翔真の章 ①

 ずっと追いかけて来た背中だった。


〈生徒会〉のスタート地点では並んでいたはずだったのに、一人でどんどん先に進んでいって、二ヶ月後には幹部として集会のステージの上に立ってた。


 ホイホイ作戦の時、「がんばれよ」って肩をたたきながら、正直うらやましい気持ちが強かった。あっという間に格がちがう存在になっていくのを見て、悔しい気持ちもあった。

 それでも友達でいられたのは、何かあるとすぐに自分を頼ってくれたから。あと、負けたくないって気持ちでがんばり続けた結果、自分もそれなりに高く評価されるようになったからだ。


 中学のバスケ部では周りに埋もれてた翔真が、〈生徒会〉でいっぱしの中堅にまでなれたのは、斗和のおかげでもある。斗和が前を走っていてくれたから、必死に追いかけて、そのせいで他のヤツらよりも結果を出すことができた。


〈生徒会〉では何もかもがうまくいってた。毎日がただただ楽しくて、輝いてた。


(なのになんでだ…?)


 何で今、翔真の目の前で斗和は昴に刺されてるんだろう???


       ※


 斗和が逮捕されたニュースは学校中のみんなが知っていた。報道では名前を伏せられていたものの、千春はそれみたことかみたいな目を向けてくるし、遠巻きにしてくる他の生徒からも、終わったなって感じの視線がよこされてきた。


 イライラしたんで、学校を早退して斗和の面会に行った。

 八木秀正のことを伝えて、絶対に見つけて駆除してやるって約束するも、斗和はどっか他人事みたいにうなずくだけだった。


(なんでだ。ゴキブリに嵌められたのに。悔しくないのか?)


 ちょっと前から、斗和の様子が変わったとは思ってた。

 前みたいに、がむしゃらに前に進もうとする感じがなくなった。指示された、最低限のことをこなすだけで、自分から動こうとしなくなった。


 幹部になってやる気をなくしたのか?

(いや――)

 幹部になってからもしばらくは…父親の再婚相手を返り討ちにした頃までは、どんな時も率先して行動して、みんなを引っ張っていた。友達の目から見ても、最高にカッコよかった。


 少しずつ変わって行ったのは、あれか。…家族と和解したとか言ってた頃。

〈生徒会〉の活動について反対してた母親と妹の態度が軟化したとかいって、やたらと実家に戻るようになった。


 思えばあの頃から、斗和は俺らを裏切ってたのかもしれない。

 でも欠片も疑ってなかった翔真は、あそこは母子家庭だしそんなもんかと思ってた。


 だから――宇月真哉からを聞いた時も、すぐには信じられなかった。


 今日、本部に向かおうとした時に、地元の駅でたまたま塾から帰ろうとしていた真哉と鉢合わせ、呼び止められたのだ。


「斗和が逮捕されたって聞いたけど…」

「それがなんだよ」


 好奇心で、詳しい話を聞こうとしているのか。そんな警戒から、翔真は口調がつっけんどんになった。

 真哉はもごもごと、はっきりしない口調で訊いてくる。


「あの…はどうなるんだろ?」

「あのこと?」

「ニュースにならないから…どうしてるのか、ちょっと気になって…」


 奥歯に物の詰まったような話し方にイライラした。

 元々真哉は、翔真の友達じゃない。斗和の友達なのは知ってるし、学校が同じだから声をかけられれば答えるくらいはするけど、積極的に話したいわけじゃない。


「おまえ何言ってんの?」

「だから! だから…そのぅ…」

「ちゃんと説明できるようになってから声をかけろ。じゃあな」


 不機嫌に言い捨てて背を向けると、さんざん迷いまくった末に、真哉は大きな声を出した。


「七桜のこと!」

(…え?)

 出てきた名前に足を止める。ゆっくりふり向く。


「誰だって?」

「時任七桜だよ。…斗和から訊いてない?」


 こっちの機嫌をうかがうような半笑いで問われ、ぐわっと怒りがこみ上げてきた。相手の制服の襟元をつかんで揺さぶる。


「さっきから何なんだよおまえ! もっとはっきり、わかるように言えよ!」

「僕は時任七桜をかくまってた!」


 真哉は半泣きで声を上ずらせた。


「でも例の事件が公開捜査になって、七桜の顔写真が出て、彼女が犯人だと知って…困って、斗和に相談しに行った。斗和は自分が預かるって、彼女を連れて行った――」

「……なん、…だって…?」


 寝耳に水の話に、頭が真っ白になる。

 崇史を襲撃した時任七桜は、〈生徒会〉にとって駆除の最重要対象のひとりだ。


「いつ?」

「顔写真が出た…次の日…」

「――――…」


 舌打ちをかみ殺す。一ヶ月も前かよ!


「斗和が彼女をどうしたのか知らない。でも、仮に彼女が生きているとしたら、斗和が逮捕されたせいで逃げる可能性があるし、そうなったら、僕も色々ヤバいんじゃないかって…不安で…」


 手前勝手なことを言った後、真哉はすがりついてきた。


「頼むよ、翔真。何でも協力する。だからこのことは誰にも言わないでくれ。僕はゴキブリの味方なんかじゃない…っ」


 味方じゃないけどかくまって、自分の欲求を満足させて、危なくなったら斗和に投げて、斗和が逮捕されたら自分の身に騒動が波及しないか不安になって、当の斗和を訪ねることなく翔真に詳細を訊ねてくるわけか。胸くそ悪い卑怯者。

 でも今はそれどころじゃない。


(時任、七桜…)


〈生徒会〉のメンツに賭けて、絶対に駆除しなきゃならない相手。誰かにかくまわれているなら、かくまっている人間ごと処分しなきゃならない。そのくらい重要な標的だ。

 そんな女が自宅にいるのが見つかれば、どうなるのか――知らないはずがないのに。


(何やってんだ、斗和…!!)

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