に含まれているのは間違いない。
「素晴らしいリーダーの素質についてはこれくらいかしら。今の雑談に気をつけて、逆のことをしなければ部長の威厳は保てる。むしろ尊敬されるでしょう」
部長としてやってはいけないのは、以下の通り。
作業内容に口出ししない。
集めた情報を伝えない。
時間を与えすぎる。
経験から何も学ばない。
意見交換をさせない。
また、チームのメンバーはリーダーの行動を見ているので、サボっていたり作業が遅いと悪い手本になる。モチベーションや意欲が低下するので気をつける必要がある。
「リーダーって大変なんだな」
「大変かもしれないけど、優れたリーダーが率いるチームは凡人リーダーのチームの何倍もの成果を上げる。苦労に見合う達成感は得られる」
凡人がリーダーだと終わる作業も終わらないし、たとえ終えてもやっつけ仕事でクオリティは最低限。
リーダーが優秀だと作業は前倒しで終えて、クオリティを上げることも可能だ。時間に余裕があり、やる気に満ち溢れている。休暇を取ることも、他のチームを手伝うこともできる。
よくも悪くもリーダーの存在はチーム全体の士気に関わる。
「リーダーの仕事はメンバーのやる気を引き上げることと言っても過言じゃない。リーダーが優秀なら現場で部員と一緒に頑張る必要はないのよ」
「ええー、でもリーダーも参加した方が手数は多くなるだろ」
「不要よ。リーダーが現場に参加して得られる手数より、環境を整えてメンバーが没頭できるようにする方がメリットは大きい。人数が多くなるほどに顕著に表れる」
没頭できる環境では当然集中力が上がる。たとえ報酬がなくともたゆまぬ努力をしてくれる。
環境ひとつでやる気も上がるのだから、リーダーの采配はかなり重要となる。
「リーダーとしてやることやってないロウバイはリーダー失格。家庭科部の部員もやる気を失うのも然もありなん」
「でもさ、これからはリーダーの役割を知ったんだから問題ないだろ」
「どうかしら? 一度失った信頼は簡単には取り戻せないわよ」
一度貼られたレッテルは強力だ。無理矢理に剥がすには抵抗が強い。時間をかけて急がず焦らずやるしかない。
意欲に燃える部長と冷めきった部員の熱量の違いは簡単に縮まらない。
「家庭科部のいざこざなんぞ、私の知ったこっちゃない」
「結局、最後は本人次第かよ」
華薔薇は雑談部として雑談した。家庭科部の部員でもなければ、立て直しを依頼されたわでもない。あくまでリーダーについての雑談をしただけ。
助ける責任はないし、手を差し出す義理もない。テレビで芸能人の不倫報道を見て、ああだこうだと感想を漏らすのと本質的には同じ。
遠い場所の騒動を外野が肴のつまみにする。
「もっと困っている人に助け船を出してもバチは当たらんだろ」
「いいこと桔梗。ここは雑談部で私は雑談部の所属。雑談部の活動内容は面白おかしくお喋りすること。決して困っている人に手を差し出すことではないのよ」
人助けがいたいならボランティア活動に精を出すべきだ。
バチが当たると思うなら善行を積むべきだ。
雑談部の活動内容と重なる部分はない。故に華薔薇は活動以上のことに手を出さない。余所様の領分を侵す厚顔無恥な行いはしない。
「もし、人助けがしたいなら、雑談部ほど人助けから離れた部活はないわ。だって雑談部はどこぞの騒動を勝手にネタにすることはあっても、そこから実践に移ることはないのだから」
家庭科部が衣食住を学ぶ部活動のように、雑談部は雑談をする部活動。
「さて、リーダーの雑談については粗方終わった。桔梗は今回の雑談を簡潔に纏めなさい」
「えっ、いきなりかよ」
折角の雑談が無駄になるのはもったいない。復習することで桔梗が内容を理解したか測るのだ。
「リーダーに一番大事なのは進捗だろ。目標に向かって、進んでいることが確認できるとやる気が上がる。で、それが目に見える形だと、尚更だ」
「他には」
もっとないのか、と続きを促す華薔薇。見方次第では圧迫面接と変わらない。
「明確な目標設定が大事。チームを一丸にさせる。その際、すぐにできる短期目標と時間をかける長期目標のふたつを決める」
長期目標を立てる際にはゴールから逆算して決めていくと失敗しにくい。
「他にも、自主性、資源の提供と適度な時間だろ。後は失敗から学ぶだ」
「アイデア交換を忘れたけど、よくできました。偉い偉い」
パチパチパチ、と拍手で賛辞を表す。
「それだけ覚えているのなら、今日の雑談は有意義だったようね。今日の雑談部は終わりよ」
「ホント雑談部は雑談しかしないな。もっと他にやってもいいのに」
雑談部は基本雑談しかしない。雑談以外がしたいなら、雑談部以外に行くしかない。
「雑談部だからね。もっとも……」
「もっとも?」
「いえ、なんでもないわ」
もっともの続きは、雑談部の雑談を余所で披露するのは桔梗の勝手よ、だったが、華薔薇は口にすることはなかった。
「なんだよ、気になるじゃねぇか」
「気にする必要なんてない。私は雑談部に用がないから先に帰らせてもらうわ。さようなら、桔梗」
「バイバイ華薔薇」
この後、大事な用事でもあったのか華薔薇はそそくさと立ち去る。
「全く、勝手なんだから」
一人部室に残された桔梗は不平を小さくこぼした。
「帰るか」
本日の雑談部の活動は桔梗が帰宅して、終了した。
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