第5話 謎システムだから

あれから1カ月経った。

その間に僕は色々な用事を済ませてレイ君の事務所兼住居に引っ越してきた。


色々な用事の中には清掃会社の退職手続きや、賃貸の契約解除、住民票の移動etc

そして一番大事な障害者手帳の返還も含まれる。夢のような出来事だったが今になってやっと実感が出てきたところだ。


対価交換が行われた後にも色々と質問をしたのだが…何の説明もしてくれなかった。相棒だと言ってくれたのにという不満もあったが、初めて会ったばかりでしょうがないという気持ちもあったのでそれ以上は聞かなかった。

まさか本当に奴隷なんじゃあ…。


で、でもたとえ奴隷でも、僕は右手を直してくれたレイ君に返しても返しきれない恩がある。これから少しでも仕事でその恩を返せていけたらと思う。

給料もいいしね(笑)


僕の引っ越し先はレイ君の事務所があるビルの最上階の5階だ。外から見てもこのビルは5階までしかない。あの白い部屋は6階にあったのに不思議だ。あれから1度も6階のボタンを見かけたことがない。不思議だ。


聞いたら「謎システムだから」という説明を受けたよ。納得。


5階には事務所と1LDKの部屋があり僕の住居はその1LDKの部屋だ。ちゃんとプライベートがあって良かった。事務所は20畳ほどの空間に来客用のソファー2つとテーブルしか置いていない殺風景な部屋だ。レイ君いわく一般客向けらしい。特別な客は例の6階の白い部屋に呼ばれるらしい。らしい、らしいばかりで申し訳ない。


聞いたら「謎システムだから」という説明を受けたよ。納得。


僕の仕事は事務所の店番と客対応、そしてレイ君の付き添いだ。お客といっても来客は1日に1、2人とそんなに多くはないが。


ああ、そういえば1つ僕が勘違いしていた事があった。レイ君は復讐代行人、復讐専門だとばかり思っていたがそんな事はたまにしかないらしい。ほとんどが対価交換による治療目的かな。治療といえば治療なんだけど、世間一般の治療とはかけ離れた現象だよね。


聞いたら「謎システムだから」という説明を受けたよ。納得。


だから事務所に来る人もほとんどが、人づてに噂を聞きつけた半信半疑の人が多いかな。


例えば…

加藤いづみ(27歳)の場合


「ずっと原因不明の頭痛に悩まされているのです。色々な医療機関、整体、針灸院などを回って治療を受けたのですが良くならず、噂に頼ってこちらに伺わさせていただきました。」

彼女は化粧っ気のない清楚な…いや、地味な容姿でとても疲れた顔をして事務所に訪れてた。


「わかりました。治りますよ。」

レイ君は余所行きの言葉遣いで笑顔で対応する。

「え、本当ですか!ぜひお願いします。」


「確認ですが、うちのルールはご存じで?」

「ええ、一応おおまかには伺っていますけど…」


●その1、1人につき1回しか治療できない。

●その2、私の事をむやみに他言しない。もちろんSNSで拡散してはいけない。

●その3、報酬は全財産の10分の1を支払う。


「もしこのルールが破られれば、治った部分は元に戻り罰を受けてもらいます。」

「罰…ですか?」


「そうです。罰です。」

レイ君はニッコリ笑って言う。

「どんな罰が…」


「それはあなたが気にする事ではありません。それともあなたは守らないおつもりですか?」

「いえ、そんなつもりはありませんけど…」

彼女は不安な顔をした。どんな罰を受けるのだろうかと想像してしまったのだろう。


「それでは治療の前に報酬の確認をいたします。お持ちいただいたのをお見せください」

「はい、これを。」

彼女はカバンから取り出した紙を差し出した。


「その…家は賃貸ですし、勤め先は中堅の事務所なのでそんなにお給料が良くないもので…これが全財産です。」

少し恥ずかしそうにうつむきながら話す。レイ君は差し出されたコピーに目を落とし、サッと流し見ただけで僕に手渡す。


僕もそのコピーを確認すると、2冊の貯金通帳の残高を足して52万円だった。


「ふむ。52万円の10分の1で5万2千円ですね。ひとつ言っておきますが金額の問題ではないのです。10分の1というのが肝心なのです。」


いづみさんはほっと胸をなでおろした。

「それでは治療していただけるという事ですか。」


「ええ、もちろんです。それではこちらの契約書に手を当ててください。」

その差し出した契約書の上にいづみさんは手の平を当てる。するとパッと光ったと思ったらまるで溶けて消えたように見えた。いずみさんも驚いた顔をしている。僕も澄ました顔をしていたが内心めっちゃ驚いていた。


「これで契約が完了です。それでは治療を行います。目を閉じてください。」

そう言ってレイ君はいづみさんの顔の前に右手を差し出し呪文を唱えた。


“θ(シータ)”


頭が一瞬だけ陽炎のようにブレたように見え、元に戻る。


「はい、もういいですよ。」

「えっもう? あっ痛く…ない。あんなにも痛みが頭全体を覆っていたのに全然痛くない!」

彼女は驚きと同時に痛みがなくなった喜びを素直に顔に表した。化粧っ気のない地味な顔だったが、今の彼女の笑顔はとても輝いて見えた。


「よかったですね。それでは先ほどのルールをお忘れなく。」

そう言ってレイ君は部屋の奥にあるドアを開けて中に入って行った。レイ君は出てくる時もそのドアを使うのだが、実はドアを開けても何もないんだよね。僕が開けたらそこは壁だった。つまりドアだけが付いているのだ。


もちろん聞いたら「謎システムだから」という説明を受けたよ。納得。

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