第26話




 悪霊が浄化される光が見えたのだという。

 だから、涼はそのあたりの水をすべて持ち上げた。水からこぼれて地面に落ちたあたし達を、悠斗が瞬間移動で土手へ運んだ。


 気絶して病院に運ばれたのはあたしだけど、入院することになったのは涼と悠斗の方だった。


 涼は限界を超えた重量を持ち上げたための能力疲労で衰弱、悠斗は連続で瞬間移動を使用したための集中力の酷使により一昼夜目を覚まさなかった。

 結局、二人とも二日間の入院を余儀なくされた。


 あたしはといえば、二人の入院中も国際組織の捜査員に叱られ、警察に叱られ、学園長に叱られ、米田先生に叱られ、おとうさんとおかあさんに泣かれて叱られて、二人の退院後にまた二人と一緒に一通り叱られる羽目になった。


「あー、疲れた……」


 放課後の教室で、涼がイスにぐったりと背を預ける。


「なんだか、夢でも見てたみたいだよ」


 悠斗もため息を吐く。


 あの後、病院で目を覚ました水川エリサは、素直に取り調べに応じているということだ。

 彼女は妹を嫌ってはいたが、子どもの頃の妄想のような自分が「特殊能力者」になれるという希望は捨てていた。普通の一般人と同じように、嫉妬心を抱きつつも、「特殊能力者」の活躍に胸を躍らせていたという。若い女性らしく、華々しく活躍するイケメン捜査官に夢中だった。

 だけど、妹がそのイケメン捜査官の相棒になり、メディアが「お似合い」だの「ビッグカップル」だの取り上げ出すと、妹への嫉妬がまた強く燃え上がった。

 その頃から、声が聞こえるようになった。

 妹はみんなをだましている、本当はお前の能力だ、それを証明して彼の目を覚まさせろ。

 その声に操られている間は、ずっと夢を見ているようだったらしい。


「兄さんへの復讐を狙っていた悪霊が、エリサの不満や嫉妬心につけこんで彼女を操り、兄さんをおびき出そうとしたんだね」


 悠斗が顔をしかめた。


「馬鹿だよね……」

「まったくだな」


 不意に、大人の男性の声がした。


「修司さん?」

「よぉ」


 教室の入り口で、修司さんが手を振っていた。


「なんで学園に?」

「生徒を巻き込んでしまったことについて、説明責任があってな。何度か来ているんだよ」


 修司さんは教室に入ってくると、苦笑いを浮かべた。


「立場上、お前達を叱らなきゃならないんだが、助けられた身としては叱るのも難しいんだよな」

「あの、修司さん……マリアさんは、大丈夫ですか?」

「ああ。ピンピンしているし、元気いっぱいだよ。昨日なんか姉と大ゲンカしていた。「バカ」だの「アホ」だの言い合ってな」

「そうなんですか……」


 修司さんは、ふと真面目な顔になるとあたし達に謝った。


「悪かった。まさか俺が狙われていただなんて思わずに、お前達まで危険にさらしてしまった」

「いえ、そんな。修司さんは悪くないです!」


 あたしはぶんぶん首を横に振った。


「コイツに惚れてる女はたくさんいるんだから、また同じことが起こるかもしれねぇぞ。「人魚姫」との仲に嫉妬してな」


 涼がふんっとそっぽを向いた。


「はあ?なんで水川と……あいつ、彼氏いるぞ」

「え!?」

「小学校をグロウスに移るときに、嫉妬されていじめられたって言ってただろ。その時にひとりだけ、かばってくれた奴がいたんだと。そいつをずーっとしつこく追いかけて口説いて、三ヶ月くらい前にようやく恋人になったんだってよ。毎日のようにのろけられて、うんざりしたんだから」


 修司さんが嫌そうに肩をすくめた。


「マリアさん……」

「情熱的な人だったんだね……」


 先生と話してくるという修司さんを見送って、あたしは「あ、そうだ」と涼を振り返った。


「涼!あの、あたし」

「あ?」

「ずっと涼に守ってもらってたけど……あたし、もう一人でも平気だから!」


 涼はぱちりと目を瞬いた。


「だから、追試!わざと試験をさぼって、あたしのために追試に付き合わなくてもいいから!」

「はあ?何言ってんだ?」

「だって、涼が受けなくてもいい追試を毎回受けるのはあたしのためでしょ?でも、あたし、今回のことでもう「怖がり」はなおったから!今後はあたしひとりでも——」


 涼にそう言い聞かせるあたしの肩を、誰かがぽんぽんと叩いた。

 てっきり修司さんが戻ってきたのかと思い振り向くと、逆さまになった男の子の顔が至近距離であたしを見ていた。


「うぎゃああああああっ!!」


 あたしの絶叫が校内に響きわたった。


「ああ。確か六年生の実習に協力してもらってるんだって。明日まで学園の中にいるみたいだよ」


 空中にふよふよ浮きながらけたけた笑うマコトくんを見て、悠斗が言う。


「全然、なおってねーじゃん。「怖がり」」


 頭を抱えてうずくまったあたしを見て、涼があきれたように言った。


「びっくりしただけだもん!……うわ!やめてマコトくん!こっち来ないでーっ!涼〜っ!」


 あたしはマコトくんから逃げて、涼の背中に隠れたのだった。


 落ちこぼれの名を返上する日は、どうやらまだ遠そうである。






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超能力学園の落ちこぼれトリオ 荒瀬ヤヒロ @arase55y85

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