響貴の章 ①

 あまりそう思われることはないが、響貴は人見知りをするたちである。

 おまけに我が強く、表面上は誰とでもうまくつき合うものの、さらに一歩踏み込んで仲を深めたいと、誰かに対して思うのは極めて稀なこと。


 そんな相手は、これまでの一七年生きてきた中で三人だけだった。

 そう。真愛まのあと英信、亜夜人だけ。


 真愛は〈西〉の生まれで、十歳年上の遠い親戚だ。中学生の頃に両親の仕事の関係で唐京に引っ越してきて、それから家族ぐるみで親しくしていた。


 きれいで、快活で、信念を持った彼女は、まだ子供だった響貴をたちまち魅了した。

 ねだりにねだって家庭教師をしてもらい、距離を縮めていった。


 だから彼女が他の男と結婚した時はショックだった。とはいえ十も歳が離れていたため、しかたがないことだと思うしかなかった。


 その後――〈東〉において極端な〈西系〉住民への弾圧が始まると、彼女は夫とともに同胞を支援するグループを起ち上げ、熱心に活動を続けていた。二人とも非常に周到に、巧妙に活動していたため、周囲に気づかれている様子はなかったものの、危ないからやめるよう何度も説得した。


 それでも彼女と夫は聞き入れなかった。


「沈黙して、大人しくしてやり過ごす道もあるかもしれない。でもきっと後で後悔する。自分の中でずっと負い目を持ち続けることになる。それがいやだから、今できることをしたいの」


 覚悟を決めた目でそう言う彼女を止めることはできなかった。

 英信から〈生徒会〉創設への協力を求められたのは、そんな時。


 父親のため、そして国のため、英信は〈生徒会〉を起ち上げなければならない理由を熱心に語った。しかしそれらはすべて、これまでにニュースやネットの記事で読んだことのある内容だった。

 話をすべて聞き、おそらく他の誰かに吹き込まれたのだろうと感じた。


 響貴自身は、天王寺谷首相暗殺事件の真相に疑念を抱いていた。筋金入りのナショナリストで〈西〉との融和を掲げていた首相が、〈西〉のテロリストに暗殺されるなど、どうも腑に落ちない。


 戦後七十年近くも〈東〉を支配し続けていた政党から、初めて政権を奪取した彼は、公約の通り外国企業に極端な課税をし、新たな外資の参入を阻むことで、外国の経済的な干渉を大幅に縮小させた。同時に国内の産業を保護・育成し、一国家としての経済的な自立を目指した。


 その矢先の暗殺である。


 海外のニュースサイトでは、自由連合の国々を後ろ盾とする戦後体制を維持したい最大政党のクーデターだろうという記事を頻繁に見かけた。とはいえそれらの多くは、自由連合と対立する赤旗同盟のメディアが発信したものだった。頭から信じるわけにはいかない。しかしこの時ばかりはそのほうが筋が通ると考えた。


 一方で民主主義を掲げる自由連合のメディアによる報道は、ひどく抑制した調子だった。事実だけを淡々と伝え、真相には踏み込まない。不自然とも言えるその姿勢に、やはりこの事件に関しては赤旗同盟の報道に理があるのではないかと感じた。


〈愛国一心会〉の存在や、テロ事件の真相に疑問を持ったのは、斗和に語った通り。


〈リスト〉が経緯だって怪しい。これからテロを決行しようという人間が、わざわざ組織のメンバーや、これから標的にする人間の名簿を残して部屋を出るだろうか?


 …しかし、戦後最大と言われる二件のテロを受け、〈東〉社会のショックは大きかった。


 二件とも〈西〉側政府の秘密指令を受けたテロリストによるものだ。彼らは〈東〉社会の不安定化を画策している。――政府の発する情報を各メディアが断定的に報じ、くり返しくり返し流れるそのは、凄惨な映像の記憶とともに人々の胸に刻み込まれた。


 不安を取り除かなければというヒステリックな世論が横行し、異を唱える人間を過剰に攻撃した。

 そんな中での〈生徒会〉創設である。活動が過激化することは容易に想像がついた。非公式にとはいえ体制の支援を受けるこの組織が、しばらくは国を席巻するだろうということも。


 響貴に選択肢はなかった。

 真愛を守らなければ。獣のような世間の狂乱から、人としての誇りと正義感に従って生きる彼女を守らなければ。

 その一念で〈生徒会〉への参加を決めた。


 不思議だったのは、英信も真愛と同じような言葉を口にしていたこと。


「俺には関係ねぇって、何もしないでやり過ごして、本当にシャレになんねぇことが起きたら、後でずっと後悔し続ける。そうなんねぇように、俺にできることがあるなら何でもしたいんだ」


 …結局、自分が惹かれる人間はどこか似てるのか考えると、少しおもしろかった。


           ※


 しばらくの間、時代の寵児とばかり世間にもてはやされた〈生徒会〉だったが、凋落も早かった。

 自爆テロと斗和の容疑。二つの大きなスキャンダルを経て、権威はあっという間に失墜した。


 とはいえそれも充分に予想できていたこと。


 潮時だと考えた。元より長く続けられる活動ではない。すでに一定の使命は果たしたと自主的に解散するのが、もっとも現実的な終わらせ方だ。


 英信に言えば反対するだろう。よって外堀を埋め、その形で終わらせるしかない方向に持っていこうと思っていた。


 鍵は斗和。あっという間に幹部まで昇り詰めた変わり種。

 最初は頼りなかったものの、少し手を貸しただけでみるみるうちに頭角を現していった。誰よりも熱心に活動しているように見えて、その実、周囲に対してどこか一線を引いているところもあった。


 他人を盲信しないタイプなのか。あるいは何か、他の理由があるのだろうか?

 いずれにせよ〈生徒会〉の軟着陸に、斗和は欠かせない存在だった。


 メンバーを非現実から現実に引き戻す際、どんな反応が起きるか、さすがにすべてを予想しきる自信はないから。斗和がいれば、結凪より冷静に、崇史より柔軟に、どんなことにも対処できるだろう。


 斗和がいれば――

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