第6話 対価交換のお客様

水谷修二(55歳)水谷修三(52歳)の場合


「なんでこんな分かりづらいところに事務所あるんや!外に看板ぐらいかけとけ!」

事務所のドアを開けるなり、横柄な態度で文句を言う2人組。


一人は初老にしてはがたいのいい男。もう一人は目つきのするどい瘦せ型の男。文句を言ってるのはがたいのいい男だ。


男たちは接客をする前に勝手にソファーに腰をかけテーブルに足を放り出した。

「グズグズすんなボケっと突っ立てないで茶ぐらいすぐだせ」


腹立つ~。目つきのするどい男が僕を睨みつけて身勝手な要求をする。いったいどこでウチの事を聞きつけるのか、こういう輩もたまに来る。


「また、面倒くさい奴らが来ちまったな。」

奥の謎システムのドアから現れたレイ君が、いらだちを隠そうともしない口調でソファーに座る。


「なんだーこの口の悪い坊ちゃんは。お前なんかに用はない。さっさと俺を治す先生とやらを連れてこい!」

男たちはレイ君がまさかその先生だとは思わず横柄な態度を崩さない。まあ、普通レイ君を見てもまさか先生だとは思わないと思うけど。


「お前らみたいな、最低限の礼儀が無い奴に俺が治してやる義務はないね。さっさと帰れ。」

レイ君はまるで犬や猫を追い払うような仕草をして面倒くさそうに頬杖を付きながら言い放った。


「クソガキが!あんまり大人をなめるなよ」

がたいのいい初老の男は頭にきたみたいでソファーから立ち上がりテーブルを蹴り上げる。目つきのするどい瘦せ型の男は隠し持っていたナイフをちらつかせた。


「はあああああーーー」

レイ君は盛大にため息をついたと思ったら、いつのまに初老の男の間近に迫って顔をぶん殴って吹き飛ばした。


そして間髪いれずに、あっけに取られいた瘦せ男のナイフを素手でへし曲げ、ナイフをふとももに突き刺した。


「ぐぎゃああああああ~~~~」

男二人が大きな声でわめきながら床をのたうちまわる。


「どうせいつのもように、この事務所の噂ごと記憶を消して捨てるのに、ここまで痛めつける必要ある?」

と僕が問いかけると。


「顔がムカついた。」との事。

「確かに。いつもの3倍ぐらいムカつく顔してたね。」


「だろー、俺はゆずるの為に殴ってやってるところもあるんだぜ。スカッとするだろ?」

「確かに3倍はムカついたけれども。」

わめく男たちをよそに、お互いに顔を見合わせて笑い合った。


「あれ?ここはどこ?わたしはだれ?」


「……記憶消し過ぎじゃない?レイ君。」

舌を出して、テヘッじゃない!テヘッじゃ!


結局この後2人は記憶を少し元に戻して、「股部白癬」いわゆる「いんきんたむし」にされて放り出された。こんなお客?ばかりじゃないが、こんな客も珍しくないある日の出来事でした。


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半田 豊(75歳)の場合


「こちらのルールはご存知ですか?」

「はい、了承しております。」

●その1、1人につき1回しか治療できない。

●その2、私の事をむやみに他言しない。もちろんSNSで拡散してはいけない。

●その3、報酬は全財産の10分の1を支払う。


「それでは治療の前に報酬の確認をいたします。お持ちいただいたのをお見せください」

レイ君の指示に男性は用意していた紙を差し出した。ニコニコした笑顔と共に。


レイ君は受け取った紙を一瞥し、そのまま僕に手渡してきた。そこには総額127万円と書かれていた。127万円の10分の1は12万7千円になる。


「じいさん、えらくしけてんなぁ~たったこれっぽちか?」

レイ君は今までの丁寧な口調から一転乱暴な口調に変わる。


「申し訳ない、何せ今じゃあ、年金生活で…貯金を切り崩して生活しているもんで。」

全然申し訳なさそうにではなく、ニコニコと笑顔で返す。


「話しになんないね。オレは全財産の10分の1っていってるんだぜ?127万円だなんて本当の財産の400分の1にも満たないぜ。」

おじいさんはニコニコとした笑顔が凍ったかのように固まった。


「何ごまかしてるんだよくそジジイ。アパートやマンション経営で持ってる土地資産や月々の賃貸収入、その他両親の遺産など億単位で持ってるくせしやがって。まあ、自分の体より金のほうが大事っていうんなら俺は構わねえぜ。治療しないだけだ。ゆずる、ジジイはお帰りだ。さっさと帰ってもらえ!」


「す、すみません。と、歳のせいでボケてました。いつも忘れてしまうんです。決して騙すつもりなんか…。実は私ガンなんです。つい先日ガンが見つかって、あと残り1年も生きられないって。だからなんとしてでも治療してもらわないと…お願いします。お願いします。」

嘘がバレたおじいさんは顔を真っ青にして床に頭をこすりつけ、土下座しだした。このままでは治療をしてもらえないと思ったのだろう、あからさまな泣き落としをし始めた。


「顔をあげろよ、じいさん。誰にでも間違いはあるよ、わざとじゃないんだろう」。

レイ君はおじいさんに優しい声をかけてあげると、泣いていない顔を上げ何度もありがとうございますと本当にわざとではないんですと言い訳を繰り返した。


「わかってるよ。だから10割な。」

「は?』

「だから俺も間違えていたんだよ。10分の1じゃなく10分の10だった。だからじいさん全部で5億円な!」


「な、なななん…そんな理不尽な事があるか!このクソガキが!」

おじいさんは本性を現した。


「じいさん今までだいぶ悪事働いてきんただろ?オレにはわかるぜ。」

レイ君の攻撃。


「ふん、だまされる奴が悪いんじゃ」

じいさんは開き直った。


「あっそ、じゃあお帰りください。治療する気ないんで」

レイ君の反撃。


「後生じゃ。頼むあと2カ月の命なんじゃ」

じいさんは再び泣き落とし攻撃をしだした。


「じじいさっき1年って言ってたじゃね〜か!わかったよ、じいさんには参ったよ」

「そ、それじゃあ…」


「5億のところ4億9,9999,900円に負けてやるよ」

「100円しか負けておらんじゃないか〜〜〜。お前は鬼か!」

レイ君はいい笑顔でクリティカルヒットを放った!じいさんは撃沈した!


結局じいさんは4億9,9999,900円で対価交換をして治してもらった。お金はまた1から貯めなおすとめげずに帰っていった。すんごいポジティブなじいさんだった。


しかし、いつものレイ君なら記憶を消して放りだすのに、今回は治療してあげるなんて(もちろん4億9,9999,900円は搾取してるけど)どうしてだろうと思って聞いてみた。


「べ、別にきまぐれなんだからね。と、特に意味なんかないんだからね。」

とツンデレのような発言をして謎ドアに入って帰ってしまった。彼なりの照れ隠しなのだろう。(もちろん4億9,9999,900円は搾取してるけど)


しかし、それとこれは別。嘘の申告をして騙した代償として、じいさんにはきっちり「いんきんたむし」が移されされていた。僕はそういう誰に対してでも分け隔てなく接するところにレイ君の優しさを感じた。


おしまい。



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