第5話





 あたしと悠斗を受け止めてくれたクッションだけど、あたし達が立ち上がると再び襲いかかってくる。


「おらあっ!」


 涼が奥の部屋の扉を開けて飛び出してきて、あたし達に襲いかかっていたクッションを手を触れずにすべて弾き飛ばした。


 マコトくんは階段の上に逃げようとしたが、涼が手をかざすとピタリと動きを止めた。


「俺は霊能力者じゃないが、動きを止めるぐらいならできるんだよ!」


 念動力は手を触れずに物を動かす能力だけれど、優秀な念動力者は霊体の動きを操ることもできると授業で習った。

 涼は本当に才能があるんだなぁ。


「時音、悠斗、今のうちに捕まえろ!」

「う、うん」


 あたし達は箱を持ってマコトくんに近寄った。


「ごめんね。ちょっとだけ我慢して」


 マコトくんは友好的な霊なので、時々こうして追試に協力してくれている。学園とマコトくんの間にはちゃんと契約が交わされているのだが、そうとわかっていても小さな子を箱に閉じこめるのは少し胸が痛む。

 マコトくんはむーっと頬をふくらませてばたばたと手足を動かした。

 その指先が、わたしの右手にかすった。


「っ!」


 あたしは箱を放り出して後ずさった。足がもつれて、尻もちをつく。


「時音、だいじょうぶ?」

「う、うん」


 悠斗に尋ねられて返事をするが、あたしは体の震えを止めることができなかった。

 

「ちっ」


 涼が足元に転がった『霊体捕獲保存容器』を念動力で持ち上げた。金属の箱は空中でがぱりと口を開け、マコトくんを飲み込んで蓋を閉めた。

 箱はかたかたっと数回揺れた後、おとなしくなった。


「捕獲完了。とっとと学校に提出して帰るぞ」


 涼が悠斗に助け起こされたあたしに箱を差し出した。あたしはごくりと息を飲んで、箱を受け取った。


 涼はさっさと家から出ていき、悠斗はあたしを気遣いながら後に続いた。


 結局、あたしは何も出来ていない。マコトくんを捕まえたのは涼だ。


「時音。僕が箱持とうか」

「……ううん。いい」


 あたしはマコトくん入りの箱をぎゅっと抱えた。箱に入っていれば平気なのに、あたしは霊に触るのが怖い。霊能力の超常能力を持っているのに、「怖がり」のせいでいつも役立たずだ。


「ちょっと、あんた達!」


 落ち込みながら家から出たあたしの前に、小学一、二年生くらいの女の子が立ちはだかった。


「マコトくんに何したのよ!?」


 近所に住む子だろうか。ぷりぷりと怒っている。


「安心しろ。俺達はグロウスの生徒だ」


 涼が校章バッジを見せると、女の子はきょとんとした後で一転して目を輝かせた。


「本当?ねえ、超常能力ってどうやって使えるようになるの?私も「サイキック」になりたい!」


 まとわりつく女の子を、涼は面倒くさそうに振り払った。


「ほとんどは生まれつきだよ。何かのきっかけで能力が目覚める奴もいるけどな」

「どうやったら目覚めるの?」

「知るかよ。俺は生まれつきだ」


 涼はさっさと歩いていってしまう。取り残された女の子はふくれっ面になった。


「あんた達もグロウスなの?いいなぁ。私も「人魚姫」みたいになりたいのに……まぁ、いいわ。マコトくんをいじめないでね!」


 あたし達に向かってそう言うと、女の子も川の方へと走っていった。


「時音、悠斗、早く来いよ!」


 涼が振り向いてあたし達を呼んだ。あたしと悠斗は涼に駆け寄り、学校に向かって歩き出そうとした。

 だが、その時背後から女の子の悲鳴が響いた。


「きゃあっ」


 次いで、水音が聞こえた。

 慌てて振り向くと、女の子が川の中でもがいているのが見えた。


「ちっ!」


 涼が舌打ちして走り出す。あたしと悠斗も慌てて川へと走った。

 涼は川縁に立つと、女の子に向かって手をかざした。


「はあ……っ!」


 眉を寄せ、苦しげに呻く。女の子の体が、水から引き上げられて宙に浮かんだ。


「くっ……」

「涼、がんばれ!」

「もうちょっとで岸だよ」


 涼の額から汗が噴き出す。あたしと悠斗は応援することしかできない。

 女の子の体がどさりと地面に降ろされると、涼は「はーっ」と息を吐いてしゃがみ込んだ。


 びしょ濡れの女の子はわあわあと泣き出した。


「だれかが……っ、私の背中を押した〜っ!」





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