亜夜人の章

 真夜中の二時に、翔真から着信があった。個室でよかったと思いながら、亜夜人は電話に出る。


『斗和のスマホ、トレースできる? 居場所を知りたいんだけど』

「お安いご用だけど…どうかしたの?」


 動きづらい身体を動かしてタブレットを引き寄せ、開いて操作する。


「うーんと…今、甲円寺の駅ビルにいるみたいだけど…」

『サンキュ』

「何かあったの?」

『…今度説明する』


 せわしなく通話を切られ、亜夜人はため息をついた。

(いいな。楽しそう…)


 今度説明する、の今度はいつになることやら。

 昼間に寝すぎたために眠れなくなり、そのまま何となくネットサーフィンを始める。


 するとしばらくして、〈東〉のミリタリーオタクが集まる掲示板で妙な書き込みを見つけた。

〈西〉のミリオタ板がにわかに盛り上がってるという内容だ。


〈西〉海軍の陸戦隊に大きな動きがあったという書き込みに対して、〈東〉への秘密作戦かとにぎわっているらしい。

 気になった亜夜人が当該掲示板を見に行ってみると、たしかに短時間のうちに何百もの書き込みがあり、非常に興奮している様子が伝わってきた。


 最初の書き込みは数時間前。〈西〉海軍基地の中の人を自称する人間が、訓練でもないのに陸戦隊の隊員が緊迫した様子で動き始めたことを報告したものだ。そこに無線マニアも加わって、それらしい通信を確認したと書き込んだことで、「〈東〉への秘密作戦にちがいない」と決めつけ、お祭り騒ぎになっている。


 フェイクニュースが多い巨大掲示板の情報だ。シャレの可能性もある。

(でも――)


 何だか胸騒ぎがした。

 亜夜人はスマホを手に取り、母親の番号を呼びだして通話ボタンを押す。


 亜夜人の両親は共に警察官僚である。それもこの手の分野に勤めているため、何か知っているかもしれない――

 そう考えてから、深夜二時という時刻に気がついた。


(あ、いけない…)

 寝てるかもと思ったものの、ワンコールで母親の声がした。


『もしもし? こんな時間にどうしたの?』


 そう言う彼女も、どうやら職場にいる様子である。騒がしい背後の音から、何やらただならぬ状況であることが伝わってきた。


「うん。あの、もしかして〈西〉の兵士がこっちに攻撃しかけてくるかもしれないって、本当なの?」

『またあなたは…どこからそんな情報を聞きつけたの?』


 あきれたふうに言いつつも、母親の声は満足そうだった。周囲を気にしてか、少しだけ声を落とす。


『一、二時間前に、海から複数の兵士が唐京に入り込んだみたい』

「入り込んだ!?」

『えぇ。目的はまだ分からないけれど、翳ヶ関は厳戒態勢よ。首相命令で軍まで乗り込んできて、もうてんやわんや。あ、他言無用よ。絶対誰にも言わないでね』

「わかった。には絶対言わない」


 それだけ念を押すと、さっさと切られてしまう。忙しいのだろう。

 亜夜人は毛布の上にスマホを放り出した。


(どういうことだ…?)

 兵士が送り込まれてきたというのが本当なら、目的は〈東〉を攻撃することにちがいない。これまでにもさんざん噂されていた通りだ。


(でもどうやって…? 何をする気だろう…?)


〈西〉はこれまでにも〈東〉に多くの工作員を送り込んできていた。亜夜人は両親からそう聞いていたし、〈生徒会〉は疑わしい人間をみんな駆除してきた。


 たとえ訓練された兵士を送り込んできたところで、それをサポートする人員がいないのでは、そうそう好きに活動できないはず。にもかかわらず、こんな事が起きている。

 つまりこの国には、駆除されていない工作員がまだまだどこかにいるのだ。


(やっぱり…完璧じゃなかったんだ。僕らはもっとがんばらなきゃならなかったんだ…!)


「ハハ…っ」

 思わず笑いが漏れた。

 自分達のやっていたことは、やはり正しかった。それが証明されようとしている。


 もし〈西〉の軍人が、何か大きな攻撃をこの国に仕掛けてきたなら。

〈東〉の人々は〈生徒会〉の活動の正当性と、それがいかに大切なものかを思い出すだろう。そしてこれまでの批判を完全に撤回し、諸手を挙げて支持してくるにちがいない。


 結果、〈生徒会〉は大復活する。そう考えるとワクワクした。


 そうなれば、響貴はまた亜夜人の力を必要とするようになる。

 この間のことを謝罪し、もう一度力を貸してほしいと言ってくるにちがいない。


(…なんてね)


 今はまだ想像にすぎない。でもそうなるといい。そのためなら、どんな非道な奇襲をかけられてもかまわない。


 闇に沈む嵐の夜景を眺めた。

 今この闇の中で何が起きているのだろう? できれば自分も参加していたかった。


(そうだ。響貴にもいちおう伝えておこう…)


 彼は他人ではないので他言の内に入らない。

 心の中でそう釈明し、亜夜人はメッセージを送った。

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