第4章 がむしゃら上等! ①

 昼休みに学校の購買に行くと、いつも通り売り場の前は、我先に買おうとする大勢の生徒でごった返している。でも俺が近づいてくと、着ている制服を見た相手が、ひとりまたひとりと道を譲ってきた。


 それまでぎゃーぎゃーうるさかった周囲が、ざわざわ程度になり、自然に人垣が割れて道ができる。

 俺は山積みになったパンの中から、メンチカツサンドとあんパンを取って、売り子のおばさんに小銭を渡した。


「これください」

「――――…」

 いつもは生徒に愛想の良いおばさんが、目を合わせようともせず、おつりを渡してくる。

「どうも」


 気にせず受け取り、すぐにその場を離れた。公共の場では大体こんなもんだ。

 この制服を見る世間の眼差しは三つに分かれる。

〈生徒会〉に好意的な目か、もしくはうさんくさそうな目か、あるいは見ないふりか――


 購買を出て外に向かおうとした時、「斗和?」と呼ばれた。見れば、幼なじみの真哉が驚いたようにこっちを向いている。そのまま、一緒にいた友達を連れて近づいてきた。


「すげ! 近くで見るの初めてだ。噂では聞いてたけど、本当に〈生徒会〉に入ったんだな~」

 制服をまじまじと見る真哉の肩に腕を置いて、友達が訊いてくる。

「なぁ、結凪には会えた?」

「会った会った。テレビで見るよりずっと可愛かった」

「マジか! 俺も近くで見てぇー!」


〈生徒会〉の制服を着てても、話せば普通ってことに、みんな安心したらしい。そのまま並んで歩き出して、三分もしないうちに話題は部活のことに変わった。その三分後にはみんなでハマってるゲームの話。その三分後には、同じクラスの女の話。


 もちろん俺も話を合わせた。ちょっと前までは俺の日常でもあった話題だ。

 けど、こうして話してると実感する。これまで自分が、いかに社会的な問題に関心がなかったかってことに。


 だって今、こいつらの頭の中に、〈西〉と〈東〉の対立が激化してて、かなりヤバいレベルなんて意識は欠片もない。興味がないから、話題に出したところで、何かめんどくさいヤツだなで終わる。じいちゃんが死ぬ前の俺がそうだったように。


 今の俺の最大の関心事は、パトロールでタイミング良く〈西系〉の追いはぎを見つけられるかとか、次にうちの班が担当になるゴキブリをしくじらずに潰せるかどうかだ。


 そういうのを共有できるのは、〈生徒会〉の仲間だけ。学校の普通の友達と話すのは退屈だった。

 今日、中井班は非番で、俺はバイトがある。でもバイトが終わったら本部に行こう。

 そう決めると、夜が今から待ち遠しかった。


       ※


〈生徒会〉は、とにかく仲間を大事にするよう徹底的に教え込む。

 ただでさえ困難な使命を有する組織だから、仲間の結束が固まってないと乗り切れない――英信も、他の幹部も、班長たちも、事あるごとにそう言う。


 時々ケンカもあるけど、そういうときは班長や上の人間が、大事になる前に指導していた。もちろんイジメ厳禁。見つかったら、いじめたヤツが制裁される。それがルールだった。


〈生徒会〉は国を守る使命を果たすため、それなりの特権を持ってる組織だから、そこに属するメンバーは特別。イジメで憂さを晴らすような普通の人間はお呼びでないって発想だ。


 おかげで本部の居心地はすこぶる快適だった。学校とか関係なく、誰とでもフラットに話ができる。

 そんな雰囲気なんで、用がないのにたむろしているメンバーも大勢いた。


『〈西系〉市民の人権を蹂躙しているという〈西〉側政府による糾弾に対し、官房長官は本日の記者会見において「指摘は到底受け入れられない。我が国は人権を促進するため、あらゆる努力をしている」との声明を発表しました――』


 つけっぱなしのテレビでそんなニュースが流れると、一部で歓声が上がる。

「Gは人間じゃないから。害虫だから。人権なんてないんだよ」

「ゴキブリへのヘイトはヘイトじゃないから」

 過激な意見もここでなら許される。ていうか歓迎される。


「みんな、こういう活動してて親とぶつかったりしないの?」

 何気なく訊くと、ちがう班の知らない女子が気さくに答えてきた。

「あるある。〈生徒会〉に入って親や友達と揉めるって、よく聞くよ」

「気まずいよなー」


「もし家に帰るのがイヤだったら、〈寮〉に入っちゃえば?」

 その言葉に、翔真が食いつく。

「〈寮〉もあんの!?」

「うん。この近くにあるマンション、入居者全員〈生徒会〉のメンバーだから〈寮〉って呼ばれてるの」

「やっぱり親に反対されてると家に居にくいじゃない? そういう子達が入ってる」


「家賃は?」

 翔真は〈生徒会〉の活動に反対する親と、ここんとこ毎日ぶつかってるらしい。

 わりと本気めに訊ねてた。

「生活費とかみんなどうしてんの?」


「家賃は補助があるよ。〈生徒会〉はメンバーが〈寮〉に入るのを奨励してるもん。そのほうが活動にも何かと都合がいいし」

「生活費は…ねぇ?」

 女の子たちは、目を見合わせてくすりと笑う。

「Gの駆除で稼ぐとか?」

「あぁ…」

 それで納得がいった。


 ゴキブリの家に押し入った際、金目の物をくすねるっていうのは、うちの班のやつも時々やってる。

 そもそも〈西〉の人間が犯罪を犯した場合、土地や家、預金口座、貴金属、家財道具の一切が国に没収される。それなら〈リスト〉に載ってるゴキブリだって似たようなものじゃん、って。

「ま、あんまり大っぴらにやると、硬派な副会長に怒られちゃうけどね~」


「あぁ、城川崇史――」

 俺がつぶやくと、すかさず近くにいた誰からから注意が飛んできた。


つけろよ。あの人すげぇんだから」

「〈生徒会〉の中でも別格の伝説だし」

「伝説?」


 どうも城川に憧れてるらしいそいつは、自分のことのように自慢げに話す。

 曰く、城川はそれまで一介の班長だったのが、例の練間の中学卒業式の襲撃事件での対応が評価されて、一気に副会長に大抜擢されたらしい。


(マジか!!)

 一気に目の前に道が開ける思いだった。

(〈生徒会〉でえらくなるのに、そんな手があるのか…!)


「班長から副会長だぜ。英信も思いきったこと考えるよなぁ」

「でもあの事件での城川さんの対応が全国放送でテレビに流れたのは、やっぱデカかったよ! あれのおかげで、それまで〈生徒会〉に否定的だった人達が支持にまわってくれたし」


 城川シンパが口々に褒めそやす。その直後。

「その通り!」

 突然、近くでデカい声が響いた。

 驚いてふり向いた先には、クソ目立つ人間が立っていて、さらに驚く。


「え、英信!?!?!?」

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