第37話 自分不器用なもんで。

僕は一人で帰る事になった。


てっきりレイ君と一緒に帰るもんだと思っていたんだけど、

これからがオレの仕事だと言って、

男達を僕が乗ってきた車に詰め込んでどこかへ連れ去って行った。


レイ君が居なくなった後に気づいた。

「ここどこ?」

しまった~せめてレイ君に場所を聞いておけばよかった。


しばらく目印のあるところを探したんだけど、

倉庫街みたいなところで何も目印がなくて出口にたどり着くまでも大変だった。


やっと一般道を見つけて大通りに出た。


だけどよくよく考えたら僕スマホも財布も持っていない。

ヤヴァイ…どうしたらいいんだ…途方にくれた。


まあ、スマホがあっても事務所に電話無いし、

こころとレイ君の電話番号も知らないし。

っていうかあの2人スマホ持ってるのかすら知らないし。


大通りの道路標識を見たら、事務所から約50kmぐらい離れた場所だった。

う〜〜ん遠い。歩いて帰るには遠すぎる。


こうなったら交番からお金を借りるか。

公衆接遇弁償費といった制度があるのは知ってた。

借りれても1000円ぐらいらしいが、公共交通機関で帰ればいけるか?


だが、結局交番からお金を借りるのはあきらめた。

お金を借りる時に正当な理由を話さなければならないのだ。


男達に倉庫街に拉致されて暴行を受けました。

スマホと財布を取られたのでお金を貸してください。

ここまではいいだろう。


しかしどうやって解放されたのか、その男達は今どうしてると聞かれるだろう。


はい、僕の友人が助けてくれて今男達を処理中です。

僕は膀胱がパンパンだったので友達が助けてくれた後

我慢できなくなって倒れている男達におしっこをかけました。

そして今に至ります。


なんて言われて

「なるほど正当な理由があるね」

とは言われないであろう。


むしろ

「いくら我慢できなくても人に対しておしっこを掛けるという行為に人としての良識を疑うよ、君」

「えっそっちですか?今友人が処理している方が人としての良識がないんじゃあ…処理するよりおしっこの方が人として駄目なんだ…」

ぐらいのやりとりがあるだろう。


それはまずい。

お金が借りられないだけでなく警察官にこいつはおしっこを掛けるやばい奴だと思われただけで帰らされるのだから。


警察官も人の子だ奥さんや友人などにおもしろおかしく脚色されてネタにされてしまうかもしれない。

ひょっとして陰で写メを撮られていてSNSなんかで拡散されるかもしれない。


そんなリスクを抱えるわけにはいかない。

そもそもおしっこをかけた事を言わなければいいんじゃないか?

という疑問を持ってもいけないのだ。


自分不器用なもんで。


50kmなら自転車で帰れない距離ではないな…

しょうがない、自転車を借りるか。


平時ではいけない事だとわかっているが、

緊急時なのでギリOKだろう。

鍵のかかっていないできるだけ放置されている自転車を狙って借りるか。


ここで大切なのは借りるという心構えだ。

決して盗むという行為ではない。


一度お借りして、また同じ場所にお返しするんだという

心構えで挑めば盗んだ事にはなるまい。


僕はなるべく人通りの無い道で

自転車が放置してある場所を探す。


その中で新しすぎず、ボロすぎない程度の走れればいいような

鍵のついていない丁度良い自転車を見つけた。


「よし、これがいいな。」

「それ、わしのじゃ!」

すぐ捕まった。


こんな数ある自転車の中で人通りの少ない場所に放置してある

自転車を選んだのに、まさか持ち主がすぐそばに居るとは…

孔明の罠か!


「すみません、盗むつもりはなかったんです。ちょとお借りするだけで用が済んだらお返しするつもり満々だったんです。」

僕は素直に謝った。


「盗人はみんなそう言うんじゃ。」

70歳ぐらいのお年を召したおじいさんだった。


「信じてももらえないかもしれないですが僕は童貞なんです。自分で言うのもなんですが童貞に悪い人はいません。信じてください。」

「ちょっと何言ってるかわからんが、すごい自信だな。」


「そうなんです、僕は自信だけには自信があるんです。」

「もうちょっと自信を抑えた方がいいと思うぞ。」

おじいさんの言うことはもっともだ。


「実は信じてもらえないかもしれませんが、僕は二の宮駅付近で知らない男達に拉致られましてさっきまで監禁されていたのでスマホも財布も盗られてないんです。友達が助けてくれたんですがその友達が僕を置き去りにしていきまして…しょうがないので自転車で帰ろうかと思って物色中に捕まった次第です。」

ぼくはおしっこの事はおじいさんには伏せて事情を説明した。


「う〜〜んにわかに信じられんが、その友達は本当に友達なのか?いや、助けてくれて放置したのだからイーブンか…」

「友達も色々仕事が立て込んでたみたいだったんで。」


「まあ、君の服装も所々汚れておるし、怪我もしておるみたいだからあながち全部嘘じゃないとは思うがの…警察に届けたほうがいいんじゃあないのかの」

「いえ、警察だけにはちょっと。おしっこリスクがあるので。」


「おしっこリスクっていうのはよくわからんが…帰るのに自転車が必要なのじゃな?」

「はい、この新しすぎない適度にボロい自転車がお借りるには最適なんです。」


「失礼な物言いに少しカチンとするが、自転車は私が今から家に帰らないといけないからな…」

「そうですよね、すみませんでした。次はもっとアグレッシブに走ってる自転車を奪おうと思います。」


「アグレッシブ過ぎんか?それ?ひったくり犯の手口じゃないか。」

「いえ、僕はお年寄りを狙ったりしませんので、ちゃんとガタイのいい若者を狙って正々堂々と奪おうと思います。」


「いや、ガタイのいい若者を狙ってもひったくりには変わり無いからな。自信満々に言えば犯罪じゃないと思っている節があるのうお前さんは。」

「そうなんです、僕は自信だけには自信があるんです。」


「君はもうちょっと自分の自信を疑った方がいいと思うぞ。」

おじいさんを呆れさせてしまったようだが、

可哀想な子に思ったのか

「ほれ、2万円貸してやるからこれでタクシーで帰れ。住所を書いた紙も渡しておくから必ず返しにこいよ。」

「えっ本当にいいんですか?ありがとうございます。絶対にすぐに返しにきます。」


「ああ、期待しておるからのう。じゃあな気を付けて帰れよ。」

そう言っておじいさんは適度にボロい自転車に乗ってフラつきながら帰って行った。


「ありがとうございます。おじいさん。」


僕は頭を下げておじいさんを見送った後

自転車屋さんでかっこいい自転車を18000円で購入して

50kmの道のりをゆっくり5時間かけてやっと家にたどり着いた。


えっなぜタクシーで帰らなかったのかだって?

今まで貧乏だったのでタクシーに乗る事が贅沢過ぎるような気がして。


それに自転車を購入すればずっと日常でも使えるし。

ちょうど買おうと思ってたし。

まあ、おじいさんのお金なんですけどね(笑)


自分不器用なもんで。

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