封豨

 三体目の水落鬼が捻りつぶされた。


 太刀を振り、水落鬼ごと塔子を斬ろうとしたが、塔子は素手で刃を受け止めた。

 手のひらが切れているのに、刃を握りつぶそうとそのまま握りしめてくる。引こうとしたが、動かなかった。

 ジンリーが塔子の左足を蹴り上げ、よろめいた隙に禍斗が塔子の喉元に飛び掛かる。


 やっと太刀を放した。禍斗は殴りつけられて卒倒している。異常な力。ジンリーは声を立てて笑った。

「人間じゃないよあんた」

「あなた、だって」

 塔子は喋りにくそうだった。。妖怪の肉を食べた辟邪もそうなっていた。

 たぶん、急に力を使い過ぎたのだ。塔子の中で、封豨ほうきの存在感が増しているのが分かった。

 本当は望天吼ぼうてんこうを使いたかったが、馬腹とダイダラボッチのせいで消耗しすぎた。今使えば死んでしまうだろう。そもそも、ジンリーの身体がいつまでもつのか。


 ――そんなことは、考えない。


 視界を塞ぐ血を拭って、ジンリーは太刀を構え直す。塔子は防御もせずに、ただ向かってくる。

 振り下ろした太刀を、塔子は両手で掴み、そのまま捻じ曲げた。塔子の腕、血に塗れたそれは、猪のような硬い毛で覆われ始めていた。

 ジンリーは太刀から手を離し、後ずさりしながら叫んだ。


天呉てんご!」


 使役した瞬間、ジンリーは血を吐いた。水の臭いのする人面の虎が現れる。古代中国の水神。

 目が回る。天呉に主導権を奪われそうだった。

 塔子は少し驚いたように、虎の化け物を見上げる。

 天呉は牙を剥き、人とも獣ともつかない声で啼いた。そのまま護衛の死体を爪で切り裂きながら、塔子に向かって牙を振り下ろす。

 塔子の左腕が飛ぶ。

 天呉が吼えた。


 まずいな、と思った。制御が効かない。天呉はそのままジンリーの方を向いた。

 右腕に激痛が走った。肘から先、半分食いちぎられて、ぶらぶら腕が揺れていた。

 虎の目を睨む。血まみれの口をして、天呉はジンリーのぶら下がった腕を見ている。護衛の死体から剣を抜き、ジンリーは自分で自分の腕を斬った。

「喰う代わりに、言うことを聞きなさい」

 腕を投げると、器用に口で受け取った。そのまま噛み砕いて咀嚼している。ジンリーは片手で止血した。塔子は止血もせず、ぼんやり宙を見つめている。


 ――もうだめか。


 封豨ほうきに乗っ取られたのだろうか。少しだけ憐れみを覚える。新鮮な感覚だった。




「――お前たち、何者だ」



 ひどく驚いたような声に、ジンリーは目を向ける。大量の護衛とともに、中華街に似合わないスーツを着た男と、その隣に、小さな子ども。

 男は鏡を持っていた。合わせ鏡だ。鏡面を合わせて、紐で縛っている。妖怪を受け渡す時の定番のやり方だった。合わせ鏡の内に封じているのだ。


 その向こうから、同じようなスーツの集団がやって来た。あっちは司天社だろう。護衛に囲まれて、若い男が緊張した面持ちでいる。


 ジンリーは唇の端を吊り上げて嗤った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る